menu73 ゼロスキルの行きつけ

「初クエスト達成おめでとうございます、ディッシュさん」


 祝福してくれたのは、フォンだった。

 討伐と薬草採取のクエストを終え、ディッシュたちはようやくギルドに帰ってくる。ウォンも一緒だ。

 ギルドの前に座り、ディッシュが出てくるのを待っている。

 当然、道行く人の目を引いていた。


「ありがとよ、フォン」


 ディッシュは礼を言う。

 すると、今度フォンは頭を下げた。


「すいません。私が離席したばかりに余計な手間をかけさせてしまったようで」


「別にいいよ。それに、いい仲間にも出会えたからな」


 ディッシュはヘレネイとランクを紹介する。

 フォンの水色の瞳が、後ろに控える2人を捉えた。


 すると、ヘレネイとランクは背筋を伸ばす。

 若干、顎を引いて緊張していた。

 ヘレネイは声を潜め、ランクに尋ねる。


「ちょ、ちょっと! どういうこと? あれって、フォンさんでしょ?」


「あ、ああ……。間違いない。ギルドで1番の受付嬢っていう……。あの人に目をかけてもらった冒険者は、必ず伸びるっていう話だ」


「それが、なんでディッシュくんと仲が親しげなのよ」


「僕が知るわけないだろ。――ってか、頭を下げてるぞ、あのフォンさんが……」


「一体、何者なのよ、ディッシュくんって……」


 ヘレネイは若干恨みがましそうにディッシュを見つめる。

 Eランク冒険者の胸中など、本人は知るよしもない。

 睨まれても、首を傾げるしかなかった。


「ヘレネイさん。ランクさん」


 そんな時、フォンが声をかける。

 声に鋭さがあった。

 もしかして、何か粗相をしたのだろうか。

 ヘレネイとランクは、一層緊張する。

 背筋に汗が浮かんでいた。


「「は、はひぃ」」


 恋人同士は仲良く噛む。

 フォンは柔らかく笑った。


「ありがとうございました。とても助かりました。もしよろしければ、ディッシュさんとまたパーティーを組んで、助けてください」


「え……」


「もしかして、僕たち……。感謝されてる?」


「一応、そのつもりで言ったのですが……」


 フォンは苦笑いを浮かべる。

 慌てて、ヘレネイとランクは頭を下げた。


「あ。いえ。ここここここちらこそ。よろしくお願いします」


「お願いします!」


「俺からも頼むぜ、ヘレネイ、ランク」


 ディッシュも感謝の言葉をかける。

 2人はようやく頭を上げた。


「もちろんよ。てか、今回は私たちが助けられた方だし」


「そうだよ。ディッシュくんとウォンがいなかったら、今頃どうなっていたか……」


「おいしい食べ物も食べたもんね」


 ヘレネイはあの時の味を思い出す。

 プリプリの弾力感と、トロトロの肉汁……。

 思わず舌をなめずりしてしまった。


「お2人とも、もしかしてディッシュさんの料理を食べたのですか?」


 カウンターから身を乗り出し、フォンは尋ねる。

 ヘレネイとランクは顔を見合わせた後、ふんふんと頷いた。


「もしかして、フォンさんも知ってるんですか? ディッシュくんの料理」


「え? ええ? まあ……」


 何故か、フォンの顔は引きつっていた。

 またヘレネイとランクは顔を見合わせる。

 一体、どういう反応をしていいかわからない、といった様子だった。


「ともかく褒賞金をお渡ししますね」


「俺はいらねぇぞ。ヘレネイとランクに渡してやってくれ。2人がいなかったら、クエストを受注できなかったしな」


「ダメよ、ディッシュくん」


 釘を刺したのは、ヘレネイだった。

 眉間に皺を寄せ、ディッシュを睨む。


「冒険者同士の褒賞金の譲り合いは、基本的に禁止されてるの」


 褒賞金の分配は、等分が基本である。

 ランクや経験などは関係ない。

 褒賞金の譲り合いも、原則禁止されている。

 トラブルを防ぐため、ギルドが厳しく取り締まっていた。


「でもよ」


「私たちに助けられたのはわかるし、初クエストだから人に何か恩返しをしたいって気持ちはわかるわ。でもね。一番頑張ったのは、怖い思いをして、それでもクエストを達成した自分自身なのよ。だから、まずディッシュ君自身を労うことが大事なの」


「ヘレネイさんの言う通りです。この褒賞金は、自分のために使ってください」


 フォンは褒賞金が入った路銀袋をディッシュに差し出す。

 それを受け取り、手の平に載せると、いつもより重く感じた。

 時々、野草や魔草などを売って、ディッシュは小銭を稼いでいる。


 でも、その時とは違った重さがあった。


「ありがとな、ヘレネイ。お前の言葉、いい味だしてたヽヽヽヽヽヽヽ


「なはははは……。実は、ある人の受け売りなのよね、これ」


「憧れの人ってヤツか。そうか。いつかそいつにも、飯を作ってやらねぇとな」


「うん。それはナイスアイディアね。きっと喜ぶと思うわ」


 すると――。


 ぐごごごごごごごご……。


 魔物の吠声かと思うほどの腹音が鳴る。

 お腹に手を当てたのは、ディッシュだった。

 同時に、ドッと食欲が押し寄せてくる。

 身体が重く感じた。


「どうやら、俺は緊張してたみたいだな」


 ディッシュはぽつりと呟く。

 山には慣れているから、いつものことだと思っていた。

 けれど、自分が生きるために山の中をうろつくのと、誰かの依頼のために山に入るのとはまるで違う。


(あいつも、こんな気持ちだったのかな……)


 ディッシュの顔は自然と天井を向いた。

 最近、見ないあいつヽヽヽのことを思い浮かべる。


「ディッシュくん、お腹が空いてるみたいだし。どこか食べに行こうか」


 ヘレネイが誘ってくる。


「ん? でも、なんなら俺が作るぞ。お礼もかねて」


「たまにはいいじゃない。自分が作るんじゃなくて、食べる側に回るのも」


 確かに……。

 ディッシュは思わず頷いた。

 作るのは好きだが、食べるのも好きだ。

 それに誰かの料理というのは、勉強にもなる。

 折角、街へ来たのだ。

 店に入って食事するのも悪くない。


「そうだな。じゃあ、そうするか」


「決まりね。何かリクエストはある? 私たち結構、おいしいお店を知ってるわよ」


 ヘレネイは得意げに鼻を鳴らす。


 ディッシュはしばらく考えた。


(肉……は、山で食べたしな。となると、魚か……。あ――)


 ピンと何かが閃く。

 ディッシュはヘレネイとランクの方に振り返った。


「前から行きたかった店があるんだ」


 ディッシュは、にししと笑うのだった。



 ◆◇◆◇◆



「ここだ」


 ディッシュが看板を指し示す。

 ヘレネイとランクを伴ってやってきた店の看板には、可愛い猫がスヤスヤと眠る絵が描かれていた。


「こ、ここって――」


「まさか――」



 ネココ亭ぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!



 2人は絶叫する。

 その意味がわからず、ディッシュは付いてきたウォンとともに首を傾げた。


「なんだ、知ってるのか、2人とも」


「知ってるも何も、超有名店よ」


「そうだ。ここの魚料理は絶品なんだ」


「へぇ。やっぱ有名な店なんだな」


 ディッシュはとぼけた声を上げる。

 一方、ヘレネイたちの慌てぶりは尋常ではなかった。


「ここは冒険者にとって聖地なのよ。何せ、あの人の行きつけなんだから」


「ふーん。まあ、いいや。入ろうぜ」


 ディッシュは気安く店の扉を開くのだった。

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