第48話 命懸けの茶番劇


「グガァァァ……。」


ドラゴンの口からまるで蒸気のような息が吐き出された。

そして魔物たちと繋がれていた赤い鎖を引きちぎり、その体を持ち上げて、騎士団を睥睨する。

回りにいた魔物たちは、1匹たりとも息をしていなかった。

ドラゴンは目を細め、体にグッと力を入れた。

鱗が泡立ち、尾の先から波打つように全身を震わせる。

赤い目をギョロリと見開いた時に、ドラゴンが、ニヤリと笑った気がした。


バッと翼を開き飛び上がるって、上空で制止すると大きく息を吸い始めた。

誰もが分かった、殺されると。

さっきまでとは比べ物になら無い攻撃が来るのだと。


「……聖霊の加護よ……。」


祈りの言葉か無意識に口から漏れでる。

なぜ人は、自分の力の及ばない時に祈りを捧げてしまうのだろうか。


ドラゴンが長い首をしならせた、ドラゴンを中心に赤く輝く輪が出現する。

ゆったりと優雅に回る輪は、まるでこの世のものではないかと思うほど美しく繊細な光を放つリング。


コォォオオオオオオオ……シュウゥッ……


ドラゴンの動きに合わせて収束していた魔力がフッと収まり、一瞬の静寂が訪れた。

そして……


「グガァァァアアアアアアアアア!!!」

ビシュゥゥウウウウーーーーー!!!


咆哮と共に騎士団へと、ブレス攻撃が放たれる。

その光線は、無数の光の筋に別れ、一つ一つが螺旋状に渦巻きながら騎士団へと降り注いだ。

これぞまさしく『神の雷』であった。

ここでドラゴンに殺されてしまうのか、と誰もが感じていた。


「加護冠(シェルツェアヴァローネ)!」


その時、頭上から優しく力強い声が響いた。

知っているだろうか『球体』はこの世で最も強い形だ。

いままさに、騎士団の頭上にドーム状の透明な幕が出現した。


ガガガガガガガガガガガガガッ!!


つつけば弾けて割れてしまいそうな透明の幕は、虹色に輝きながらブレス攻撃を防いだ。

その様子を騎士団は唖然と見上げていた。


「ま、まさか……。」

「我を呼びし、誠の信仰を持つ者たちよ。」


その者の声はエコーがかかったように響きわたり、騎士たちの心をうった。

そして騎士団の頭上に、一人の男性とその側に控える少女が現れた。

ゆっくりと浮遊し、上空より舞い降りた姿は『荘厳』の一言であった。

初老の男性も、小柄な少女も、真っ白な衣に身を包んでいた。

こころなしか神々しさに光輝いているようにも見える。


「グガァァァアアアアア!」

「ドラゴンよ、しばしおとなしくしておれ。」


その人が軽く右手をドラゴンへ翳すと、閉じ込めるように透明な幕があらわれる。

ドラゴンは暴れ、その大きな爪で引っ掻いたり体当たりをしているが、まるで歯が立っていないように見える。

レグルスたち、ラーヴァの騎士団は空から来たその人を見て……困惑していた。


((((アルタイルさんとスピカだ……。))))


その顔に見覚えがあったからである。

レグルスたちも、助けに来てくれとは祈ったが、予想の斜め上を行く登場の仕方だった。

それに、人間は空を飛べない、さらにこの防御魔法……これはアルタイルの魔法なのだろうか。

皇都騎士団の7人の魔法よりも遥かに性能が良いではないか。


宙に浮いているのは、もちろん零史の仕業であった。

重力を引力で相殺して、疑似無重力をつくりだしている。


しかしこの防御魔法は、アルタイルの新魔法である。

ルナの大改造ビフォーアフター第3弾!『防弾ガラス』の理論と魔法的解釈を融合させたものだ。

強度の高い2枚の固い層の間に、衝撃を吸収し絶縁体にもなる層をはさんで耐久力を何百倍にも上げている。

さらに形状による強度も加わり、薄いためコスパも良いのである。

まあ、良いといってもアルタイルの魔力量では2枚が限界なので、いま実は結構ギリギリの状態だ。

50過ぎには、しんどい。


レグルスが驚愕に見開いた目で見ていると、アルタイルと目が合った。

にっこりと笑い、ウインクまで投げてくる。

いったい何のサインなのだろうか、嫌な予感しかしない。

真っ先に動いたのはアルタイルとスピカに面識の無いシャウラである。


「聖霊……まさか、本当に聖霊様!私たちを助けに来てくださったのですか!!」


これほど大がかりに演出されたアルタイルとスピカを見て、シャウラはすんなりと二人を『聖霊』だと信じたらしい。

希望を顔ににじませ、膝まづき右手を胸に当て、騎士の礼をしている。

アルタイルが、突然の知らない人(シャウラ)の声に片眉をあげシャウラを見た。

そして、彼女が皇都から来た援軍だと気がつき、顔を引き締める。


「うむ、いかにも。我は聖霊……この人類の危機に、我が力を貸すにふさわしい"救世主"の誕生を告げに来た。」

「救世主……まさか、私がっ……。」

「レグルスよ!進み出よ!!」


勇むシャウラの声に、焦ったようなアルタイルの声が被さった。

アルタイルはシャウラの事を話には聞いていたが、心中驚いていた。

言葉にするならば(なんだこの図々しい女は。)である。

シャウラは自分が選ばれない事に、凍りついていた。


「おっ、俺!?(こんな時に何をする気なんだ!?)」

「(いいから、こっちへ来るのじゃ。)」


レグルスがおっかなびっくり前へ出る。

そこへスピカが降りてくる。

今まで静かに伏せていた目をレグルスへ向け、天使のような笑顔ので何かをレグルスへ差し出した。


「これを授けましょう。」

「…………これはっ……。(シリウスのブレスレット通信機??)」

「これは『聖なる腕輪』です。さぁ、救世主よ、強大な敵に立ち向かうのです。その強き意思が貴方を勝利へ導くでしょう。」


レグルスが黒い鉱石で出来たブレスレットを見て固まっている間に、スピカが有無を言わさず彼の右手にブレスレット嵌めた。

心なしかスピカから「合わせろ」という無言の圧力を感じる。

スピカは、レグルスの前へ膝をつき、両手を祈るようなポーズに組んで目を閉じた。


「新たなる救世主の誕生に、聖なる祝福を。」


すると治癒魔法がレグルスを淡い光で包み、先程までの戦闘の披露や傷を癒していく。

レグルスは、スピカのムズ痒い言葉にシュールな気持ちになりながらも、ありがたい事に変わりは無い。


(俺はいったい何をやらされているんだ?)

【レグルス……聞こえる?俺の声はレグルスにだけ聞こえるから黙って聞いて。】


よくわからない儀式の途中、どこからか待ち望んでいた零史の声が聞こえた。

いや、分かっている……右手のブレスレットからだ。


【俺も今、皆から見えないけどちゃんと居る。レグルスは魔法を放つフリをしてくれるかな、俺がそれに合わせるよ。】

(はぁ?いる??攻撃をするフリ?)

【アルタイルの防御がそろそろ壊される、レグルスの演技力にかかってるから!頑張れ!!】


この聖霊、無茶振りが過ぎないだろうか。

レグルスはひきつりそうな顔をどうにか取り繕って、アルタイルとスピカへ騎士の礼をとる。


「必ずや、聖霊に勝利を捧げます。」


そして立ち上がり、眉間にシワを寄せた鬼の形相で騎士団の部下たちへアイコンタクトを送る。

それを受け、リゲルたちは力強く頷いた。


(お前ら、この茶番に命かかってるからな?)

(((((了解です!!!)))))


レグルスは騎士団の先頭へ立つとブレスレットのある右手を高々と掲げて叫ぶ。


「聖霊に勝利を捧げよ!!」

「「「「ゥオオォォォオオオオオオオオ!!!!」」」」


騎士団の地響きのような雄叫びが上がる。

その光景を、シャウラは感情の抜け落ちた顔で眺めていた。


そしてドラゴンを閉じ込めていたバリアが破壊される。

聖霊役のおじいちゃんと巫女役の少女はいつの間にか姿を消していた。

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