大聖堂-4


 最初のエントランス……いや、祈りを捧げるであろう場所へと戻ってきた。はたと目をやると、その片隅で熱心に本を読んでいる姿が見える。結局ほとんどそこから動かず、そこにあった書籍を読むのに没頭して終わってしまったのだろう。


「クレイ」


 背後から近寄って声をかける。しかし、クレイは振り向くことなくページをめくり続けている。全く気付いていない。


「ったく」


 ぐんっ!


「あわわわわっ!?」


 仕方ないのでクレイの服の襟を引っ掴んで持ち上げる。外で遠出するような服だ。丈夫さは申し分ないの破れることもないだろう。


「……あ、ティア。戻ってたんだね」

「……そうね。ちなみにこうなる前に呼び掛けたんだけど?」

「そ、そうなんだ。ごめん気が付かなくて」


 特に危機感も感じない声色で言う。ああもう、本当にこいつは。


「私、警戒はしておけって言ったわよね? なのになんでかけられた声に気づかないくらい熱中してるのよ貴方は……」

「あ……」


 ティアに言われてようやく思い出したようで、クレイは視線を泳がせる。が、それはティアを余計に苛立たせるだけだったりする。


「ほんっとに……。いつ死んでも知らないわよ? たださえ変なやつもいるってのに」

「ちょっとティアさん。そこで私を見るのは違くないかい?」


 どの口が、と思う。だが、今の彼女は灰喰らいメローリアではなく人間の青年カメルである。友好的なようにも見えるが、騙そうとしていた以上、そこに信頼を置

く気にはなれない。


「ごめんって。でも、つい気になる本を見付けちゃったんだ」

「それ、仮に罠として置かれてたら相手の思うつぼだから」

「う……」

「まぁまぁいいじゃないか。結果として彼は無事なわけなんだから。それで、どんな本を見付けたんだい?」

「えっとね、これだよ」


 そう言ってクレイが示した本は他の本に比べてページ数は少なく薄めだが装丁はしっかりとしており、その表紙には『原初の灰』と書かれている。


「この本にはね、この世界がこうやって灰が降り積むようになった原因みたいなものが書かれてたんだ。だけど、僕が前にみた本とは内容が異なっているから、真偽は怪しいんだけど……」

「……そう。ちょっと見せて」


 ティアはクレイの手から素早く本を奪い、中を検める。しかし、内容は半ば宗教的なものに寄っており、あまり真実味があるようには思えなかった。


「どんな感じのことが書かれているんだい?」

「正直、お世辞にも論とは言い難いものね。宗教的というか、現実的な理由は示されていないわ。あまり真実味はないわね」

「あー……そっか。なるほどねぇ」


 興味を失くしたティアは早々にクレイへと本を返す。これ以上読むわけでもないのに持っているのも邪魔だ。


「というか、あれかい。クレイ君はこの世界がこうなってしまった理由を知りたいのかい?」


 カメルの問いかけにクレイは少し首をかしげる。

「うーん……そうですね。あながち間違いではないんですけど、最終的にはこの世界をもとに戻したいなぁって」


 想像以上に壮大な答えが返ってきた。


「貴方……それができるならもうとっくに誰かがやってるでしょ」

「いや、そうかもしれないけどさ。こうやって過去の文化とかに触れているとどうしてもそう考えちゃうんだよ。いや、もちろん夢物語だとは思っているけどね」


 こんな世界になってしまってからもう何年が経ったのかわからない。今でこそ人間は灰の下で暮らしているが、降り始めた頃は変わらず生活していたはずだ。そして、その中で原因の究明にも走っただろう。だが、結果がどうなったのか。それは今の世界の現状が示している。

 情報も道具も、今とは比較にならないくらいあったはずだ。そんな人間たちが元に戻すことはおろか、この降り続く灰ですらも止めることができなかったのだ。それを今、改めてやろうというのであればそれは夢物語といっても過言ではないと思う。


「だけど、やれることはやってみたいなって。もちろん大半は好奇心なんだけど、それでも僕はもう一度この世界に綺麗な色彩が灯るのを見てみたいんだ」

「……そう」


 ティアも過去の書物はいくつか読んだことがある。中でも旅というものは目的もなくただ気儘に移動するものもあれば、まだ見ぬ感動を求めて進むものもあったのだという。基本的に似たような地域にとどまっているために旅と呼べるようなことをしたことはないが、それでも確かに興味を惹かれるものはあった。


「という感じの好奇心を宿した目をしているが、ティアちゃんも興味があるのかい?」

「勝手に人の気持ちを代弁するな」


 とはいえ興味があるのは事実だ、実際、ティア自身も過去の色彩は綺麗だと思うし、元の彩も見てみたいとは思う。


「私も過去の世界のことは知らないから。もし見ることができるのなら、そこに多少なりとも興味は惹かれるわ」

「そうなんだ。じゃ、じゃあさ。ティアにお願いがあるんだけど」

「何?」


 クレイはおずおずと積まれた本たちの中から一冊を取り出す。装丁は剥がれ、本のタイトルも読めないくらいボロボロになった本だ。


「この本にね、『レイスフェル』っていう町があったところには大きな図書館があったって書いてあるんだ。だから、もしよかったらティアも一緒に来てくれないかなって」

「……ようするに護衛しろと」

「いや、ちが……くもないね。うん。っていうのも大雑把な場所しかわからなくてさ。ティアがいたらこの前みたいに埋まっていても見つけられるかなって」

「……」


 まぁ、クレイが言うことにも一理ある。実際、その図書館という場所にも興味はある。だが、ここまで来ておいてなんだが、あまり灰喰らいが人間に肩入れするのもおかしいような気もする。


「いいじゃないか。一緒にいってあげなよ」

「メロ……カメル。そうは言うけど、いいと思ってるの?」

「ティアちゃんも過去の世界を知らないんだろう? だったらこの機会に知ってみるのも面白いじゃないか。それに、一人じゃなくて人間の同伴者もいる。これは楽しそうな予感がしないかい?」

「全然しない」

「ティア、そこは嘘でも少し迷ってほしかったよ……」

「けど、大雑把にしかわからないんでしょう? 貴方の大雑把は正直にあまりあてにならない気がするし、無駄に労力を割く気にはならないわ」

「ふむふむ。いやはやはてさて、そんな君たちに朗報だよ」

「?」



「私がその『レイスフェル』の場所をそれなりに正確に知っているって言ったら、どうする?」



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