三井海上

 今朝いつもの交差点を曲がろうとすると、様子が違うことに気が付いた。


 車が溜まる事は殆どないその交差点の右折車線に、何台もの車が列をなして信号を待っている。


 プロ野球が開催される時には時々あるものの、こんな朝っぱらから何だとよく見てみると、その車列の殆どがタクシーである。


 そういえば昨日、ニュースを見たカミサンがこんな事を言っていた。


 先日起きた地震に起因する地震保険支払いの調査で、損保会社の調査員が多数現地入りしていて、我が町のタクシーを二百台以上貸し切って、被害の調査にあたっているため、仙台市内にはタクシーが殆どいなくなってしまい、例えば県庁で用を済ませて駅まで帰るというようなお年寄りなどが困っているみたい。タクシーは楽天の球場の駐車場に集められているみたいだから、影響があるかもしれないね。


 まさしくその通りで、交差点を曲がった先にある球場の駐車場には、朝からタクシーが何十台と集まっていた。


 地震保険の調査ということで、仕方ないと言えば仕方ないのだが、私もカミサンもそのやり方に疑問を持ってしまう。タクシーは地域の足であることが第一ではないのだろうか。金を支払うからと言われれば、その一番の存在理由を犠牲にしてもいいのか。


 私なんかはかつて自動車ディーラーに勤めていた事もあり、損保会社が何たるかをよく知っている。こちらが車と合わせて販売する、注文書に計上し、販売せざるを得ない自賠責保険や自動車任意保険に対して、彼らはいろいろなことを言ってくる。


 目標はいくらだの、今月厳しいので新規を何件お願いしますだの、継続率が云々だの。


 そんなの売る側から言わせれば関係ない。


 そんなことをしている彼らの給料はといえばご想像の通りで、当時の私の給料がおそらく200万ちょろちょろくらいだっただろうから、その3-4倍位はもらっているのだ。そして完全週休二日で彼らは勤務している。盆、暮れ、正月、GWは言うまでもない。彼らは富裕層なのだ。


 私は10代の頃から、所長や当時の上司にぺこぺこしている彼らの日々の活動を見てきた。少しして彼らの給料がとんでもないことを知り、この怒りが後の私の人生の選択に、大きな影響を及ぼしたと言っても過言ではない。


 そして、高校生の時の一番仲の良い、今でも付き合いのある同級生が大学卒業後に損保会社に就職し、関東のとある地方都市で同じ自動車の仕事をはじめた。


 私達同級生は彼の元へ遊びに行ったりしていたが、私は彼の生活ぶりを見ていると、かなり面白くなかった。


 同じ頃、彼の会社の自賠責保険の取り扱いが私のいた会社でのシェアを広げた。私は彼の結婚式に出席した際、彼の上司や同僚がいる中で、「あなたたちの会社は私達がこき使われているディーラーから大きな利益を得ていますね。最近は対前年比も売上げも上がって成績もいいんじゃないでしょうか。まあ、今日は彼のお祝いの日なのでこの辺にしておきますが、とりあえず休みも安定していて彼がうらやましいです。」というようなかなり皮肉を交えた文句を言い、彼の親や周囲にはうけたが、彼の同僚の中にはほろ酔い気分も吹っ飛んで本気で怒っている奴もいた、なんてこともあった。


 私はその後長い間、ちょっと言い過ぎて彼には悪いことをしたなと何十年も思っていたが、今日のこの状態を見て、やっぱりあの時言っておいてよかったと思った。


 実際にやって来ているのは本部にこき使われているアジャスターが多いのだろうが、下請けであっても仕事の大元は損保会社である。仕事をするのはいいけれど、このやり方を取り入れることで市民生活が犠牲になっていることをわかっているのだろうか。例えばレンタカーを使ってナビを使ってというような方法は考えられなかったのだろうか。仙台に集中するのではなく、南なら白石蔵王、北なら古川駅を利用するなどの方法は案として出てこなかったのだろうか。タクシーを200台以上貸し切る経費があるなら、その分を保険料の値下げに使うことはできないのだろうか。ニュースを見て、毎日タクシー代などは払えずにギチギチで生活している人たちはどのように思うのかは考えなかったのだろうか。それをハイハイと喜んで受け入れてしまう、タクシー会社の体制にも疑問が残る。


 そんなこんなで、文句を言っている私はどうなんだと言えば、仕事は安定せず、給料も安く、老後も十分な蓄えもない上に年金も殆どない、というような状況で、完全に負け組になってしまっているのである。


 今日、こうして文句を言ったら再び元気になってきたので、これから後30年くらいかけて彼らをひっくり返せるようにがんばってみたいと思う。





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