日常の片隅にあなたの傍に
nuflat (ぬふらっと)
花屋からふる
小学校3年ぐらいだろうか、小さい男の子が放課後の通学路から少し外れた商店街を歩いている。何かを探しているのか店をのぞき込んだり立ち止まって考え込んだりしていた。しかし探し物は見つからなかったのだろう、とぼとぼと帰路についた。
この時間には珍しく商店街にはほとんど人は居なかった。
商店街の出口に近づいたところで少年の足が止まった。営業しているのかもわからない店舗の前、視線の先の少し古い看板には「花屋からふる」の文字、そしてその横には営業中と書いてある。あれだけの時間ウロウロしていて気が付かなかったことに驚いていたようだったが数秒の間の後で体の向きを九十度変えて店のドアに手をかけた。
客の来店を告げる鈴の音を聞きながら入り口をくぐる、店内は想像以上に綺麗だ。種類はわからないが色とりどりの花が所狭しと並んでいる。いつもは友達とお菓子やおもちゃを買いにくるだけだし、入り口の前に置かれた看板だけでは気が付かなくても仕方がないと思う。というかあの外観でお客さんは来るのだろうか、スルーされてしまう気がする。
「いらっしゃいませ。初めての来店ですね」
レジの隣にある作業スペースにいた店員さんに声をかけられた。
エプロンに「アルバイト」とだけ書かれたネームプレートを付けていて、親戚の大学生のお兄さんぐらいの年齢に見える。
「そんなに種類はありませんがごゆっくりどうぞ」
そう告げてアルバイトさんは作業に戻った。
(イケメンだ!!)
そんな単純な感想を思い浮かべながら花を眺める。ナデシコ、カスミソウ、コスモス、シクラメン、並んだ花のプレートを読んでいく。どの花も綺麗だけれどこういうのでいいんだろうか。あ、このパイナップルリリーってかわいい。
しばらく唸っているとイケメンアルバイトさんが声をかけてきた。目線が合うようにかがんでくれている。この人中身までイケメンなんだろうか。
「プレゼントですか?」
「ぷれぜんと・・・えーと、プレゼントでいいのかな」
人にものを渡そうと考えていたからプレゼントでも間違いではない、と思う。それにこの人にだったら話してもいいかもしれない、欲しい答えが返ってくるかもしれないし。
「実は仲直りに使いたくて・・・」
「・・・仲直り。友達と喧嘩してしまったんですか?」
「いや、友達じゃなくて、お父さんとお母さんの仲直りです」
最近お父さんとお母さんはケンカをすることが多い。もしかしたら「りこん」してしまうかもしれない。お父さんやお母さんと会えなくなるってテレビでやっていた。それは嫌だ。それに仲良しに戻ってくれたら嬉しい。
「でしたら花言葉はどうでしょう。花は誰かに思いを伝えるのに昔からよく使われていたんですよ」
花言葉、いいかもしれない。お菓子とかよりはよっぽどいいと思う。
「花言葉にはいろんな種類があるんですよ。仲直りの花言葉だとハシバミ、カンパニュラ、西洋だと紫のヒヤシンスが『ごめんなさい』だったかな」
「色で花言葉って変わるんですね」
「そうですよ。だから花を贈るときは気を付けないといけないんです」
アルバイトさんはカーネーションを例えに説明してくれた。赤は愛、ピンクには感謝の心、黄色は軽蔑という意味があるそう。たしかに母の日にはカーネーションを贈るものだと黄色を贈ったら大変なことになりそうだ。さすがにこれは間違いそうにないけれど。
「おすすめとかありますか?」
「そうですね、時期と贈る相手のことを考えると・・・これなんてどうでしょう」
そう言ってアルバイトさんが持ってきたのは小さめの鉢に入った、明るい緑の葉っぱに紫色が映えるかわいい花だった。
「この花はツルニチニチソウっていいます。花言葉に『楽しい思い出』と『生涯の友情』というのがあるんです。それに仲直りのときによく選ばれる花なのでぴったりじゃないかと」
「この花をプレゼントしたら仲直りしてくれるかな?」
「それはわかりませんよ」
「ええっ」
仲直りにぴったりでおすすめだから選んだのではなかったんだろうか。
「いいですか?花に関わらず贈り物を渡すときは気持ちを伝えることが大切です。今回の場合はプレゼントではなく仲直りが目的でしょう?だったら自分の気持ちを言葉で伝えなきゃ」
自分の気持ちを伝える・・・
「それに花と花言葉はそういう何かを伝えたいときに背中を押してくれて、伝えたい思いを形にするものなんです」
アルバイトのお兄さんは『まあこれは店長の受け売りですけどね』と恥ずかしそうに笑った。でもその声と表情には心からの気持ちがこもっていて、何かの出来事で花や花言葉に助けられたことがあるんだなと何となく分かった。
「あの、これ買います」
「はい、かしこまりました。それではラッピングしますね」
お兄さんはテキパキとラッピングしていく。そういえばツルニチニチソウってどう育てればいいんだろう。
「あの、育て方にコツとかありますか?」
作業中に声をかけたのは失敗かと思ったけど作業のスピードが変わることはなくそのまま答えてくれた。
「そうですね、水やりについてだと地面に植えるのであれば必要ないですね。このまま鉢植えて育てるなら土が乾燥しているなと思ったらたっぷり水をあげてください。ただ、湿気にはあまり強くなかったはずなので水のやりすぎには気をつけてくださいね」
なんて話しているうちにラッピングが完了していた。
「ではお会計400円です」
「え?鉢のお金は・・・」
ラッピングのときに見えていたのだ、鉢から外したタグに一桁大きい数字がかいてあったのを。
「初来店サービスです。入り口の看板にも書いてありますよ」
たしかに書いてあったかも、書いてあったかな、書いてあったんだろう。
「でもそれ花よりも高いし、サービスなら安いほうでも」
「それはダメですよ。そのツルニチニチソウはご両親への気持ちでしょう?それにこの鉢は店からの気持ちです。それじゃダメですかね?」
「・・・わかりました」
なんだか言いくるめられてしまった。お代を払ってツルニチニチソウの入った袋を受け取る。
「仲直り上手くいくといいですね」
最初は何となくで店に入ったけど、今はうまくいきそうなきがする。
「はい!」
そう返事をして店をでる。
「ご来店ありがとうございました」
お兄さんは手を振りながら笑顔で見送ってくれた。店から出て看板を見てみる。確かに『初来店サービスあります!』と書いているのだが、
「これじゃわかんないよ」
印刷は古くなっていて字もところどころ掠れていて、事前に知らなければ気づけないと思う。
そんなことを思いながら商店街を後にした。
少し歩いてから振り向いて商店街を見る。歩いている人達はやっぱり花屋の前を素通りしていた。仲直りが上手くいったら看板とか新しくした方がいいですよとお礼のついでに言いに行こう。
お兄さんと花から勇気をもらった。あとは気持ちを伝えるだけ。少し軽くなった気持ちで家への道を辿る。
結果から言うと仲直りは成功した。『りこん』も僕の早とちりだった。
お父さんとお母さんに花を渡しながら気持ちを伝えたら2人とも驚いて少し困ってしまっていた。
2人とも仕事で少し嫌なことがあってイライラしていただけだったらしい。
この後いつもみたいに家族3人でご飯を食べて、宿題もちゃんとやって、いつもより少し早く布団に入った。今日は色んなことがあって凄く疲れていた。
「いやーあんな顔で『仲直りしてください』って言われるとは思わなかったねぇ」
ここは少年の家の居間。彼の両親が机を挟んで話をしている。机の真ん中には彼の買ってきたツルニチニチソウが置いてあった。
「まさか『離婚』という言葉が出てくるとはな」
「今の小学生は色々知るのが早いみたいね」
母親の手にはフルーツの缶チューハイが握られている。子供が寝ているからだろう、声は小さめだ。
「でもあの子に心配されるぐらい荒れてたのね私たち」
「それに喧嘩してたのを見られていたとは思わなかったぞ」
正確には彼らは喧嘩していた訳ではない。2人とも、仕事がキツイ、上司と反りが合わない、などと仕事でストレスが溜まっていた。それを子供が寝てしまってから愚痴を言い合っている内にヒートアップ、キツめの言い合いになっていた。子供からしたらいつも優しい両親が言い争っていたら怖いし、自分が寝たあとの深夜ならなお不安だろう。
「言い争いの声で起こしちゃったのかもね。あの子には悪いことしたわ」
そう言いながら2本目の缶に手をかける。父親の方も缶を開けていた。
「あら珍しい、今日は飲むのね」
「たまにはな」
「あんたお酒ダメだったでしょ」
「ああ、だから1本だけだ」
そのまま会話が進む内に目の前のツルニチニチソウに話題が移った。
「にしてもツルニチニチソウか」
「仲直りにはピッタリでしょ。親子だからか選ぶ花も同じだとはね」
母親は父親をからかっている。父親の方は少し複雑な表情だ。
「俺は店長さんからおすすめされたから買っただけだ」
「それでも選んだのはあんただったんでしょ。花言葉に幼なじみが入ってたから選んだってのも覚えてるわよ」
少年の両親は幼なじみで小さい頃からずっと一緒だった。告白なんて青春なイベントもなく、気付いたら付き合っていていつの間にか同棲が始まっていた。だからこそ父親の方は『結婚』は特別なものにしたかったんだろう。色々悩み考えた末にプロポーズに踏み切った。しかしその直前に些細なことで喧嘩してしまったのだ。
「喧嘩して仲直りの方法を探している内にふらっと花屋に入ったんだったわよね。そこまで同じ行動するのね」
ボソッと『親子ってすごいわぁ』と言いながらいつの間にか3本目を開けていた。
「そこの店長さんが凄い良い人で、色々親身になって聞いてくれたんだ」
「プロポーズが上手くいってお礼に行ったらお店見つけれなかったでしょ」
「そうなんだよな。すぐに忘れるような場所でも店名でもなかったと思うんだけど」
2人とも酒が入ってるからかいつも以上に饒舌になっている。
「しかしよくそんな昔のこと覚えてたな」
「覚えてるわよ。仲直りしようってラッピングされて鉢に入った花渡されたんだから。それにプロポーズとっても嬉しかったんだから・・・あぇ?」
その言葉はだんだん小さくなっていく。2人とも恥ずかしくなって会話が止まってしまった。母親は恥ずかしさを隠すように4本目に手を伸ばしながら話題を逸らした。
「そ、それにしても花なんてどこで買ってきたのかしらね」
「た、たしか商店街の花屋って言ってなかったか」
「そう、そうだったわね。でもその商店街に花屋なんてあったかしら?」
花屋からふる。それはどこにでもある花屋。
今日も花屋からふるにはお客様が訪れます。困りごとを抱えた人、疲れてしまった人、迷いがある人。
花屋からふるはいつもどこかの街に誰かの傍に。
いつでもご来店お待ちしております。
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