マッスル探偵デジル

ぷいゔぃとん

第1章 プロテイン殺人事件

〈マッスル1〉 車は筋肉で押し返せ

 秋は、今年もやって来た。残暑が厳しく、汗だくになりながら帰るのが嫌だった夏が、やっと終わったのだ。寧ろ、既に半袖では薄ら寒い。太陽が沈み始める時間だって、こんなにも早くなっているんだ。


 もう、本当に秋だ。


 周りを覆うビルに負けじと空を見上げ、鰯雲の浮かぶオレンジ色の空を私は眺めていた。まだ信号は赤のまま。早く家に帰りたかった。


 社会人になって3年目。有名大学を卒業して、大手プロテイン工場に就職を果たした。ここまで順調な道のりだと思っていたけれど、社会は厳しかった。


 ベルトコンベアを流れる包装されたプロテイン達に向かって、ただ只管、「頑張れ、頑張れ!」とエールを送り続ける仕事だ。現在手取りで28万ある。かなり貰っていると思われるかもしれないが、実際は、やっている本人にしか分からない苦労と言うものが付き纏う。今日も、8時間叫び続けた。


 日本はストレス社会と言うけれども、ここまでストレスに満ち溢れていたのかと日々感じる。


「ふぅ」


 私のため息は、あっさりと街中の騒音に掻き消される。誰の耳にも届かない。だけど、そんな騒がしい街中が、一瞬にして静まり返る程の悲鳴が耳に届く。


「キャーーーー!!!!」


 私は、声が聞こえた方向を見る。


 一台の赤いスポーツカーが、左に、右に、大きく蛇行しながら、歩行者の大勢いる路上に乗り上げ、凄い速さで暴走していたのだ。しかも、なんだか私の方に向かって来ている。


 こんな大事故に巻き込まれるなんて。夕方のニュースにでも流れるのかな?


 意外にも、頭の中では呑気な事を考えていた。しかし、私の想像していた最悪の結末は、の筋肉によって塗り替えられた。


「サイドチェストォォォォ!!!!」


 暴走したスポーツカーは、ブーメランパンツを履いた一人の男性に衝突して止まった。


 男は満面の笑みを浮かべ、光輝く白い歯の主張が実に激しい。未だにポージングを崩さずにいる。発達した胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきん僧帽筋そうぼうきん大胸筋だいきょうきん上腕二頭筋じょうわんにとうきん三頭筋さんとうきん腹直筋ふくちょくきん腹斜筋ふくしゃきん腸腰筋ちょうようきん大腿筋だいたいきん、ヒラメ筋。どれを取っても、ボリューミーだ。


 筋肉一つで車から私を守ってくれたのだ。


 一方の車の方が被害は甚大で、前方部はひしゃげ、フロントガラスは粉々だ。だけど、その男の筋肉はやはり無傷。


「ん?」


 男はようやくポーズを止め、運転席でぐったりとしている男性を、座席ごと外へと引っ張り出した。そして、地面に投げ捨てられる。


「意識が無い? これは僅かだが、薬物の匂い? お客様の中に筋肉関係の仕事をされている方はいませんか!?」


「は、はい……!」


 お客様!? 意味不明だが、私は、反射的に名乗りを上げてしまった。


「プロテイン、持っていないかい? 今、筋肉動かしたからね!」


「ど……どうぞ」


 お前が飲むのかと思いつつ、鞄に入れてあったお試し用プロテインの小袋を差し出す。


「ありがとう」


 これが、私の運命を変える出会いだった。


 そして間も無く……警察、救急車が訪れ、スポーツカーに乗っていた男性は救急車に。そして、ブーメランパンツを履いた私の命の恩人も、手錠を嵌められパトカーに連れて行かれた。


「あ……お巡りさん、待って! その人は……!」

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