依頼を出す資格

 地獄絵図。

 それは血肉飛び散る凄惨な情景。

 石カブトはそれを幾度も目にし、そしてその強大な力でその光景を生み出してきた。

 ……だがしかし、これもまた一つの地獄の眺めではなかろうか。


「ハイハイ行きますぞ、オボロ様」


 チブラス人の分析員がリードを引くと、ズシリズシリと地が揺れた。

 重戦車級の質量が動きだしたがゆえに。


「バウワウ!」


 するとリード付きの首輪をはめた超人は犬のように吠えて、全裸かつ四つん這いで分析員にリードで引かれる方へと大地を揺らしながら進んだ。

 その光景はペットに散歩させる飼い主だ。

 だが飼い主は分析員でありペットはオボロ。つまり……チブラス人がオボロにリードをつけて散歩しているのだ。


「変わった遊びだ、面白いのかな?」


 その異常な様子を見てナルミは小首を傾げた。

 全ての始まりは、あまりにも暇だったからだ。

 ヴァナルガンの襲来に加え、突然のオンバルロの出現。ゆえに予定よりも事後処理の期間が伸びてしまった。

 その間の安全確保ためにも石カブトの戦力は不可欠。しかし彼等はやることもなく退屈ゆえに、オボロにこんな新しい遊びを思いつかせてしまったのだ。


愛玩動物ペットの気分が味わいたい」


 オボロのその一言が全ての始まり。

 早い話、チブラスの分析員が飼い主役を勤めてペットを演じるオボロが散歩させてもらう、と言うトチ狂った遊戯だ。

 何かの変なプレイなのか、もはや何なのか不明。


「ワンワンッオ! ……ハッハッ」


 リードで引かれるオボロは犬の行動を模倣したように、吠え、息遣いをし、そして途中立ち止まりそこらじゅうの匂いを嗅ぐ。

 そしてオボロは心までもペットになりきっているのだろう。


「……むぐぐぐ」


 また立ち止まり、尻を下げてしゃがみこむポーズをすると力みだした。


「おお! 排泄ですな」


 オボロのその動きに気付き分析員は彼の尻の下に大きな袋を広げる。

 そして超人は袋の中に大便を、ブリュブリュムリムリと下品極まりない音を響かせてひりだした。

 ……オボロが考えたペットの気分を味わう遊び。

 それは散歩だけに飽きたらず、排泄物を飼い主に回収してもらうと言う異常すぎるこだわりまで見せるもの。

 もはや羞恥プレイですら生温く思える程に常軌を逸脱した異次元の遊戯である。


「ワンワン!」


 しかしながら当の本人は楽しんでいるのだろう。

 袋の中に上手く排便できたことを喜ぶように、犬のごとく吠えながら、その場でグルグルと回った。

 オボロが常軌を逸したことをしてるのはしょっちゅうだが、はたして彼はいったいどう言う気分を楽しんでいるのか?

 何でも現代の心理学でも解明不可能らしい。


「そうだ!」


 と、ナルミは何かいい案が思い付いたのか立ち上がると飼い主役を勤めるチブラス人のもとに駆けつけた。


「ムラトに頼んで隊長の頭の中を探ってもらおうよ!」

「それは名案! 分析係としてもオボロ様の精神状態を解析するには興味があります」


 ナルミの提案にチブラス人は頷いた。

 そしてナルミは目を閉じて、思考の中で遥か彼方にいるだろう仲間に問いかける。

 ムラトが精神感応を備えているのは、すでに石カブト内には知れ渡っている。

 それに自分の視界で確認した光景も、情報としてムラトに伝えることも可能だ。

 離れていようが彼とは対話も情報交換もできるのだ。

 ……そして、その返答は。


「あっ! ダメだ。断られちゃったよ」

「ムラト様は、なんと?」

「えーとねぇ……『隊長のクサレた脳ミソなんぞ読み込みハックしたかねぇは!』だって。それと『そのケツの穴から脳ミソ吐き出したような遊びをやめさせろ』だってさ」





 アリシアの蛮竜殲滅の依頼を聞かされ、ニオンはゆっくりと目を閉じた。

 石カブトの戦力の利用は、国家間の問題や文化の価値観によるもめ事などには干渉してはならないことが条件。

 ゆえに以前にミアナの依頼は拒まれた。

 そしてニオンは見開き彼女に告げた。


「我々の出撃条件上、その依頼に問題はない」


 彼女の依頼は、言うなれば大量発生した危険な野生生物の掃討である。言うなれば自然災害への対処。

 石カブトが行動する上で特に問題ないことだ。以前同様の魔族の駆逐と同じと言える。


「……それじゃあ!」


 それを聞いてアリシアは顔を輝かせた。唯一の望みに手をかけることができた。


「しかし、その依頼を出す資格が君にあるのかね?」


 と、ニオンのやや険しい視線がアリシアに向けられる。


「……そ、それは」


 確かに、彼の言う通りだ。

 国を巣食う蛮竜を殲滅する。その依頼を出せるのは国の責任者か、それに近い権限を持つものだけだ。

 ただの姫の馴染みである自分が独断で決定するなど、あまりにもおこがましい。


「アリシア殿、どうすれば良いかは分かってるはずだ」


 ニオンの言うとおり、どうするべきかは分かる。

 ウェルシ姫に何故に現状がこうなってしまったのかを伝え、その上で姫自身の口で石カブトに依頼をだすことだ。

 ……だがしかし、それは石カブトが我が国の精鋭を皆殺しにしたことも、あのサンダウロの戦乱での悲劇も、そして今だにその影響が残っていることもウェルシ姫に伝えるしかない。

 しかし今だに子供である彼女には、荷が重すぎることではなかろうか?


「お願い、私達の国からあの怪物竜どもを消し去って」


 と、その幼い声は門の方から響いた。


「……ウェルシ様?」


 アリシアの視線の先に佇む、勇敢そうに宣言したその姿は間違いなく忠誠を誓う姫君のもの。

 そして、その彼女の傍らには不安げな表情のハンナがいた。

 ウェルシは生真面目な表情で近づいてくると、ニオンの目の前で足を止める。

 するとハンナはアリシアのもとへとやって来た。


「ごめん、アリシア。そのう……勝手なことだけど、ウェルシ様に全てを伝えたわ」


 意外なものであった。ハンナは真実を姫に伝えるのは乗り気ではなかったのだから。


「現状が現状なだけに、いつまでもウェルシ様を子供のように思うのは良くないと思って」

「いえ、いいのよ。遅かれ早かれ姫様には知っていただかなければいけないことだったから」


 アリシアは彼女が勝手に真実を伝えたことに責めるようなことはしなかった。

 なぜなら自分もそうしようとしていたのだから。


「お願い、ニオン。あなた方に依頼を出す。ギルゲスを今なお貪る、蛮竜を滅ぼして」


 そしてまたウェルシは力強い声で、目の前の美剣士に依頼内容を伝えた。


「ふむ。あなたがそれを言うのであれば、私達にその依頼を拒む理由はありません」


 そしてニオンは納得したように頷く。


「しかし、これは紛れもない私達への仕事の依頼と言うことです。もちろん我々は断じて奉仕活動家では、ありません。ウェルシ様、この意味が分かりますね?」


 そして、その言葉の意味を理解したらしくウェルシは頷く。


「分かってるわ。今すぐになんて報酬は準備できないけど、依頼が達成できたら国を戻して必ず支払ってみせる」


 そう石カブトは万屋。けして人道で無償の活動をする組織ではないのだ。

 かなりの支払額にはなるだろうが、一国を助けるなら当然のことであろう。


「分かりました、支払額については後程に。言うまでもなく国一つを救うのですから、それ相応の報酬になることは考えておいてください。その変わり、依頼の達成だけは保証しましょう」


 そうニオンが語っていると、いきなりに地面が揺れ始めた。

 何か地底から近づいてくるような気配がする。


「ちょうど、戻ってきたようだ」


 ニオンはそう囁くと振り返り、限りなく続く草原を見やる。

 そして約一キロ離れた位置から大きな音が響き渡り土壌が舞う。

 地中からそれが姿を現したのだ。

 あまりにも巨大すぎる体が。


「今回の依頼はムラト殿が一番の適任。彼なら三日ともかからずに任務を完了させるでしょう」


 なに食わぬ表情でニオンは地中から這い出る巨体を眺めていた。

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