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福島 博

バスタオル

「ちょっといい?10分位で終わるから」

 久しぶりに仕事が早く終わり、そこそこの機嫌で家に着いたのに、カミサンがこんな事を言う。怒りマックスではないけれど、喜びマックスでもなく、若干怒りのメーターが振れている感じが否めない。

「これさぁ」

「何だよ」

「いらないもの捨ててくれる?」

 震災で少々立て付けに難を生じたものの、何とか持ちこたえた小和室の掃き出し窓。ここ最近、開閉時に私の荷物が邪魔をして、スムーズさを欠いているので、何とか荷物を減らして欲しいとの依頼だ。


 そこには私のつなぎが収納してある。私は自宅の庭木を剪定する際や、昭和に購入して平成を駆け抜け、今なお現役だけど、維持費が生活を微妙に圧迫している、昭和53年製造ランクル40の整備をする際につなぎを着る。時代時代で好みがあったし、体型も変わってきているので、三菱やトヨタなどのブランド物の他に、ホームセンターで買ったものなどを合わせ、何着かのつなぎがある。着るものはいつも同じで、着ないものでかなりの積載を取っているのはわかっている。


 カミサンは片づけが上手い。冷蔵庫の中などは常に綺麗になっているし、家の中はいつ誰が来ても恥ずかしくないように、片付いている。対して私は、モノや道具に執着心が芽生えてしまい、簡単に物を捨てる事ができない。物が溢れ、部屋には布団を敷く事ができなくなり、毎日寝袋で寝ている。もう10年以上うだつがあがらないネットビジネスで、骨董品を海外へ販売しているからと軽く言い訳をしたところで、この状況は私の現状を如実に表していることに変わりはない。


 原宿も歩けるぞ、と、その色とデザインが画期的だった、20年以上前のトヨタの黄色いつなぎ。姉経由で何故か私の元にやってきた、三菱ふそうのつなぎ。「これさ、乾かないのよね。もうやめてよ」と、色焼けと乾きが悪いとの理由から、カミサンに拒否されどうにもならなくなってしまった、かわいそうな茶色のつなぎ。その他にも薄緑のもの、青いものと沢山出てきたが、見れば当時の事を思い出してしまい、捨てる事なんかできるはずがない。


 何を言われたっていい。何枚かのつなぎを現状維持で仕分けする。次は制服のコーナーだ。以前、タンクローリーの運転手をしていた頃は、値段の張る静電防止の制服が必要だった。会社から毎年支給はあったが、万が一にと、退職後も状態のいいものを保管しておいた。しかし、先日偶然にもスーパーで会った昔の同僚が「もう油はダメだ」と言っていたのを思い出し、これらを思い切って捨てる事にした。


 最後にバスタオルが出てきた。独身時代、高校の同級生四人組で、ハワイとグアムに行ったのだが、その時にハワイで買ったものである。Web配色辞典で調べてみると、色は鮮やかなマゼンタと言ったところだろうか。大きさは畳一畳くらいある。私は結婚してカミサンの実家に入る際、お気に入りのバスタオルとして、迷うことなく自分の荷物にこのバスタオルを入れた。湘南にサーフィンに行く時や、夏、プールに行く時などは必ず一緒だった、思い入れの深いアイテムの一つだった。


 カミサンがこっちを見ている。それどうすんの?と言わんばかりの表情だ。


「これさ、ハワイで買ったんだ。大事だから捨てない」

 結婚して20年以上が経つ。ということはすなわち、お互いが自分を強く主張すると夫婦仲が気まずくなる場合がある事を知っている。でも、攻撃的にではなく、敢えて聞こえるか聞こえないか程度の口調でつぶやいてしまった。


「はいはい、わかったからね。ありがとありがと」

 派手な色と受け入れかねるデザインと必要のない大きさ。極めつけに、洗うと色が落ちるこのバスタオルが、カミサンは嫌いなのだ。捨てなさいと言われたなら私も言い返すが、カミサンもさすがにそこは解っているようで、現状精一杯、誠意ある感謝の意を私に述べた。

 

 私の大事なハワイのバスタオルとつなぎ達は、カミサンがホーマックで買ってきた、透明のプラスチックケースにスッキリと収まった。一緒にしまってあった何枚かの他のタオル達は「これ、ウエスにでもして」と、ここにいることができなくなってしまった。


 30年以上も同じ車に乗り続け、何にでも愛着を感じてしまい、なかなか物を捨てる事ができない私と、いつも綺麗さっぱり、要らないものは容赦なく捨ててしまうカミサン。時々喧嘩をしながらも20年以上夫婦をやって来れたのは、この正反対な性格が良かったのかもしれない。

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