第26話 魔法とは……


新しい魔法を使うベラトリックスに、俺は強烈なデジャブを覚えていた。

おそるおそるルナを覗き込み、


「もしかして、ルナ。今度はベラトリックスと『特訓』しちゃったのか?」

ルナはキョトンと俺を見返して、小首をかしげる。


「いいえ、ベラトリックスと特訓はしていません。」


ルナの返答に胸を撫で下ろす。21世紀の知識で魔改造人間を作るのは何だか大変な事になりそうだ。これ以上増やしてはならない!


「少し助言を与えただけです。」

「……え!?」


どうやら、遅かったようである。ルナによる魔改造人間2号はすでに誕生していた。


「『磁力』というものの概念を伝えました。」


磁力、鉄がくっついたり反発したりする力か。

それが、どうやったらあんな魔法になるのだろうか?

相手の武器を引き寄せ、自在に操っているように見える。


「これは……ベラトリックスの勝ちだな。」


実力差は明らかだった。武器を奪われ、避けることでいっぱいいっぱいの様子のリゲル。

魔力も、もう然程(さほど)残っていないように見える。回復のために休んだ方が良いだろう。初手で大技のトルネードを連発させたのが響いているようだ。

これ以上の無理は生死に関わる魔力の減少量である。

俺とルナの目には、既にピンチとなった魔力状態が弱い弱い光として見えていた。


「こんなふざけた奴に!!……ぅぐうっ!

正義をなすため、今まで……私は努力してきた……。」


リゲルの眉間にピッタリと剣の切っ先がとまる。

ベラトリックスが、暗くなってきた空を背負いリゲルを見下ろした。


「見た目や態度で相手を計ろうだなんて、アナタ嫌いだわ。」


リゲルは膝に力が入らず、そのばに崩れる。しかし眼光は鋭さを失ってはいない。


「うるさいっ!!」


すでに負けは決まっていると思う。これ以上、意地を張るのは無理だろう。

他の騎士団の面々も、心配そうな顔で見ている。

ベラトリックスが下ろした剣を、地面に突き刺した。


「そこまでだ。」


レグルス団長の終了の声が苦く響く。

騎士たちは、副団長の敗北を信じられない気持ちで受け止めている。理解できない魔法にも戸惑っているようだ。

だが、ベラトリックスの勝利は誰の目にも明らかだった。


「ねぇ、零史~!ベラの戦い可愛かったでしょ?」

「いや、めっちゃ恐かった。」


どう考えても、ラスボスみたいな戦いだった。高笑いが超悪役でしたね、ありがとうございます。

初戦はベラトリックスの勝ちだと皆が認めていた……一人を除いて。


「待て……まだ終わって無い!終わってないぞぉぉおオオオ!!」


リゲルは剥き出しの闘争心をベラトリックスただ一人にぶつけている。

完全に我を忘れている。


「やめろリゲル!まだ2戦ある、それ以上は死ぬぞ!」

「アレはきっと魔法じゃない!科学だ!貴様、科学者なんだろう!!そうに違いないんだ!!」


レグルス団長の叫びにも反応を返さず、ただ殺意をベラトリックスに向けている。


「正義は私だ、正義はワタシダ、セイギハワタシダ!」


リゲルの魔力が無数のカマイタチとなって、ベラトリックスへと飛んでいく。

残った魔力を全て絞り出すように、獣のようなうなり声をあげてた。

カマイタチがベラトリックスを襲う。

ベラトリックスは冷静にカマイタチを見つめ、飛び上がって避ける。

放物線を描くように飛んだベラトリックスは、空中で回転しながらその勢いのままリゲルへと踵(かかと)落としをおとした。


「はぐぁあっ!」


ベラトリックスの踵が直撃したリゲルは、白目を剥き地面へと倒れた。

ベラトリックスはリゲルが気絶した事を確認すると、俺に振り向いて焦ったような声をあげた。


「零史、魔力がっ……!」


レグルス団長が隣でうなり声をあげた。


「くそっ、魔力欠乏だと!?……死ぬぞ。」


魔力はそのまま生命力だ。……体力のようにある程度回復するが、一度に使える量も、一生に使える量も個人差がある。

ゲームで言う所の、MP(マジックポイント)ゲージが赤になるまでは休めば回復するが、完全に無くなると仮死状態になり数分もしない内に死に至るという感じだ。


いまリゲルは、魔力欠乏で仮死状態だ。

踵落としがなくても、すでに動けなくはなっていただろう。

レグルス団長がリゲルへと駆け寄り、意識の無い体を抱き起こす。


「リゲル!おいリゲル!」


呼び掛けても起きる気配は無い。俺とルナの目にも、完全に魔力を使い果たしているように見える。

ルナがレグルス団長を見つめて静かに言う。


「その人間を、助けたいですか?」


ルナの言葉にレグルス団長はハッと俺たちを見る。

レグルス団長は真意を探るように、ルナをじっと見ている。

魔力欠乏の状態から回復する事は不可能とされているのだ。

身の程をわきまえず使いすぎた魔力に、体が耐えきれず死ぬのだと言い伝えられている。

魔法が聖霊によってもたらされているものだと信じられているからだろう。

この状態になると、もう打つ手は無いのだ。人間ならば。


「お願いだ……どうか、助けてくれ。」


レグルス団長の言葉に、騎士団がシンと鎮まりかえった。

これは実質、俺が聖霊と認める一言になるだろう。

ルナが俺を見上げた。


「あとは零史が思うままに。」


俺なら、スピカとアルタイルにエネルギーを補給したように、リゲルにもエネルギーを注ぐことが出来るのだろう。

俺は迷わずリゲルのもとへと進み出た。


「もちろん、助けたい。」


助けられる命は、助けるべきだとも思う。そんな事を言うなんて甘いと言われるかもね。だけどこの気持ちは、俺が平和な日本で生きていたからなのかもしれない。

黒野零史としての感情は大事にしたいんだ。


意識の無いリゲルの両手を取り、俺は目を伏せる。自分のエネルギーでリゲルを包むように。

もう3人目だから、慣れてきた。

俺とリゲルを包む淡い光を目の当たりにした、レグルスや騎士たちは息を飲む。


「……聖霊だ……。」


誰かの呟きが聞こえた気がした。

ある程度補充すると、俺はひとつ大事なことに気がつく。


「起きてまた怒って攻撃してきたらどうしよう?」

ルナを振り向いて困ったと聞くと。


「怒りを抜いてしまえばいいのではないですか?」


ルナが、リゲルの感情を抜いてしまうように提案をする。


「ん……じゃあちょっとだけね。」

レグルスが俺たちの会話を聞き、目を白黒させている。


「一体、何を言っているんだ……。」


俺はリゲルに集中して、正義への執着や、俺たちへの怒りを少しだけ……冷静に話し合いが出来る程度を意識してエネルギーに変換していく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る