夫婦

 我が家は袋小路の奥にある。


 昨日、バイトから帰ってきて、自宅の駐車場に愛車を停めるべく袋小路をバックしていると、最近ではあまり聞いたことのない、大きな爆発音がした。


 私の車の、右前のタイヤがパンクした音だった。


 最近の車はチューブレスなので、例え釘を踏んずけた所で、このような音はしない。私は仕事柄、仲間のダンプのタイヤがパンクした瞬間に出くわした事もあるし、自分のトラックのタイヤを落として、パンクさせたこともある。


 私の車はどう見ても最近の車ではないので、これらの時と同じような音がしてしまった。このタイヤは、以前私が壊した物で、危ないのでチューブを入れて乗っていた。タイヤを壊すと言う動作は、おそらく普通の人では行えない所作であろう。


 いつもバイト先への往復しか乗らないので、どこかでパンクしてもいいやと思いながら乗っていた。人に迷惑をかけてしまう場所ではなくてよかった。


 家に帰るとカミサンが出てきた。いつも帰る前に電話をしておくと、夕飯の段取りができている。


「スゴイ音したね。何?パンク?エンジンが落ちたのかと思った。修理するんだよね?」

「ううん、やらないとな。30分で終わるから。申し訳ない」


 私はパンクしたことよりも、カミサンの段取りを乱してしまったことに対して気を遣っていた。


 作業自体は簡単だ。だけど、いつもとは違いパンクなので、だるまジャッキが入らない。でも大丈夫。家の倉庫には、いくらでも道具がある。呆然としながらも作業と片付け合わせて、30分もかからないでタイヤの取替は終了した。



「カナダポークだよ」

 夕飯のおかずは、豚肉の生姜焼きだった。私が着替えを終わる頃には、すっかり食事の用意ができていた。


「何だ、俺の肉にたれ、かかってないなぁ」

 カミサンの肉の上には、生姜焼きのたれが、つゆだくで乗っかっているのに、私の肉には殆どかかっていなかったので、ぼそっと口に出してしまった。カミサンはスピード重視なので、フライパンに余ったたれを分けることなく、自分の肉の上に落としたようだ。悪気はないのはわかっていたが、気になったので口にしてしまった。


「わかったよ、もう、めんどくさいな」

 私はただ言っただけのつもりだったが、カミサンに火を付けてしまった。付け合わせのキャベツの千切りの量を微妙に変えてあるので、皿ごとチェンジするわけにはいかない。カミサンは皿をもう一枚持ってきて、その皿経由で肉を取り換えた。こうなると抑えがきかないので、私はただただ黙って見ていた。


「悪いね」

「いいよ、気にしないで」


 建前上はそう言っているが、かなりおかんむりだ。これ以上大きくならないようにと、注意しながら食事をすすめる。


 家の車の車検が近く、私はどこへ出そうか迷っていた。自分で行くのも、コロナで車検期限が延長になったせいもあり、予約が取りずらいので、やはりオートバックスに出そうかと思っている、という旨を告げた。


 その前に、週末には、IKEAでソファーを買おうと言われていた。カミサンは私の車検の話を聞いて段取りが狂ってしまった。


「ソファーはいつでも買えるから落ち着いてからでいいよ。車検、終わらせて」


 タイヤのパンクと焼き肉のたれに続き、またやってしまった。



 最近は食事が終わると、二人で朝ドラと、WOWOW のあらいぐまラスカルを見るのが定番だが、今日は主役が二人とも出ない朝ドラを適当に見るだけだった。



 私はカミサンから「マイナポイント」の予約をしてみてくれと以前から言われていたので、早めに二階に上がり、パソコンで手続きを進めた。ちょっと引っかかった所もあったが、自分の分はすぐにできたので、カミサンのマイナンバーカードももらい、手続きをしてあげた。印刷した控えとカードを返したが、満面の顔ではなかった。



 パソコンに向かっていると、久しぶりに東京のオヤジから電話がかかってきた。珍しいことだ。開口一番に出た言葉は、


「俺たちボケてきたからよ」


 だった。



 昭和9年と10年生まれの両親は、何とか健康で一緒に暮らしているが、やはりいろいろとあるらしい。オヤジ曰く、最近母親が怒りっぽく、何を言っても怒られるのだそうだ。実際のアルツハイマーではないようだが、昔とは違う状態をみて、「ボケた」と言っているようだった。


 結婚生活というものは、なかなか難しい。


 うちはかなり仲がいい方だと思うが、このようになってしまう時も時々ある。でも、この程度なら、時間が経てば何とかなる。



「めだか元気?」

 心配していたが、カミサンが眠い目をこすりながら、トイレに起きてきた。よかった。大丈夫である。




 

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