幼い頃の約束まで

鏡水たまり

第1話

 やっとシアに会える!前に会ったのはシアの誕生日のときだから、もう20日よりもっと会ってない!今日も本当はレオくんと遊ぶ約束だったけど、レオくんはいつでも遊べるからまた今度。僕は執事のウィルさんに連れられてシアのいるお屋敷に行った。

「シア!」

「アル!」

 僕は大好きなシアのところに走った。

「アル。私ずっと会いたかったわ」

「僕もずっと会いたかった!」

 僕たちは会えなかった時間のことをお互いに話し、どれだけ会いたかったかを伝え、過ごす時間の一瞬一瞬を大切にした。

 だけど楽しい時間こそ、早く過ぎ去ってしまう。気づけばそろそろ別れの時間だ。

「シア、今度はいつ会える?」

「ごめんね、アル。いつも一緒にいることができなくて」

「シアがいつもがんばってること知ってるよ。だから次に会える日まで待てるよ」

 シアは悲しそうな顔をした。僕はシアにはいつも笑っていてほしいから、本当はさみしいけどそれは内緒だ。

「アルは私とけっこんしてくれる?」

「けっこんってなに?」

「ずっと一緒にいるってことよ」

「すごいすごい!それじゃあ僕、シアとけっこんする」

「嬉しい!けっこんの約束をしたら男の人は女の人に自分の魔力石のついた指輪を渡すのよ」

「でも僕、魔力少ないから魔力石作れない。どうしよう…」

「なら、私が指輪をアルにあげるわ!」

「ほんと?うれしい!」

「私はいつもアルと一緒じゃないけど、指輪はずーっとアルと一緒だよ」


「…夢、か」

 とても懐かしい夢を見た。昔は2ヶ月と開けず会っていたシアとも、もう1年近く会っていない。

 幼い頃は考えが甘く、シアが貴族だと知っていたけど、いつもシアが俺を迎えに来てくれるようにいつか俺を迎えに来ると信じてた。だけどシアは侯爵令嬢だ。庶民の俺とは到底釣り合わない身分差がある。そのことに気づいた一時は絶望したこともあった。俺はシアと結婚するためにどんな些細な可能性も見逃さないように、その方法を隈なく探した。その中でもっとも実現可能だったのが竜騎士になること。なにしろ、竜騎士になるだけで男爵位を得ることができる。だから俺はシアと結婚するために竜騎士育成学校に入学した。今日はその中でもとても大切な日、竜との契約の日だ。

 毎朝しているように、シアからもらった花蜜を煮詰めたようなこっくりとした黄色い魔石のついた婚約指輪を眺める。幼い頃に合わせて作った指輪はもうサイズが合わなくなっているけど、大切な指輪はチェーンに通して肌身離さず持っている。

 蜜色の魔石に今日もシアへの変わらぬ愛を誓い、契約の成功への決意を固めた。

 竜との契約の成功率は低い。一人、また一人と脱落していく中いよいよ俺の順番が近づいてくる。皆、俺が竜と契約を結ぼうとするのは無謀だとあちこちで噂話をしている。

「あいつは無理だろ」

「そうだよな、座学はよくても竜が契約するかは魔力だもんな」

「竜の親指の爪をかじるだね」

「さすが竜マニア、その諺知らねーわ」

「お前、それでも竜騎士学生かよ。竜には親指がないだろ。だから竜の親指の爪をかじるっていうのは不可能ってこと」

「竜の親指は退化してなくなっている個体が多いけど、少ないながらも親指のある個体もいる」

 竜騎士になるには知識と教養を兼ね備えることが必要とされることもあって、学生は貴族の子息がほとんどだ。その中で庶民の俺はなにかと注目されることが多い。いつもは看過している噂話でも、シアとの将来を不可能だなんて一言で片付けてしまう級友に、少しきつく言い返してしまったのは仕方ないことだろう。

「次。アル」

 竜は気に入らないものには容赦がない。だから微弱な魔力しか持たない俺は竜に近づくのさえ本当は危険を伴う。薄氷を踏むような緊張を感じながら進む、ひび割れ落ちてしまえば命が危ない。でも、俺が彼女にふさわしい存在になるためには、なんとしてでも成し遂げなければならない。ゆっくり、慎重に、指定された場所へ移動する。

 位置について魔力を出す。あとは俺に興味を示してくれる竜をただ待つことしかできない。竜は一定の距離まで近寄ってくるが、それ以上は近づくそぶりを見せない。時間は限られている。けど、どうすることもできない。俺はシアに祈った。

 一回り大きな竜が近づいて来た。習ったように竜に礼を尽くしてから契約の魔法を展開する。そうすると意思疎通ができるようになり、互いに納得すれば契約を結ぶ。そうしてやっと真に契約したことになる。だから、まだ油断はできない。冷静に、落ち着いて言葉を交わせば思いは伝わる。

「おまえ、その魔力はなんだ」

「俺の魔力がどうかしましたか?」

「おまえのではない。その魔力はなんだと聞いている」

 竜が俺の胸元に首をやった。そこにある魔力といえば首から下げているシアからの指輪だ。

「これは俺の大切な人から貰った指輪です」

「おまえには全く魅力を感じないが、その魔力の持ち主は素晴らしい」

「彼女のためにどうか契約したいのです」

「…いいだろう。だが、私はおまえのために契約するのではないということをゆめゆめ忘れるな」

 その日、国で初めて庶民から竜騎士が誕生するだろうという知らせが王宮中に広まった。


 愛しのシアへ

 だんだん寒くなってきていますが元気で過ごしていますか?俺は寒くなってくると冬にシアと過ごした時の暖かさを思い出し、いつも心が寒く感じてしまいます。特に今日はシアが婚約指輪をくれる約束をしてくれた日を夢に見て懐かしく、そしてもう1年も会えていないことがとても辛く感じられます。昔の、何も知らずただただ貴方と笑いあって過ごしていた日々が微笑ましくあり、また苦々しく思えます。早く貴方の側にいるのが当然のような日々を送りたいです。

 竜騎士育成学校に入学して4年が経ちましたが、今日竜との契約に成功しました。これで、幼い頃の約束を果たすまであと一歩というところまで歩を進めることができました。いつもシアは俺が頑張っているからだよと励ましてくれますが、俺はいつもシアとの未来のために努力しているので全てシアのおかげです。もちろん貴方はそれも分かった上で俺を褒めてくれているのも知っているのですが。だけど、今回ばかりは本当にシアのおかげです。竜はシアが指輪に込めてくれた魔力に惹かれて俺と契約してくれました。俺のために契約する訳ではないとはっきり伝えられました。まさにシアのために竜騎士になるので竜の忠告は意味のないものですが、貴方への愛を竜にも試されているのかと思うとこれほど立派な証明はないと思います。

 落ち着いたら休みが貰えるはずなので、シアに会える日が来るのを一日千秋の思いで心待ちにしています。

 蜜色の魔石に愛を込めて アル

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幼い頃の約束まで 鏡水たまり @n1811th

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