大超人覚醒

 進化。

 それは世代を経て、長い時をかけて形質が変化する現象。

 ゆえに個体で生じる、成長や変態と言った変化は進化とは言わないのだが……。

 だがしかし、物事が段階を得てより高度な形態へと変化する、と言う意味あいも含まれるなら、これも進化の一つと言えよう。

 自己変異による進化。世代を通さず、より高次の新しい生命体にへと至る。


「ぐごおぉぉぉ……がごごごごごぉ」


 火山のような配色の塊から、重々しく唸るような音が響き渡っていた。

 ……いびきである。

 休眠状態になってからだいぶ時間が経過しているが、今だに変貌したオボロが目を覚ます様子は見られない。


「ふむふむ、視認できる範囲の変化も終わり、体内の構造の作り替えも終わったようですな。しかし、オボロ様は今だに深い眠りにあります」


 機材をピコピコと操作する連合軍に属するチブラス隊員は、表示される情報を見やる。

 脳波の高振幅の波形が頻繁に観測され、ちょっとやそっとのことでは目覚めないことを意味していた。


「それにしても、実に面白いですな」


 そして今度は獣のごとくうつ伏せで眠るオボロの頭と背中に生える赤い体毛に目を移した。

 自己変異を遂げたことで新しく生えてきた赤黒い体毛。そこ以外の毛並みは黒みを持った茶色ゆえに、火山のような配色と化しているのだ。


「何が面白いの? 隊長のあの赤い毛のこと……」


 と、分析をしていたチブラス隊員の傍らでしゃがみこんでいたナルミも特徴的な赤い体毛に目を向ける。

 他の部位の毛よりも長大で派手だ。一見、特に意味もない装飾的なものにしか思えないが。


「頭頂部から背中にかけて新たに形成されたあの赤い体毛ですが、非常に熱伝導性が高い生体高分子となっております」

「……それって、放熱索ってことだよね」


 隊員の説明を聞いて、ナルミは考え込む。

 熱伝導性が高い、表面積が広い形状、つまり排熱のための器官と考えるのが自然ではなかろうか。

 そしてナルミのその考えを肯定するかのように隊員は頷いた。


「おそらく、その通りかと。体組織の再構成ならびに増幅、オボロ様の肉体は以前とは比較にもならないほどに強靭になり、それに合わせて身体能力も飛躍的に向上しているはずです。それゆえに新たな排熱器官の形成が行われたものと思われます」

「つまり肉体的能力が劇的に向上したから、激しい身体活動時には発生する熱も多大になる、だからそれを効率的に排出するために新しく作られた部位ってことだね」


 隊員の推測が理屈に敵っていることを理解し、ナルミはなるほどと言わんばかり何度も頷く。

 

「……それとナルミ様、もう一つ見て頂きたいものが」

 

 するとチブラス隊員はまた機材を操作してピコピコと電子音をならした。

 機材からホログラムが投影される。


「なになに、今度はなんなの!」


 やや興奮まじりナルミはホログラムを覗きこむ。オボロの変化に好奇心がつきないのだ。

 機材から投影されたのは、どうやらオボロの立体モデルのようだ。

 そして何かを強調するように、立体モデルの腹部のあたりが点滅する。


「腰椎の腹腔側に脳に酷似した神経節が形成されたんです」

「……脳に酷似?」


 隊員の言葉を聞いて、またナルミは頭を捻る。

 つまりは脳髄以外の中枢機能が生成された、と言うことだろうか?

 しかし何故にそんなものが新しく形成されたのか。

 横目にナルミは傍らの異星人に尋ねる。


「何でそんな器官ができたの?」

「うーむ、私にもこればかりはよく分かりませんな。いずれにせよ何らかの働きを発揮するためには形成されたとは思いますし、胴体の奥深くに存在しているあたりそれなりに重要な器官ではあるとはおもいます」


 と返ってきたの高度な文明を誇る彼等にもお手上げと言う内容であった。


「……それにしても、隊長って何者なんだろうなぁ」


 するとナルミは呆然とするように口を開くのであった。

 オボロやニオンと石カブトを結成して、もう五年以上。

 彼等と共に多くの任務をこなして、互いに色々なところを知り、そして強い仲間意識も築かれた。

 ニオン、アサム、領主エリンダ。互いにまだ秘密な部分も多かろうが、それでもみんなの多くの面を理解できた。

 ……しかしオボロだけは、別格だろう。無論それは彼の経歴や人格の話ではない。

 自分達とは、あまりにもかけ離れた生命体ゆえに謎がつきないだけのこと。

 自分達はあくまでも普通の人間、老衰もするし、仕事柄いつ死ぬかも分からない、そしていずれは必ず事切れる時がくる。

 ……しかしオボロはどうだろうか?

 年を重ねても、老いることなく、死ぬこともないのかもしれない。

 実際、チブラス人達は超人は不老不死の存在であると学術的考察までしていると聞く。


「我々、チブラスはオボロ様は不死身の超人と考えておりますが。最近では、オボロ様は既知の人類生物学の範疇を超えているため、新しく超生物学なる分野を作るべきと言う意見があがっているほどですからな」


 隊員はウキウキとした様子で答える。

 知識欲が隠せてないありさまだ。未知の領域に触れられるのが喜ばしいのだろう。


「不死身かぁ……でも隊長のはそんな幼稚なものじゃないような気がするな、あたし」


 とナルミは日頃見せないような、落ち着いた口調で自分の意見を述べた。

 それを聞いて隊員が尋ねてきた。


「……と、おっしゃいますと?」

「死にたくないから、恐いから、不老不死を求める。それって、ただ死そのものから逃げてるだけなんじゃないかな」


 死にたくない、永遠に存在していたい。そう言った願望が不老不死を求める。

 つまり死からへの逃避とほかならない。


「それって強いって言えないような気がするな。だけど隊長はその死と戦うことで、より強く成長して進化してるんじゃないのかな?」


 この短期間でオボロはどれだけ普通なら確実に死ぬ状況に追いやられたことやら。


「ふむふむ、なるほど。死の排除は進歩とは言いませんか、むしろ弱さを見せる行為。あえて死と戦うことで生命は強くなる。思想的で非理論的かもしれませんが、しかしそれも面白い考えですな」


 異星人は科学至上的ではあるがナルミの言葉に反対することはなく、どこか納得したように頷いた。


「あたしの憶測にすぎないから、真に受けないでね」


 そんな納得した様子の異星人にナルミは半笑いで返す。

 と、その時だった。

 連合軍が有する揚陸艇から凄まじい警報音が鳴り響いたのだ。

 とっさにヴァナルガンの遺留品の回収や周囲の調査を行っていた異星人達の動きが止まる。

 そして隊員は作業を中断すると何人かは揚陸艇に戻り、大半の作業員達は携帯端末をいじくり始める。

 そして、それはナルミの隣にいるチブラス人も例外ではない。


「あわわわ! 近距離圏内に星外魔獣が出現しました!」


 機材を操作しながら慌てた甲高い声を響かせる。


「そんな、何で!」


 ナルミも驚きを隠せない。ヴァナルガンが倒されたばかりだと言うのに、もう魔獣が出現するなど。


「……そんなこと言っても仕方ないか」


 あの化物達がこちらの都合など考えてくれるはずがないのだから。

 しかし今のナルミに不安な様子は、あまりなかった。

 何故なら。


「クサマ! シキシマ! 魔獣を倒しに行くよ!」


 二体の魔人達がいるのだから。


「ン゛マッシ!」

「ガアオォォォン!」 


 そして佇んでいた機械仕掛けの魔人兄弟が出撃を意味するように咆哮を轟かせる。

 ……だがしかし彼等が出撃を決断した時、チブラス隊員の機材から電子音が鳴り響いた。


「あっ! オボロ様の脳波に反応が、目覚めると思われます」


 それは、まさに魔獣の出撃を察知したかのような覚醒である。

 ギョロリと目を見開いた巨体が大地を揺るがしながら、立ち上がろうとしていた。

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