第4の扉  それぞれの決意

 ※※※

 

 震えてる……?

 見間違いじゃない、桜木さんの手は微かに震えている。

 僕は驚き、彼女の顔を見るが、無表情のまま。でも、彼女の瞳の中の感情を見て確信する。


 そうか……


 僕は彼女に伸ばしかけた手を引く。すると、桜木さんは僕の行動に首を傾げ、顔を覗き込みながら話しかけてくれた。


「相原くん、どうしたの? どこか痛いところでもある?」


 自分のことで精いっぱいだろうに、僕にそんな言葉をかけてくれるなんて……

 桜木さんはすごく優しい人なんだな


「……桜木さん」


 僕は自分にも言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。



「僕みたいな弱虫……」


 なんで早く気づいてあげられなかったんだろう




「足手まといだと思うし……」


 最初からずっと彼女はサイン・・・を出していたじゃないか




「全然戦いの役に立たないかもしれないけど……」


 違う、気づかなかったんじゃない、気づいていたのに無視したんだ。僕が弱いから、弱虫だから




「君の力になれるなら」


 僕は強くなりたい






「僕も一緒に、戦わせてくれないかな?」



 ※※※





 そう告げる翼の目には固い決心の色が浮かんでいた。翼の言葉を聞いた風花の目から、先ほどまでの感情が消えていく。そして、完全に消えた後……



 ポロリ、と風花の目から一粒の涙・・・・が零れ落ちる。



「え!? ごめん、泣くほど嫌だった? あ、えっと、どうしよう」


 翼は突然涙を流した風花に戸惑い、あたふたと手を動かす。しかし、流れた風花の涙は一粒のみ。それ以上流れることはなく、無表情のまま言葉を続けた。


「違うの。嫌なんじゃなくて、嬉しいの、相原くんの言葉が」

「あ、え、そうなの? うれし涙ってこと?」

「たぶん……こんなの初めてだから分からないけど。でも今私すごく嬉しいの。ありがとう、相原くん」



 風花は今まで翼が見た中で一番の笑顔で笑った・・・



「あ……」


 翼はぎこちない笑顔ではなく、自然な風花の笑顔に驚く。そして、目の前にいる桜木風花が漫画などに出てくる強い魔法少女ではなく、普通の女の子であることを改めて実感した。戦闘前の不安そうな表情、手の震えなど、怖かった自分を隠して翼を守るために必死に戦ってくれていたのだろう。


 今も翼を巻き込んでしまったことの罪悪感と今後の自分の戦いのことを思い、不安な感情をその瞳に宿していた。それが翼の言葉で消えていく。


「これからよろしくね、相原くん」

「こちらこそよろしく、桜木さん」


 翼は風花が再び差し出してくれた手を取り立ち上がる。その手はもう震えていなかった。







_________________







「お邪魔します」


 二人は風花の家へと場所を移した。リビングに通してくれたのだが、そこにはソファと机と大きな柱時計が置いてあるのみ。何だか寂しい印象を受ける。翼は部屋に違和感を覚え首を傾げていたが、風花が説明を始めたため、思考が中断された。


「私はこの世界の住人じゃないの……」


 風花は無表情に淡々と事情を説明してくれる。

 彼女はこことは別の次元にある世界、風の国という場所からやってきた。目的は今翼が持っている石、心のしずくを探すため。


『心のしずく』

 これは風花の心そのものである。感情や記憶がその中に詰まっている。風花はとある戦争に巻き込まれて心を砕かれてしまった。それが石となっていろんな世界に飛び散ってしまったそうだ。

 なので彼女には今まで生きてきた14年間分の記憶はない。一つ一つの思い出が小さな宝石のようなしずくとなり、散らばっているのだ。


「全部でいくつかは分からないんだけど、今は4分の1くらい戻ったの」


 風花が無表情無感情なのはこのためだろう。喜怒哀楽が顔に出にくいのだ。

 しかしそれは表情が出にくい・・・・だけで、出ない・・・わけではない。心が欠けていても、きちんと感情を覚えている。


「さっきいた男の子。彼の名前は黒田京也くろだきょうやくん。私の住んでいる風の国の隣にある、魔界っていうところに住んでる」

「彼はどうして心のしずくを狙っているの? お父さんがどうとか言ってたけど……」


 翼の質問に風花は少し悩む仕草を見せた。片手を顎の所に持ってきて、どことなく難しそうな顔をしているので、悩んでいるのだと思う。心の欠けている彼女の感情は、とても儚くて掴みにくい。


「多分力がほしいんだと思う。心のしずくの中には私の魔力も少し入っているから」


 翼が風花の表情について考えていると、彼女がポツリと説明を続けた。

 心のしずくには風花の記憶だけでなく、魔力も込められている。京也が戦闘の時に言っていた『この程度しか力が戻っていない』とはそういう意味である。


 京也の父親である董魔とうまは魔界の王。力を求めて、しずくを狙いに来たのではないかと風花は考えたようだ。

 風の国と魔界は以前は仲が良かったのだが、現在は敵対関係。風花と京也の年は5歳差で、小さい頃は仲よく遊んでいた。しかし、とある事件がきっかけで両国の関係は悪化。徐々に交流が減っていった。


「そうなんだね……」


 風花と京也は幼馴染。しかし、今日彼女はいきなり仲の良かった幼馴染から大切な物を奪われそうになり、一歩間違えば命まで取られるところだった。

 過酷で残酷な運命が彼女の肩に乗っているようだ。


「私は心のしずくの気配を自分で感じることができるんだけどね……」


 翼が考え込んでいると、風花が説明の続きを始めた。


「京也くんはそれができないから、レーダーを使ってしずく探しをしているみたい。それとこの世界では私がある程度の距離まで近づかないと、気配を感じられないし、京也くんのレーダーにも反応しない」


 つまり、風花がいろんな場所に探しにいかないと心のしずくは見つけられないということになる。そして、彼女がしずくの気配を感じると同時に京也が来てしまうのだろう。


「あのね……」


 風花は言葉を区切り、一呼吸おいてから翼のことをまっすぐに見つめて言葉を紡ぐ。


「心のしずくは私の生きてきた証なの。絶対に取り戻したいんだ。だから誰かに渡す訳にはいかない」


 その瞬間、翼はそれまで淡々と無表情で説明していた風花の目に強い意志が宿ったように感じた。その決意にごくりと唾を飲み、拳をギュっと握る。


「僕はさっきみたいに戦えるの?」

「さっきは相原くんの中にいた精霊と、私の心のしずくの力が共鳴して変身したんだと思う。練習は必要だけど、使いこなせるようになるよ」


 翼の中に宿っているのは火の精霊「火練」

 精霊は心の傷に寄り添うと言われているが、簡単に誰にでも宿る訳ではないとされている。とても珍しい存在のようだ。


 ボーン、ボーン


 二人で夢中になって話し込んでいると、リビングに置いてある時計が時刻を告げた。


「わ、もうこんな時間だ。僕そろそろ帰るよ。桜木さんの家の人にも迷惑かかるし」

「私は大丈夫。この家には私しか住んでいないの。一人でこっちに来たから」

「え、一人なの? こんなに広い家なのに?」


 風花の家は二階建ての一軒家で、庭まである。家族4人で住んでも十分なくらいの広さだ。


「そっか……」


 翼は彼女の家に着いた当初から感じてた違和感の正体が分かった。生活感の薄い部屋、所々から漂ってくる寂しさを感じていたのだ。


「うん、だからね、相原くんが一緒に戦うって言ってくれて少し安心したの。見知らぬ土地に一人で寂しかったから」

「……桜木さん」

「改めて、ありがとう」


 風花はまたぎこちない笑顔で微笑む。翼は恥ずかしそうに頭を掻いた。いつか先ほど見たような自然な笑顔で、彼女は笑えるのだろうか。







_______________








「またね」


 明日の放課後改めて魔法について詳しく説明すること、魔法のことは内緒にしてほしいと約束し、解散となった。


「やっぱり不安で怖かったんだね」


 翼は家に帰る道の途中、今日一日の出来事を振り返っていた。風花の表情、目の中の感情の変化を思い出す。


「漫画とかの魔法少女とは違う。あの人はそんなに強くない。久しぶりに会った幼馴染が攻撃してきたらショックだし、怖いよね」




 風花も翼が帰った後、自室で出来事を整理していた。


「今日の京也くん、何だか苦しそうな顔してた。どうしてだろう。昔みたいに戻れないかな、私は京也くんと戦いたくないのに」




「僕は強くなれるかな。弱虫だし、一緒に戦うって言ったけどやっぱり怖いな。でも桜木さんのあんなボロボロな姿もう見たくない。だから……」



「相原くん、優しかったな。私の力はまだまだ完全じゃなし、今日みたいに危ない目にも合わせてしまうかもしれない。でも……」






「僕が強くなって桜木さんのことを守るんだ。もう傷ついてほしくない」


「私が強くなって相原くんのことを守らなきゃ。もう傷つけたくない」

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