恋人を世界に見せびらかす

小森

オレンジ

「オーナー!ジャパンのTV取材だとよ!ホールに来てくれ」



 ここはパブ「Gente Libre」。スペインのバルセロナに数年前できたパブだ。最初は客入りが悪かったが、今となっては若者から老人までたくさんの人で店が溢れかえっている。


「わかった、ちょっと待ってて」


 パブのオーナー、アルフォンソは先程までいた事務所からカウンターを通り出た。近くにいた客からタパスの感想を聴き、一言二言話して日本人達の方へ歩いていった。


「Holaこんにちは!」「「オラ!」」


 店の入り口近くで日本人の集団がいた。

 挨拶したのは前の方にいる男女二人組だ。他はカメラマンらしき人達と、あの二人組よりも地味な格好をした女性だ。


「アー、ワタシニホンゴハナセマセンアマリ。ン、ンー、イイデスカ」

「大丈夫です。私達は日本からこの店に取材をしに来ました。いきなりですが宜しいでしょうか?」


 地味な格好をした女性が喋った。発音がよく、とても丁寧な言葉を使っていた。ミサキと名乗った。通訳者らしい。

 彼女曰く、日本の旅行番組の者で、番組の内容は気になる人や店にその場で交渉してレポートなどをする番組だそう。


「もちろん。空いているとこは少ないけど、美味しいタパスやピンチョスはいっぱいだよ」


 奥のカウンターへ案内した。先程の客が「Gracias《有難う》」といって出ていった。スペースが少し広くなったから全員入るだろう。

 それからあの男女二人組はタガワとシズカと名乗った。二人は片言だった。きっと、アルフォンソの日本語も日本人にとっては片言でひどかっただろう。基本会話は通訳を通してだった。


「この店はとても綺麗な写真が多いですね」


 ミサキがシズカがいった言葉を訳して話した。シズカは注文したピンチョスを食べながら、店のあちこちに飾ってある写真を見ていた。隣でビールを飲んでいたタガワに興奮したように話しかけていた。


「この写真は僕の恋人が撮った写真なんだ。どれも綺麗だろう」


 アルフォンソは自慢げに言った。


「アロンソ、なんだ客に向かって惚気てるのかい?」


 話しを聞いていた長髪の常連客が野次を飛ばす。ワインを飲んでいるせいか、顔が少し赤かった。


「そうだよ。僕の恋人はわがままで可愛くてそしてかっこいいんだ」


 アルフォンソと常連客の会話まで訳していたのか、タガワとシズカはキャーキャー騒いでいた。特にシズカ。

 シズカはシェルフラックの近くにある写真を指さしてきいた。横長の写真だ。


「あの写真に写っているのはあなたの店の従業員ですか?他にも写真はありますか?」

「あぁ、あれは店の5周年に撮られた写真で、この店のホールで輪になって撮ったんだ。僕の左隣にいるのは恋人さ。」


 常連客がニヤニヤと笑う。

 タガワは写真の中にいるアルフォンソの恋人を見ていた。シズカもよく見たかったのか首を伸ばして見ていた。


「他の写真は家にあるよ。見るかい?」


 ミサキが訳した瞬間残っていたピンチョスを勢いよく食べて「Yes」と言った。英語はできたようだ。それなら直接話せたのに、とアルフォンソは思った。

 店の仕事を残りの従業員に任せ、アルフォンソは日本人達を家に招待した。

 狭いアパートだが一通り案内を済ませ飲み物はいるかときいた。ミサキは二人に何も言わず「 No《いいえ》estoy bien《大丈夫です》」と答えた。リビングにあるアルバムを渡し見せた。

 シズカはコンソールテーブルの上に飾ってある写真を見ていた。


 「あぁ。これはね、僕の恋人と僕の写真。一年前、美術館の外壁を利用して撮ったんだ。彼と僕の絆を表した写真さ」


 ミサキは「ヒェッ」と訳もわからない声を出し顔を赤くし、そのまま二人に訳した。二人だけでなく聞いていた周りのスタッフまでもが顔を赤らめた。

 二人がミサキに伝えて欲しそうに何かを話していた。


「シズカさんは私もあなたのような彼氏が欲しいと、末永くお付き合いしてください、と言っていました。タガワさんも末永くとのこと」

「シズカ、タガワ、ミサキ。ンー、アリガトウ、ゴザイマス」



 夜になり、アルフォンソは恋人の帰りを待つ。いつもなら店の仕事を夜までしてから帰るから、自分が恋人の帰りを待つことがあまりない。つい数時間前、この部屋にあった賑やかさはもうない。今は恋人の帰りを待つ静かな時間だ。音楽をながすことはしない、この静かな時間が心地良い。


 ガチャ――帰ってきたようだ。


「やぁ、今日は君が先に帰っていたんだね」


 アルフォンソの恋人、ギリエルモは言った。


「先に帰るって知っていただろう」


 アルフォンソはソファの奥へつめてギリエルモが座れるようにした。ギリエルモは彼の隣に座り、一度キスをした。


「あぁ、知っていたさ。君がいつもより早めにあがったことや、ジャパンのTV取材を受けていたこと、僕の惚気をみんなに聞かせていたことも。ついにやけてしまったよ」


 ギリエルモはニコッと笑った。


「それに、かっこいいとかならまだわかるけど可愛いとかわがままとかは絶対僕じゃないだろう?」

「僕はそう思っているけどね。特に今日とか、ワインを飲んでいたせいかな、顔が赤かったよ。とても可愛いかった」


 食後、二人はリビングでくつろいでいた。部屋に飾ってある写真を眺めながらアルフォンソは言った。


「ギル、今日はもう寝よ。いい?」

「君の方が可愛いじゃないか。いいよ、寝よう」


 ギリエルモはアルフォンソの手を引き寝室に入った。アルフォンソはすぐ横になり、ギリエルモも横になった。


「僕は今日、君の素晴らしさを世界中に見せびらかしたかったんだ」


 うとうとしながらアルフォンソは言う。まぶたとまぶたがくっつきそうだ。


「君の長くなった髪の毛も、今日みたいに君が休憩時間に店に顔を出してくれるところも。もう、店のみんな君の顔を覚えているよ。常連だね。まぁ、そこが、可愛いくて、好き……だけど」


 わがままは君の方じゃないか、とギリエルモはアルフォンソの髪をぽんと撫で微笑んだ。


「ふふ、そうだね。おやすみ、僕のオレンジの片割れ」


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恋人を世界に見せびらかす 小森 @0929-komori

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