第28話
「只今より、○○高等学校入学式を開催いたします。」
僕達が時間ギリギリに着席した後、司会の重々しい声により、入学式が幕を開けた。
大抵の学校の入学式は、校長挨拶から始まり、保護者会代表挨拶や、来賓代表挨拶などのつまらない挨拶で構成されている。
勿論この学校も同じようにつまらない入学式だったのだが、今日は少し事情が違う。
いつもの僕ならば、頭を空っぽにして幽体離脱する所だが、今はそんな事をする余裕はない。
一列前に座っている雪菜が、緊張で肩を強張らせているのが分かるからだ。
でも、僕には心の中で応援することしかできない。
そして、今まで受けた中で最速と思える来賓祝辞、保護者会代表挨拶、在校生代表挨拶が終わり、遂に新入生代表挨拶がやってきた。
「新入生代表、月城雪菜!」
先程までの緊張が嘘のようにスッと素早く雪菜は立ち上がり、
「はい!」
と、会場全体に響き渡る澄んだ声で返事をした。
そのまま雪菜は、姿勢良く壇上に向かって進む。
"立てば菊薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花"
という言葉が相応しい雪菜に、生徒、特に在校生が騒然とする。
雪菜は遅くも速くもない絶妙な速度で歩くと、一礼して壇上に立った。
そして、話始める。
「桜の花が美しく舞う季節になって参りました。」
そんな時候の挨拶から始まり、雪菜は淀みなく話していった。
「入学式、という単語を聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。」
そこで雪菜は間を取り、全員に少しだけ考える時間を与えた。
「…私が入学式に思い浮かべる事は、"出逢い"です。何故ならば…………」
そして、雪菜はかつて、小学校の入学式で大切な人と出会ったという事を語った。
勿論、その個人が特定できるような情報は何一つ与えられなかったが。
長い挨拶の間を埋めるための作り話、と思った人もいたかもしれない。
しかし、僕にはそうは思えなかった。
雪菜の真面目さを信じている、という理由を抜きにして、僕もかつて、入学式で運命的ともとれる出逢いを果たした記憶があるからだ。
その時に知り合ったのは女の子だった。
名前は何だったか………
もうずっと昔の事で、忘れていない記憶としては最古のものだ。
曖昧になっても仕方がないと思う。
…それでも、その子との別れのことは覚えている。
小学2年の冬。
彼女は引っ越す事になったのだ。
場所は県内だった気がするが、悲しみに暮れていた僕は、正確な地名を覚えていない。
別れ際には、僕達は塞ぎ込んでしまい、別れの挨拶もちゃんと出来なかった。
そして、二人の関係は曖昧になったまま、彼女は引っ越してしまったのだ。
……うっかり考え込んでしまった。
「…………新入生代表、月城雪菜。」
なんと、雪菜の話の後半の大部分、いや、殆どを聞き流してしまったみたいだ。
馬鹿すぎる。僕。
僕は話し終わった雪菜の方を向いたが、サッパリと表情をしていたので、雪菜としてもうまく行ったのだと安心した。
そして、雪菜が一礼した瞬間、会場に盛大な拍手が響き渡る。
新一年生と在校生。特に男子が懸命に拍手を送っていた。
戻ってくる雪菜の方を見ていると、雪菜もこちらに目を合わせてきた。
僕が目だけで笑うと、雪菜も微笑を返し、重さを感じさせない動きで席に座った。
会場は、雪菜がもたらしたどこか浮ついた雰囲気に満ちていたが、流石は高校生。切り替えが早かった。
*
「新入生、退場!」
その司会の言葉で、僕達は退場する。
一列で会場を後にして、それぞれの教室に向かった。
その後、雪菜が教室に入った瞬間、クラスメイトに囲まれてしまった。
飛び交う賛辞や質問の数々。
雪菜は少し困ったような表情をしていたが、嫌がっているわけでは無いようだ。
僕はその事を確認して、一人で席に戻った。
僕の隣の席には、既にあの女の子が座っていて、雪菜の方をじっと見つめていた。
僕も自分の席に腰掛け、ボソリと呟く。
「凄いよな…」
女の子はゆっくりとこちらを向き、僕の目を見た。
少し探るような目つきをしている。
そして
「………そうだね」
と、その子は返事を返して、僕に向けていた目つきを柔らかいものに変えた。
そして僕に質問する。
「あの子と友達なの?」
「うん。合格発表の時に、ちょっとね。」
「ふうん。」
その子はそう言って、再び雪菜の方を向いた。
*
しばらくして、担任が戻ってきた。
「はーい、席に着けよー」
そう言いながら、担任は教壇の上に登る。
そして、黒板に何やら書き始めた。
書き終えたその文字を見て、僕は低く呻いた。
「……あぁ、嫌だ…」
黒板には、"自己紹介"と書かれていた。
僕がこの世で一番嫌うものの1つだ。
…そもそも、何故自己紹介をしなければならないのかがよく分からない。
お互いをよく知って、友達を作るため?
…ハッ、笑わせるな。
下手な自己紹介をすれば、逆に友達が出来ないのだ。
例えば、
「○○中学から来ました…○○です……よろしくお願いします…」
などと暗い挨拶をすれば、クラスでの立ち位置は決まったも同然。
陰キャ、もしくはぼっちの烙印を押される事になるのだ。
……それが普通の自己紹介なのだが、今回の自己紹介はデメリットだけではなく、メリットもあった。
メリットは、僕の自己紹介は最後の筈なので、それまでのクラスメイトの自己紹介からどんな自己紹介が中立的な立ち位置を築けるかが分析できるという事だ。
反対に、デメリットはただ目立つという事だ。
そんな事を思っていた時、
「あ、そうそう。不公平の無いように自己紹介は、出身中学、名前、入ろうと思っている部活、仲の良い友達の五つに限定するぞ。一発芸とかはダメだぞー。」
何と、担任が自己紹介の内容を指定してきたのだ。
これはもういける気しかしない!
と僕は思っていた……
「じゃあ、一発目。後ろの結城から行ってみようか!」
「へ?」
そ、その可能性は考えてなかった……
「ほら、早くしろ。」
「はい…」
僕は渋々席を立って、自己紹介を始めた。
幸い、内容は既に完成している。
「○○中学から来ました、結城拓海です。部活には入ろうと思っていません。仲の良い友達は、同じ中学の九条大輝君で----------」
…その時、背筋が軋む音がした。
比喩とかではなく、本当に背骨が凍りついたかのように軋んだのだ。
恐る恐る横を見ると、雪菜が僕を殺すかのような目で睨んでいる。
慌てて僕は付け足した。
「--と、月城雪菜さんです。一年間よろしくお願いします。」
本当は、男子たちの反感を買う事は間違い無いので、雪菜の名前は出さないようにと思ったのだが……
僕が座ると、案の定大半の男子がこちらをジロリと見てきた。
中には「嘘だろう」と非難するような目もあった。
しかし、僕はそれらをサラリと受け流して自己紹介を聞き続けた。
「…はい次、月城。」
雪菜の番になった。
雪菜はスッと立ち上がると、いつも通りの澄んだ声で話し始める。
緊張を感じさせない声だ。
さっきステージに立ったからかな?
「○☆中学から来ました、月城雪菜です。部活には入ろうとは思っていません。仲の良い友達は、結城拓海くんです。一年間よろしくお願いします。」
僕の名前が出た瞬間、周りの男子がまたもや睨んできた。
今度は疑いから、
「何でお前なんかが!」
というような目つきにグレードアップしている。
今度こそ無視する事は難しかったのだが、僕は鮮やかに無視し続けた。我ながら凄い。
それから大輝、そして最後に天沢さんの挨拶が終わり、自己紹介は終了した。
担任は、
「これからこのメンバーで仲良くしてくれ。いじめとかダメだぞ。俺も困るしみんなも困る。」
と言い、
「あ、もう帰って良いぞ。」
と最後に付け足して教室を出て行った。
またもや教師らしからぬ発言をした担任に呆気にとられた僕達だったが、
気を取り直して直ぐに帰る準備を始めた。
僕もさっさと教室を出ようとする。
しかし……
ガシッ
「拓海くん?なに勝手に帰ろうとしてるのかな?」
怖い笑顔をした美少女サマに捕まってしまった。
「え?」
「これから毎日一緒に帰るんだよ?知らなかった?」
「へ?」
いつそんな約束をした!?
「さて、帰ろっか。」
雪菜は物凄い力で僕を引っ張り、あっという間に教室から引きずり出してしまった。
そして、そんな風に僕を引きずって歩く雪菜に声をかける者達がいた。
クラスメイトの男子だ。
勇者だ。
いや、この状態の雪菜に話しかけるのは愚者か?
「月城さん、一緒に帰ろーよ。帰りに何か奢るよ?」
パッと振り返る雪菜。
そして、振り返り様に断りの言葉を吐く。
「ごめんなさい。この人と一緒に帰るから。」
「え?そんな奴と?俺達と帰った方が楽しーよ?」
……あっ、これ前にもあったパターン……
「嫌です、帰る人くらい自分で選ばせて。」
雪菜は珍しくそうバッサリ切ると、再び歩き出した。
男子達は、雪菜のその強い辞退にたじろいだのか、それ以上しつこく迫ってくることはなかった。
*
雪菜と僕はそのまま歩き、入学式の会場だった体育館の裏に来た。
雪菜は体育館の壁に背中をつけ、スラリとした長い足を組んで、僕に質問する。
「さて……私はどうして怒っているでしょう?」
恐る恐る僕は答えた。
「じ、自己紹介の時に、友達じゃ無いって言ったから?」
「そうよ。」
「でも、そんな事で……」
すると、雪菜は突然、怒鳴り声をあげた、
「そんな事じゃない!」
僕は突然大声を出した雪菜に驚いて、彷徨わせていた視線を雪菜に向けた。
そして、重ねて驚いた。
雪菜のその綺麗な黒い瞳には、透明な雫が溜まっていたからだ。
僕は、小さな声で尋ねる。
「…雪菜?」
すると、雪菜は腕で自らの体を抱きしめ、震えながら言った。
「怖いの………また…曖昧になって離れてしまうんじゃないかって……」
「え?」
そして、雪菜はまるで天の神様に懇願するかの様に言った。
「私は…もう拓海と離れ離れになりたくないのよ…」
…どういう事だ?
僕は雪菜の言った言葉の意味を必死に考える。
"また?"
"もう?"
それじゃあまるで、僕たちが昔、会った事があるみたいじゃないか……
……いや、会った事があるのか?
僕と雪菜は、昔会った事があるのか?
僕は自分に問う。
…そして、ある推論が導き出された。
…小学2年生の時に、僕の前から居なくなってしまった女の子。
別れ際にもまともに話せず、曖昧なまま離れ離れになってしまった女の子。
あの子が雪菜だったとしたら?
そして、僕の事を雪菜がずっと覚えていたとしたら?
もしそうならば、と思った僕は、雪菜に聞いた。
ちゃんと伝わるように、ゆっくりと。
「雪菜……雪菜は昔、僕に会った事があるの?」
すると、雪菜は溜息をついた。
……そして、脱力したのか、ズルズルと座り込んでしまう。
僕は慌てて近寄って、雪菜を抱きとめようとしたのだが、
「そうよ……」
雪菜のその返事に、僕の足は止まってしまった。
雪菜はそのまま続ける。
「私は昔、拓海と会った事がある……ううん。とても仲が良かった。」
黙ったまま雪菜の話を聞く。
「楽しかった。いつも一緒だと思っていた。それなのに……」
僕は、その先を続ける。
「引っ越してしまって、僕と雪菜は離れてしまった………そうだったのか…」
雪菜は小さく頷いた。
そして話を続ける。
「でも、ようやく会えた。偶然に偶然が重なった結果だったけど、とにかく私は拓海と再会できた。でも……拓海は、私の事を覚えていなかった。」
「ごめん……」
本当に申し訳なく思い、僕はそう謝った。
しかし、雪菜は首を横に振る。
「いいの。もう7年も前の事だし、そんな事覚えてる人の方が少ないと思うから。それに……」
「……それに?」
「あのね?あの時、私は自分の事を"セツナ"って呼んでなかったの。」
僕には思い当たる節があった。
「…もしかして、雪菜の部屋のドアに掛かっていた名前か?」
「うん。私はあの時、自分の事を
"ユキナ"って呼んでたの。」
そういうことか………
…あれ?でもどうして……
「…どうして、あの時の女の子だと言わなかったのかって思ってるでしょ。」
「うん……」
すると、雪菜は顔を上げてこちらを見た。
その口は緩み、柔らかな微笑みを作っている。
黒髪が、サラリと雪菜の頬を流れた。
「それはね?また一からやり直したいと思ったから。
…昔、仲が良かった事があるから、なんて理由で繋がりたくなかったから。…ありのままの私である、"雪菜"を見て欲しかった。"ユキナ"じゃなくて、"セツナ"を。」
声が出せなかった。
雪菜がそんな想いを抱えていたなんて、思いもしなかった。
雪菜はそんな想いをずっと抱えていたのに、僕に悟らせもせず隠し通していたのだ。
本当は全部、ぶちまけたかった筈なのに……
そして、同時に決心した。
……もう、こんな辛い想いを雪菜にさせたくない。
だから、これからはちゃんとした関係を築いていこう。曖昧な関係ではなく、形ある関係を。
そして、そんな僕を見て、雪菜は立ち上がると、僕の手をギュッと握り、言った。
「結城拓海くん。……また、本当の意味で、"雪菜"と友達になってくれますか?」
僕は、言葉にできないこの気持ちを表すために、彼女の手を握り返して、返事をした。
「当たり前だ。」
「うん……」
言葉にしなくても、同じ事を思っているのが伝わってきた。
そして僕達はお互いに見つめ合うと、満面の笑みで言った。
「よろしく、雪菜。」
「よろしく、拓海。」
そして、僕達は次の物語へと進んで行く。
<作者より>
読んでくださってありがとうございました!
今回は長かったです。
いつもの3倍くらいかな?
…ともかく、この作品の第一章的な部分は終わりました!
やっと"実は幼馴染"の部分が本物になります……
さて、次回からは本格的に二人の恋愛回になっていくかと思います。
多分。
長いですが、今後ともよろしくお願いします!
あと、感想なども是非送ってください!
自分だけだと、客観的に内容を判断できないので……
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