第7話 超科学の魔法

神殿の入り口にずらっと並んだ柱の陰に隠れる。

柱からひょっこりと顔だけ出して、ルナが指し示す方向を見た。

遺跡の街は、本当に誰もいないようだ。


(俺、異世界に来たんだなぁ。)


零史は「黒野零史(にんげんだった自分)」が死んでしまった実感を今更ならがに感じる。

泣いてわめきたい気持ちと、どこか他人事のように感じる気持ちが両方あって……今の自分が『零史』の記憶だけをコピーした存在という事をことさら納得させた。そんな事を考えていると、


「来ました。どうやら追われているのは私たちじゃない見たいですね。」


真っ先に気づいたルナが言った。

街の南……この遺跡の正面にある真っ直ぐな道の先の森から、まず小柄な人影が飛び出してきた。

それを追うようにそれぞれ武器をたずさえた4人の人影が飛びだしてくる。


「いやぁっ!来ないで!!」


小柄な人影は……どうやら女の子のようだ。

水色の長い髪に、逃げる途中泥だらけになった服、そして足は裸足だった。

少女が右手を振りかぶると、氷のつぶてが雹のように追っ手を襲った。


「くそっ」

「まだ反撃する体力があんのかよ!」


初めて見る魔法っぽい魔法に、零史はこんな時だがちょっぴり感動している。

しかし、雹はさほど勢いも無かったのか数秒追っ手の足止めをした後は消えてしまった。


「だいぶ弱ってるぞ!」

「手間かけさせやがって。」

「来るなーー!」


少女がまた苦し紛れの魔法を放つ。

追っ手は、見るからにゴロツキのように見えるが。

最低限装備などが整えられている様子から見て、護衛や用心棒なのだろう。


4人もそれぞれ魔法や剣で応戦しているが、決死の反抗に手をやいているようだ。

もしかしたら、生け捕りの指示がだされているのかもしれない。

慎重に追い詰めているのがうかがえた。

少女はその大きな金の瞳で、4人を睨み付けている。


「あれは……もしや悪魔の子か!」


隣にいるアルタイルが、驚いたように呟く。


「悪魔の子?人間じゃないの?」

「あぁ、えーと……悪魔の子とは、魔物と人間のハーフと言われており。感情が高ぶると瞳の色が金に輝くのです。生まれながらにして膨大な魔力量を誇るとか。」

「ほうほう。で、何で追われてるか分かりますか?」


「悪魔の子は……聖信教により厳しく管理されており、生まれてすぐ教会へ入り死ぬまで聖霊に遣(つか)えると言われております。私も、この目で見たのは初めてじゃ。」

「つまり……教会から逃げて来たって所かな?」

「だとは、思うのですが……。」

「まだ何か引っ掛かってる事でも?」


アルタイルはしきりに首をかしげている。


「あの兵士の着ている装備……この先のファウダー領の領主の……私兵に与えられるものと似ておるのです。」

(悪魔の子は教会に居るはず、でもどうやら領主から逃げてきた?)


「零史、とりあえず助けてから聞いてみてはどうでしょうか?」

「そだね、そーしよっか。」


ルナの言う通り、助けてから考えよう!

悩んでいる時間はないようだし……。

少女は、抵抗むなしく4人に囲まれ追い詰められていた。

もう反撃の体力も尽きかけているのか、立っているのがやっとの様子だ。


「それ以上近づけば、自殺してやるっ!」


しかしまだその2つの金は、鋭く敵を睨み付けている。


「じゃ、アルタイルさんは作戦通り、隙を見てあの子を保護してください。」


俺が4人の注意を引いて、アルタイルさんが少女を保護する。そういう作戦だ。


「申し訳ない、たいした魔法も使えんで……。」


そうなのだ、某魔法学校の校長のような格好をしてるくせに。

アルタイルの魔法は、せいぜいマッチの火ていどが精一杯だという。

誇大広告もいいところだ……ちょっとガッカリしたのは、言うまでもない。

勝手に期待されて勝手にガッカリされるなんて、アルタイルの方はいい迷惑だろう。

なので今回は、戦闘なんてゲームでしかしたことのない現代っ子零史と、ルナであの4人をどうにかしなくてはいけないのだ。


「じゃーいっちょ頑張りますか。黒野零史行っきまーーす!」


柱の陰から石畳の道へと進む。

5人はまだ俺には気がついていないようだ。

そもそもこんな所に人が居るとは思っていないのだろう。


ルナは、能力を使う為にはイメージが大事だと言っていた。

この能力は『ブラックホール』きっとこの世界で俺以上にこの能力をイメージ出来る奴は居ない。


俺は大きく深呼吸して……右手を空へとかかげた。


中性子というものを知っているだろうか……まあ簡単に言うと、とんでもないエネルギーを持っている。

ブラックホールがちょっと軽くなると中性子星になる。と、いうことは?ブラックホールにだって中性子はある!

これをビーム状に一方向に束ねたもの。これが中性子ビーム、ネーミングセンスについては触れてくれるな。


アレを想像してくれると分かりやすいかもしれない。

某SFロボットアニメとかでよく見る、ビーム砲だ。

その半端ない威力を誇るビームが俺の右手から放たれた……


ビシュゥウウウウウウ!!!!


まるで雷のように光で空を割ったビームは、あたりを一瞬、光の洪水へと変えた。

この遺跡の頭上だけ、水面に石を落としたように丸くぽっかりと雲が散っていた。


(ちょっとビックリさせて注意を引こう大作戦……やりすぎちった?かな?あははは、はは……。)


乾いた笑いと冷や汗が止まらない。

この場で驚いていないのは、きっとルナだけだろう。

なぜか俺の肩で、誇らしそうに胸を張っている。


「さすが零史、当然です。」


俺は掲げていた右手を下ろし、唖然とこっちを見る兵士に告げる。


「あの、大人しくその子を解放してくれませんか?」


つい、初対面には敬語の癖が出てしまった。締まらないことこの上ない!

いや、良いことだよ?敬語大事。


「ぅ……うわぁぁぁああああっ!!!」


4人のうちの一人が錯乱して、剣を振りかぶり襲いかかってきた。

俺はそれを落ち着いて見つめ、両手を体の前にかかげた。

今度は、宇宙を閉じ込めたような真っ黒い球体を生み出す。


そしてそこへ吸い込まれるように剣が消えた。


正確には、刃を構成していた金属が量子単位でミニブラックホールに飲み込まれた訳だけれども。

そんな事は分からないこの兵士A君は、柄だけになった剣を見て、完全に理性を手放したようだ。

叫びながら森へと走り去ってしまった。

俺はミニブラックホールをお手玉のようにポンポンと見せつけながら、3人となった兵士へと向き直る。


「はっ!はったりだ!!きっと光で目眩ましして……!」

「バカ野郎早く逃げるぞっ!」

「きっと科学者だ!あんな魔法見たことねーぞ!!」


「あ、それは正解。俺は今日から科学者目指すことにしたんだ。」


震える声で、それでも気丈に怒鳴ってくる様子に内心関心する。

俺は自分の対抗手段(ブラックホール)が思い通りに決まった事で、ちょっと余裕も出てきた。


「だけど、これは魔法だよ。」


ミニブラックホールを両手で潰すように握り混むと、水がはじけるように細胞分裂するように大小さまざまな無数のブラックホールが出来た。

それはクルクルと俺のまわりを回る。


そして指揮者のように、右手を振った。

俺のイメージが生み出した小さなブラックホールたちが、3人へと襲いかかる。


「ひぃっ!!」

「ぎゃぁああああー!!」


蜘蛛の子を散らすように、一目散に逃げて行った。

後には唖然と立ち尽くす少女が残っていた。


(ま、脅すだけのつもりだったし。

それでも襲いかかってきたら殺すしか無さそうだったけど、良かった。)

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