投げ銭

 かつて私は「屋久島のとびうお漁師の日記帳」という日記を書いていた。


 東京出身だが、都会でのサラリーマン生活が嫌になり30歳で屋久島に移住。自分で土地を買ったものの、家を建てるまでの資金がないことから、自分の土地にキャンピングトレーラーを持ち込んで生活。職業は港で声をかけて漁師。仕事のこと、地域のこと、田舎暮らしのこと、離れて感じるふるさと東京のこと。いろいろと書いていた。


 忘れてはいけない。実家近くのホテル野猿隣、ラブラブの中のでんきのセキドで買ったNEC製ノートパソコンを持ち込み、TAを介して、屋久島ではまだ珍しかったISDN回線を引き込み、ホームページビルダーでホームページを制作し、このおかしな暮らしを発信。毎日おかずで配給されるとびうおを食べきることができないので、ホームページ上におかずのお裾分けコーナーを作り、インターネットを使ってお裾分けを開始した。


 ホームページ運営の一環として日記を書いていたのだが、結果として屋久島好きの人に集まっていただき、魚もそこそこ販売する事ができ、満足する結果を残すことができた。高価なパソコンを買い、周辺機器を揃え、回線業者と契約し、高い回線使用料を払うことができる人のみが、ホームページを閲覧できた時代。アメリカNYに友人が赴任しており、遊びに行った際、こちらは定額で常時接続だと言われて、羨ましく思ったものだ。1999年から2000年にかけての出来事で、ガラケーでのショートメールが画期的、モバイル端末で画像を扱うなど、到底考えられない時代であった。


 日記は沢山の人に読んで欲しいとの思いから、毎日更新を売りにした。当時はヤフーカテゴリーに登録されることが、ホームページ運営上での最高のステータスであったが、難なくクリアした。ホームページは検索エンジン上でも上位に表示され、様々なメディアから取材の要請を受けるようになる。SNSなど、世の中に存在すらしていない時代。ホームページの力は凄いなと思ったものだ。


 自分は、誰にもできない事をやっているという自負があった。ホームページの盛況や、各種取材依頼が、知らぬ間に私を天狗にしていた。毎日更新して必死にアクセスを集めている自分に酔っていた。相互リンクの依頼などが来ると、とげとげしく断ってしまう事もあった。


 次第にこの日記を本にしたいという思いが強くなっていく。朝早く起き、漁に出て、おかずの魚を捌き、商品化し、発送し、そして最後に日記を毎日更新するのは正直辛かった。だけど、将来絶対に出版するぞ、との思いを強く持つことで、乗り切る事ができた。


 ある時私はとんでもない事を思いついた。このWeb日記の読者から、任意で購読料をいただいてはどうかと考え、その旨を記事にした。「よかったら購読料を振り込んで下さい」と、南日本銀行安房支店の口座番号を記載した記事を書いた。


 今思い出しても恥ずかしい限りだが、何とこの次の日、口座に100円が振り込まれていた。メールが来ていて、「銀行は振込手数料が高いので、振替で送金できる郵便局の記号番号を教えて下さい」と書かれていた。何度かメールをやり取りしていた、同じ車に乗っている北陸の薬剤師の方で、「疲れた体にはこの薬がいいですよ」などと、アドバイスをもらったりしていた。


 後にも先にも、日記を書いて購読料をいただいたのは、これっきりだ。当然である。しかし私はこの一件で、インターネットでテキストを発信し続けることには、限りない可能性があると確信した。


 諸般の事情もあり、日記執筆は終了した。時代と共にやってきたブログ、各種SNSにはどうしてもあの頃同様の情熱を乗せる事ができず、アカウントを作るも、書き続ける事ができなかった。


 今回こちらでこうして再開できたのも、実は投げ銭のシステムに引っかかったのがきっかけだ。


 プロになりたいとか、本にしたいとか、有名になりたいとか、以前のような強い感情はもうないけれど、続けて行きたいと思う。何かが起これば儲けものだ。

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