戦乱の真実を知る

 凄惨な話を耳にした、残酷な光景を目にした、それどころではない。

 戦士達の断末魔や絶叫が響き、血と臓物のむせかえるような異臭を嗅ぎ、人と言う知的生命を潰して殴り斬りすてて殺す感覚、死に行く者達の悲しみと絶望と無念の言葉。

 それらが鮮明に理解できた。

 なぜなら自分達が、その戦場にいて、敵を殺し回ったから、もちろん本物の経験ではない。

 ……しかし直に体験した感覚で、全てが脳内に刷り込まれた。


「……こ、これは……魔術なの?」


 アリシアは息を荒げながら、どうにか言葉を口にする。

 たしかに頭の中で思い浮かべてことを、映像と化する魔術はあるかもしれない。

 しかしこれは目で見るとか、そんな客観的どころではない。

 恐ろしい程に生々しい現実的な戦乱と惨状を、現場にいないにもかかわらずに正確に把握でき、そして直接経験したと言える、言葉では説明が難しい内容なのだ。


「だ、大丈夫ですか? アリシアさん」

「ハンナ、大丈夫?」

「いきなり、どうしたのですか?」


 地面でのたうち回った彼女達を心配してか、アサムとウェルシとスティアが駆け寄る。


「なんと、ムラト様がこのような力をもっていようとは。これは素晴らしい能力ですな、ニオン様」


 しかし、そんな少女達とは真逆に異星人たるチャベックは興味ありげにニオンのもとに歩み寄った。


「私も正直、驚いているよ。念話の応用なのだろうか? 他者の脳内と交信することでの情報交換。つまりは対象に直接的な形で情報を送ることで、正確にその内容を伝えることができる」


 ニオンは感心するように頷く。

 この能力でなら、非常に効率よく精密な情報伝達ならびに思考や知覚の共有が可能であるはず。

 人は言語などで情報を伝え会うが、しかし知的生命である以上どうしてもそのような方法では誤認や誤判断が起きてしまい、問題や失敗の要因となる。

 だがこの意思疎通・情報伝達なら、それらを完全に防げるとまでは言わないが、確実な思考の共有はできると言うもの。

 互いに分かりあえる、相互理解なども可能であろう。

 

「……しかし情報量が多いため並の生き物では脳に負担が大きく、そして充分な情報量ゆえに現実と区別がつかないイメージや感覚を味わってしまう」


 だがしかし、確かに高度な能力ではあるが普通の生物の脳では肉体的にも精神的にも負荷が大きい手段でもあったようだ。

 何より伝達する内容が恐ろしいものであれば、受けた方はその恐怖を正確に理解し現実と区別のつかない仮の経験を得てしまうのだから。

 実際、目の前の少女達が頭を抱えて苦悶の表情を見せているのだから。


「ムラト様は、当初からこのような能力を持っていたのでしょうか?」


 と、チャベックが問いかける。

 恐らく、今一番この話が分かるのはニオンしかいないと思ってのことと、彼以外に聞いても非生産的と考えたがゆえにだろう。


「……言葉と認識できる成分だけを用いた念話の能力については分からないが、脳内での高密度情報通信は新しく身に付けた能力かもしれない」


 実際のところ、最初にムラトとであったときはそんな意思疎通は一切していなかった。

 だが彼と脳内での情報伝達のやり取りを始めるようになったのは、ここ最近のことだ。

 漏洩してはならない秘密裏の情報伝達から、ウェルシの記憶から必要な情報のみを読み取る、遠く離れたメガエラ女王に得られた情報を送ることで複雑な現状を正確に伝える、など。

 これ程の効率的で利便な能力を今まで隠す必要はない、無論のこと彼ではなく怪獣がこの力を秘密にしていた可能性もあるが、恐らくここ最近で獲得した能力とは思われる。


「恐らくではあるが、ムラト殿は高度な自己強化能力を持っているのだろう」

「ほっほーう、オボロ様と同様に進化の可能性を有していると?」


 ニオンの言葉を聞いて、チャベックは興味が尽きない口調で静かに囁いた。

 さすがに、これ程の内容は今の周囲に漏らすのは不味いと思ってか。


「しかし、隊長殿とでは原理も進化速度も違いすぎるだろうがね」


 自己進化・自己改良・自己強化。それらの内容の違いは分からない。恐らく個人個人の考えで変わるだろう。

 もちろん、この能力もニオンは研究中であることは言うまでもなくだ。

 ……そして考えたことがある、究極の生命体とはいかなるものかと。

 それは、ただ単に規格外に強いだけでなく、進化の可能性を有していること。

 人智を超越する能力と自立的な進歩ができる、それらの条件が揃ってこそが究極の生命体と言えるのかもしれない、と。


「究極の生命とは、生み出すものではなく、成長していたるものなのかもしれない。仕組みは違えど、二人はその領域だ」

「……まさか……こんなこと……許されていいはずが」


 そうニオンは静かに告げると、いきなりにハンナが凄まじい形相でこちらを睨み付けてきた。

 しかし美剣士は涼しげな顔で応じる。なぜに彼女が殺意を剥き出しで視線を向けてくるのかなど、分かりきっていたからだ。


「しかし、先に攻撃を仕掛けてきたのは君達の軍だよ。ゆえに仕方なく私達は自衛のために反撃せざるえなかったのだ」

「……貴様!」


 そのとおりだ、ニオンが正論であろう。

 ゆえに怒りがおさまらないのだ反論の術がないから、間違った理由で国の軍人達が皆殺しされたわけではないから。感情をどこにぶつけていいのか分からない。

 何よりニオンの穏やかで事も無げな態度が怒りを増長させる。


「……お前は、人間なんかじゃない!」


 正当とは言え、あれだけの人達を虐殺して、なぜに平然としていられるのか。

 そしてハンナは腰の剣に手を伸ばす。

 怒りによる感情まかせと、それを抑制できなかった未熟さが彼女に抜剣を命じた。


「ハンナ、やめて!」

「やめなさい!」


 凶器を引き抜いたハンナに驚愕してウェルシが悲鳴まじりの声をあげるが、いち早く行動したのはミアナであった。

 キーンと金属が打たれるような音が響き渡る。

 彼女は駆け出すなり、手にしていた不動樫製の杖でハンナの剣を弾きとばしたのだ。


「馬鹿なことは考えないで! 死ぬつもりなの!」


 そして飛ばされた剣が地面に突き刺さると同時に、ミアナは杖の先をハンナの首筋にあてがう。

 もちろん彼女は剣を向けられた丸腰のニオンを助けようとしたのではない。

 ハンナを助けたのだ。

 もし、あのまま彼女が魔剣士に斬りかかっていようものなら凄惨な結果になっていただろう。


「邪魔しないでミアナ! あなただって仲間や友人達を、そして腕を奪われたんでしょ! それなのに……」


 しかし感情を処理できないハンナは、立ちはだかるミアナに向けわめきちらした。

 情報伝達でミアナ達の境遇をも理解したのだろう。


「それは分かってる。今のこの右腕は本物ではないわ、それにあの戦乱で友人達を失い、待遇も地位も無くした。……でも今はレオ様のためにも、石カブトの協力が必要なの」


 そう言ってミアナはハンナに厳しい視線を向けた。

 彼女の気持ちは分からないでもない、実際少し前の自分もオボロに憎悪を向けて幼稚に喚いていたのだから。

 だが現状を考慮すれば、レオ王子や避難してきた国民達のことを思えば、石カブトの助けが必要なのだ。


「……だけど」

「そこまで言うなら、分かったわ」


 しかしそれでも引き下がらないハンナを見て、ミアナは身を引いた。

 そして……。


「止めない。ニオンに挑むといいわ……死ぬだけよ。その後、三人もどうなるか分からないけど」

「……うっ」


 ミアナの言葉を聞いてハンナは息を詰まらせる。

 そしてニオンに目を向ける、変わらず物静かな様子だが得体の知れない威圧感と殺気で背中が凍り付く。

 自分の頭蓋が砕かれて脳髄をぶちまけながら死ぬ情景がよぎる。

 そして今度は怯えるウェルシとスティアに目を向ける。敵と見なされ殺されないまでも、見捨てられる可能性もあろう。


「……ハンナ、やめなさい。……今日はもう帰りましょう、少し頭を冷やしましょう」


 そして唐突に緊迫の時は、頭痛と吐き気から復帰したアリシアの言葉で幕を閉じた。

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