本当の戦乱を知るとは
サンダウロ。
アリシア達にとっては、あまり聞きたくない地名であった。
バイナル王国とギルゲスがその地の所有権をめぐる……いやギルゲスが一方的に所有権を訴え侵攻した領域。
そして、その地を守らんとバイナル王国も進軍したことで二国の戦乱が始まった原点。
……その内容はどう考えても、非があるのはギルゲス側だ。
して、その結果はバイナル王国とギルゲスの最高戦力達の全滅。
やがて戦力を大きく失った両国は一時停戦となった。
「アリシア殿、君はサンダウロで本当は何があったのか、それが聞きたいのだろう」
ニオンは躊躇なく、あの忌まわしい戦乱を口にする。
「……あなた達に何か関係があるの? ……今はその話はしたくない……石カブトには関係ないでしょ」
ニオンの言葉にハンナは顔をしかめる。
彼女にとってもあの戦乱を忌々しいものであろう。
バイナル王国との争いがなければ、きっと今のような惨めな運命もなく、みんなと真っ当な生活が送れていたのだから。
戦いを止めることも、どうすることもできなかったとは言え後悔はたえない。
部外者などに、この気持ちが分かるものかと。
しかしアリシアは、彼女のその言葉を無視してニオンに話をなげかけた。
「ミアナから聞いたわ、サンダウロでの戦いを。世論には両軍全滅したように公表されているけど、事実は違うって」
「……それって、どう言うことよ?」
彼女の驚愕の言葉にハンナは目を見開く。
そしてアリシアは冷静に応じた。
「ハンナ、そもそもおかしいとは思わない。バイナル王国の戦力は魔術を極めた集団、それに引き換え私達は原始的な飛竜に頼みをおいたもの。どう考えても勝目なんてなかった、なのに両軍が全滅なんてありえると思う? 仮に戦力が拮抗していても双方が壊滅するなんて不自然すぎるわ」
「……でも表沙汰では……そもそもニオンと何か関係があるの? それにさっきから言ってる本当のことって何よ?」
ハンナは戸惑うようにアリシアとニオンを交互に目を向ける。
「なるほど、ミアナ殿から聞いたのだね」
彼女達の話を聞いて、ニオンは少し離れた位置でアサムと佇むミアナを一瞥する。
伏せておかなければならない真実をアリシア達に告げたことを咎めないのは、やはり彼女達にも本当のことを知る権利があると思ってのことだろう。
「あの戦場には私達もいたのだよ」
そう丁寧な口調でニオンは一歩一歩少女達に詰め寄る。
「……あなた達が」
「……なっ! どう言うことよ、それ」
思わずアリシアとハンナは困惑して目を大きく見開いた。
「……私達。もしかして」
ニオンの発言で何かを悟ったのか、アリシアはミアナへと目を向けた。
彼女は、自分をバイナル王国の現君主の護衛役と言っていた。すなわち国の精鋭であるのはたしか。
そして何よりも、ニオンから真実を聞くにように促してきたことを考えると……。
「察しがいいわね。あなたの想像どおり、私もあの戦乱の場にいたわ。そして唯一、魔導騎士達の生き残りなの」
そう言ってミアナは向けられ視線に答えるがごとく、その彼女の目をじっと見つめ返した。
そしてその間にもニオンは近づいてきており、少女達の間近でその歩みを止める。
「機密とは言え君達には知る権利がある。それに関しては女王メガエラ様からも領主エリンダ様からも公開の許しはでている。知りたいのであれば、教えよう。しかし覚悟はしていただきたい」
二メートル近い背丈と、
「……覚悟とは、いったいどう言うことですの」
威圧感に耐えられずアリシアはスティアの背後に隠れように身を寄せて声を震わせる。
鍛え上げられた肉体とは存在だけで人を畏怖させる威力があるもの。
「知識として理解しているだけでは、知っていることにはならないと言うことです。本当の意味で真実を知るとは、直に感じてみるしかないと言うことです」
ニオンの難解な発言に、少女達は眉をひそめた。
「どう言う意味なのよ?」
余りにも理解が困難な言葉にハンナは言った。
「口答の説明だけでは知ったことにはならない、ゆえに本当は何があったのか味わってもらうと言うこと。だからこそ覚悟をしていただきたい」
「……よく分からないけど、どんな内容でも受け入れる心づもりよ」
これ以上ニオンの困惑する言葉に付き合っていては拉致があかないとアリシアは思ったのだろう。
覚悟を決めたように、キッと見開いた視線を美剣士にむける。
「うむ、分かった。しかし精神にも肉体にもかなりの負担がかかるため、情報を与えるのはアリシア殿とハンナ殿だけにさせてもらう。ウェルシ様とスティア殿後に二人から口答で聞いていただきたい」
……いやはたして、どう言うことだろうか。
サンダウロの真実を語るのに、口答ではなく何か特殊な手段でも使用しようとしているのだろうか。
先程からのニオンの発言から察するに、そのようにも思えるのだが……。
思わずアサムは問いかけた。
「ニオンさん、いったい何を?」
「そのままの意味だよ。とは言え、君達には難しいことだろうし、話せば長くなってしまう。私の口からではなく、ムラト殿に頼んで彼女達に本当のことを知ってもらう」
やはりアサムでも、その意味が理解できなかったのだろう首を傾げるしかできなかった。
と言うか、それ以前に……。
「ムラトさんは、外出しているのでは?」
「確かに彼は今、鍛練の一環として超高圧かつ超高温であるマントル内で荒行に勤しんではいるが、ムラト殿は凄まじい念話の力を秘めている。ここからでも彼とは対話ができるだろう」
そう言ってニオンは、何かを深く念じるがごとく目をゆっくりと閉じた。
そして数十秒して目を大きく開けた。
「……たのむ、ムラト殿」
美剣士が何者かとの耳では聞き取れないやり取りを終えたことを囁いた時だった。
「うあぁぁぁぎいぃぃぃぃ!!」
「あぁぁぁぁがあぁぁぁぁ!!」
アリシアとハンナは突如として絶叫を響かせ、地面を転げ回ったのだ。
「ど、どうしたの!」
「アリシア様! ハンナ様!」
のたうち回る二人に、ウェルシとスティアはただ狼狽えることしかできなかった。
「ニオンさん、いったい何を!?」
目の前の光景にアサムも、思わず大きな声をあげた。
「ムラト殿が彼女達の脳内に直接知識や情報を送信しているのだよ、どう言った物理法則なのかは不明だがね」
「……
「いや、そんな単純なものではない。彼女達の脳にはあの戦乱が情報と言う形で送り込まれてる。言葉では到底理解できない、実際の光景、血と臓物と人体が焼ける臭い、死に行く者達の苦痛と絶叫と死に顔、そして私達が感じる人を殺す感覚。それらを彼女達の記憶の中に積めし込める、もはやイメージどころではなく実体験を得ているほどだろうね」
言葉や文献だけで得た知識だけでは、とても知っているとは言えないことなのだ。
本当の意味で知るとは、真実を理解するとはこう言うことなのだろう。
そして数秒程でアリシアとハンナは全てを知ることができたのだろう、絶叫は止まるが余程精神に負担がかかったのか息を荒げ地面から立ち上がることができなかった。
「……えほっ……げほっ」
アリシアはそのまま地面に未消化状態の昼食と胃液をぶちまける。
情報を送信された際の頭痛、そしてその内容の凄惨さと現実さに強烈な吐き気を覚えたのだろう。
「それが真実だ」
そう言ってニオンは少女達に歩み寄のであった。
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