荒木智也は許さない

古賀翔太

序章

第1話 異世界案内所

「お客様、起きてください」


 どうやら誰かが耳元でささやいているらしい。


「起きてください、起きてくださいお客様」


 お客様とは誰のことだろうか。


「ちっ、いい加減おきろよぉぉぉ!」


「んっ…。痛い…」


 殴られた。お客様とは俺のことらしい。というか、お客様を殴るんじゃない。


「おはようございます、お客様」


 頭を押さえながら視線を上げる。


「あなたは誰なんですか?」


「……おはようございます、荒木智也あらきともや様」


「誰なんですか。それと何で俺の名前知ってるんですか」


「これに目を通してください。あ、名前は生徒手帳を見せてもらいました」


 さっきから俺のことを「お客様」と呼ぶ女性は、意地でも名前を教えないつもりらしい。

 俺は名前を聞くのを諦めて、渡された紙を読む。

   

   お客様は、先程死にました。

   死因が気になる方はスタッフにお聞きください。

   あなたをこれから転生させます。

   その際、選択肢の中からひとつだけ特性を得ることができます。

   選んだものをスタッフにお伝えください。

   スタッフが部屋を指定するはずなので、その部屋に入ってください。

   部屋に入り次第、転生を始めます。

   気になることがございましたら、スタッフにお聞きください。

   答えます。


「…あの、スタッフさん? ひとつ、いやふたつ質問が」


「なんでしょう?」


「どこですか、ここは」


「あえて言うなら、異世界案内所ってところですかね」


ねぇ」


 周りを見渡してみる。例えるならホテルのロビーだろうか。

カウンターと、見るからに高級そうな大きなソファがあった。

 確かに案内所の雰囲気がある。ただ、人が少なすぎる。

体育館並みの広さを持つこの部屋には、俺とスタッフさんの2人しかいないのだ。


「なんで俺しかいないんですか? 人間なんて七十億人以上いるから、

同じ時刻に死ぬ人がいてもおかしくないと思うんですが」


「よくぞ聞いてくれました! 実は、死ぬときにある条件を満たしてないとここに来ることができないんですよ。つまり、選ばれたんです!」


 彼女はそこそこある胸を張りながら、自慢げに話した。

 選ばれたのは俺なのだが。


「その条件とは?」


「それは機密事項でーす、残念でしたー。あ、電車に轢かれるのが条件、ということはないですからね。」


 まさか二十代後半くらいの女性から小学生並みの煽りを受けることになるとは。

 それと、やっぱ俺、電車に轢かれて死んだのか。


「それで、2つ目の質問は?」


「率直に聞きます。名前、なんていうんですか」


「…………………」


「…………………」


「で、では、選択肢を提示しますね」


にあなたの名前は」


「含みません」


 即答かよ。まあ別にいいけど。


「では、選択肢を提示します。あのモニターを見てください」


 カウンターの上のモニターを見ると、パッと選択肢が表示された。


   A:知識

   B:運

    ※スタッフの名前はアオイです。29歳です。


「……えっと」


「な、何でしょう?」


 視線を戻すと、そこには顔を真っ赤にして照れる29歳の女性がいた。


「これって、さっきの紙に書いてあった、ひとつだけ得られる特性、ってやつですよね、アオイさん?」


「コホン、そ、その通りです。転生するにあたって、ひとつ特性を追加できるんですっ」


「それで、知識と運の二択ってわけか」


 異世界で暮らしていくうえで重要なのは考えるまでもなく知識だ。

現地の常識やルールが分からなければ、他人と関わるときに不自由だからだ。

 だが、「特性」とか「追加」とか聞いていると、転生先はゲームの中みたいなのではないかと思えてくる。もしそうなら、1つの特性値を突出させるより、すべての特性値のバランスを良くするほうがリスクは低い。

 つまり、この二択は、ハイリスクハイリターンか、ローリスクローリターンか、と言い換えられる。普段なら、この二択には迷うことなく後者を選択する智也だが、今回は違った。この選択において、選択肢Aを選んだ場合、智也の「運の特性値」によってはローリスクハイリターンとなる可能性があるのだ。


「……俺の『運の特性値』がどのくらいか分かりさえすれば。一番くじを引けば毎回C賞以上が出るくらいの運はあったけど、それが異世界に通用するかは分からn」


「おっそ~~~~~~~~い!!!!」


 ……は?


「あの、転生後の僕の人生がかかってるのでちょっと待っててくだs」


「無理よ。この後合コンだもの」


 …………はぁ?


「お客様の人生より合コンのほうが重要だと」


「そうよ」


「えぇ…」


 それ自信持って言っちゃだめでしょ。


「だから、私とじゃんけんしなさい」


「お客様の人生をじゃんけんで決めるとか、アオイさんどんだけ焦ってんですか。顔綺麗だしスタイルいいし、彼氏くらいすぐできそうじゃないですか」


 もしかしたら、女性は未婚で30歳を迎えると魔法が使えるようになってしまうのかも

しれない。それなら焦るのも納得だ。


「…………元カレが、十人いるのよ」


「…………じゃんけん、しましょう」


 不覚にも、智也は仕事より私情を優先した人に同情していた。


「智也くんが勝ったら選択肢A、私が勝ったら選択肢Bを選ぶということで。私、じゃんけんで今までの元カレに負けたことないから、勝てたら智也くんの運は保証するわよ」


「運良すぎじゃないですか。何でそんなに勝てるんですかね……」


「ほんとよねー。おかげでご飯代結構浮いたのよ」 


 あー、うん。そういうことか。


「次の彼氏さんとご飯いくときは割り勘にしないと元カレがまた増えますよ」


 アオイさんはじゃんけんが強すぎたせいで元カレたちを意図せずに赤字にさせていたのだろう。いくらアオイさんのスペックが良くても、別れざるを得ないわけだ。


「わ、分かったわ。それじゃあやりましょ、じゃんけん」


「はい、やりましょう」


「「じゃんけん、ぽんっ!」」


 ──俺、パー。

 ──アオイさん、グー。


「………………まじか」

「………………嘘でしょ」



***



「智也くんは選択肢Aの『知識』を選ぶ、っと。よぉし、ちゃんと出た」


「なにがですか?」


「智也くんが入るべき部屋よ」

 そういえば渡された紙に、スタッフが部屋を指定する、って書いてあったな。


「智也くんはAの部屋に入って。入った部屋によって失うものは違うけど、転生するまで何を失うかは分からないから気にしなくていーよ」


「失う?」


「うん、得るものがあれば失うものもあるわよ。あれよあれ、能力保存規定っていうのがあってね」


 能力保存規定とか知らん。

 チート級の武器か能力を自分に上乗せできるのでは、と期待していただけに少し残念だ。


「部屋に入ったらすぐ寝てね。寝ないと転生できないのよ」


「わかりました。アオイさん、この後の合コン、頑張ってください」


「智也くんこそ。今日は楽しかったから、そのうち会いに行くわ」


「結婚出来るまではだめです」


「そ、そんな~」


「アオイさん結婚する気あるんですかね……。眠いのでそろそろ行きますね」


「入る部屋を間違えないようにしてくださいね。部屋Aですからね。Aですよ。Aでs」


「わかった、わかりました!」


 何回も言わんでよろしい。

 コホンと咳払いした後、アオイさんが改まって俺を見る。


「荒木智也さん、長い葛藤の末に選択した『知識』を存分に活用し、異世界ライフをお楽しみく

ださい」


 違う、選択方法はじゃんけんだ。


「ドアを出た先に案内板があるので、それの指示を守ってくださいね」


「必ず?」


「はい、必ずです。それでは~」


「いろいろとありがとうございました」


 俺は一言礼を言い、案内所を後にした。

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