将軍の正体
主君だけは守ってほしい、という願望。
普通なら、そんなことを言える立場ではないだろう。
蛮竜に襲撃されて混乱の最中だったとは言え、防衛する力がなかったとは言え、戦いを放棄して人々を守りもせずに故郷を捨てて秘かに他の国に逃げ込んできたことには変わりないのだから。
……国や民達に対し思いはあるが、自分達がやったことはあの忌まわしい将軍と同じだ。
ここにいる四人だけがどうにか生き延びれるように、とそれだけ考えて行動していたのだから。
許される所業ではない。
「……お願いです、どうか……どうか」
アリシアは額を床につけながら、涙声で領主と美剣士に望みを続ける。
だがしかし、そんな緊迫の最中に何とも不似合いな音がなった。
それは胃が収縮した時になる気が抜けるような響き。
そして、それはメイドであるスティアの腹部から鳴ったもの。彼女の体が空腹を訴える音であった。
「……も、もうしわけありません! こんな時に不謹慎なことを!」
恥ずかしさと領主の機嫌を損ねたのではないかと言う焦りで、メイド少女はあたふたするが……。
再び大きな音が鳴る。
「……あ、あはは!」
だがしかし、空腹の音を聞いて返ってきたのは笑い声であった。
「……ごめんなさい……あんまりにも……おかしかったから」
「「「「……」」」」
笑いを堪えるエリンダの様子に、アリシアもハンナもスティア、そしてウェルシも言葉を失う。
先程の冷徹な態度とは打って変わって楽しげな様子。
その領主の変貌ぶりに呆気をとられた。
「……事情は分かったわ。ひとまず腹拵えがしたいのね」
「もうしわけありません……」
「私達もです」
エリンダの言葉が合図となったのか、アリシアとハンナからも空腹の音がなる。
これにはたまらず二人とも顔を紅潮させて、恥ずかし気に両手でお腹を押さえた。
そんな彼女達の腹の音が場を和ませたためだろうか、無表情だったニオンも笑を見せる。
「エリンダ様、私が食事の準備をいたします」
「お願いね、ニオンくん」
そしてエリンダは、再び少女四人に目を向ける。
「一国の王女様を保護してるわけだから私一人じゃあ、あなた達の今後の待遇を決定できないわ。女王メガエラ様と連絡して最終的な判断を出しましょう。それまでは私の都で、ゆっくりするといいわ」
領主のその言葉は、彼女達の受け入れを許可することを意味していた。
それを聞いて安堵したのか、アリシアとハンナとスティアとウェルシは互いに寄り添いすすり泣いた。
「さあさあ、ニオンくんの料理ができるまで湯あみしてくると良いわ。体を綺麗にしてからのほうがいいでしょ。ウェルシ様、三人を浴場に案内してあげてください」
「はいです!」
そして食事が整うまでの間に入浴を勧めるエリンダはウェルシの元気な返答を聞き、ニオンと共に医務室を後にするのであった。
「……どうしたの、ニオンくん? 顔が恐いわよ」
医務室を出たエリンダが廊下を進むなか、隣を歩く美剣士の表情が険しいものになっていることに気づいた。
そしてニオンは重々しく語り出す。
「あの者が忌まわしい歴史を繰り返したがゆえにです。西方世界大戦の最中、取り逃がしたことでまた争いがおきようとは」
「……あの者って、ギルゲスの政権を反乱で掌握した将軍のこと? 将軍と西方世界大戦は何か関係あるの」
領主の返答に、魔の美剣士はゆっくりと頷く。
西方世界大戦とは、人間と毛玉人との間に起きた歴史に刻まれる最大の戦乱のことだ。
毛玉人の反乱軍と西方国家の連合軍との戦いは、毛玉人達の勝利……いや実際はオボロの一人勝ちで決着がついた。
だがしかし、この戦争は本質的には解決していないのだ。
……なぜなら戦犯が裁かれていないからだ。
「ギルゲスの政権を掌握した将軍……いえ、ウィーゼル・ガンル・アルケスは西方世界大戦の要因となった毛玉人の虐殺を行ったアルケス国の第一王子です」
多少なりもその存在には嫌悪を抱いているのだろう、ニオンのその言葉にはイラだちがうかがえる。
「……まさかあの王子が、ギルゲスに逃れていたなんてね」
将軍の正体を告げられエリンダも、その美貌に険しさを見せた。
もちろん彼女もその第一王子が何をしでかしたのかは知っている。
毛玉人の集落を焼き払い、それが切っ掛けとなり大量の犠牲を払う大戦争がおきたのだ。
言うなればその男が、無惨な大戦争を引き起こしたということなのだ。
……そして忌々しいことに王子は敗戦の色が濃くなると、全てを捨てて逃亡しどこかへ姿を眩ましたのだ。
戦乱の原因を作った男が一目散に逃げ出す。許されるものではない。
「ウィーゼルは名前を変えてギルゲスに潜り込んでいたのでしょう。そして、おそらくではありますがギルゲスを掌握するために色々と裏で計画を企てていたのかもしれません。そのためにも国王の側近まで登り詰めたのでしょう」
そしてまた、その戦犯者は戦乱を引き起こしたバイナル王国との間に。
そしてまた、全てを捨てて逃げ出したのだ蛮竜の群れから。
ニオンが怒りや嫌悪を抱くのは当然であった。
「……歯痒いはね。そこまで知っていながら、何もできないのは」
「それは仕方ありません、エリンダ様」
無論、石カブトにかかればそんな独裁者を制圧して国際裁判にかけるのはあまりにも容易いが、それはできないのだ。
石カブトは国家間の問題に干渉してはならない組織ゆえに。
それにウィーゼルが潜伏していたのはギルゲスだ、他国の内部事情だから口だしするのも困難である。
将軍の正体を知っていても、どのみち野放しにしとくしかできなかったのだ。
「今はこんな話をしていても無駄ね。ニオンくん」
「そうですね」
しかし今は感情的になって身勝手すぎる元王子に怒りをぶつけてる場合ではない。
ギルゲスの姫様の今後のことや、蛮竜への対処を考えなければならないのだから。
「ところで、オボロくんにはこの情報は送ったの?」
「いえ……ナルミ殿には伝えましたが、隊長殿は現在休眠状態にありますので」
エリンダのふとした問いに、ニオンは淡々と返答する。
情報の共有は重要ゆえに、いち早く石カブトの長たるオボロに情報を伝えねばならんはずだが、本人が休眠状態とはどう言うことだろうか?
領主は顎に手を当てて首を傾げた。
「隊長殿が激しい戦闘のあと、時おり成長することはご存じですね」
「ええ、戦闘ごと肉体が増幅されてるみたいだけど……」
「これを、見てください」
するとニオンは首を傾げるエリンダ前に携帯端末を出しホログラムが映し出される。
そこに映るのはオボロの全身画像。だがしかし以前とは別人のようである。
「……これオボロくんなの? いったい何が」
栗色だった体毛が黒みを帯び、頭頂部から背中にかけての体毛が真っ赤になっているのだ。
そして画像から少し遅れて、数値も表示される。
身長五八六センチメートル・推定体重六十トン以上と。
「超獣ヴァナルガンを殲滅したあと、現地で眠り続けてます。隊長殿の体を分析しているチブラス人から情報を送ってもらっております。この休眠中に体質改善……もはや進化と言っていいほどの現象が起きているのです」
「……進化って言われても」
優れた頭脳をもつエリンダでも超人の肉体など分かりはしない、ゆえにニオンは常に説明する役割となるいつもの光景だ。
「今回の肉体の肥大化は成長などといった増幅どころではありません。肉体の再構築が行われているのです」
「……肉体の再構築?」
「上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織それらを形作る体組織と言った小さい領域から優れた構造へと作り替えているのです」
つまりは肉体を構成する素材が、より優れた素材へと変化していることを意味しているのだ。
「……つまりオボロくんは、環境や状況に適応するために短期間で進化する能力を持っていると言いたいのね」
無論、エリンダは全ての内容を理解できたわけではない。
しかし重要な部分は理解できたようであった。
「……隊長殿がより戦闘能力を高めるのは良きことですが、何とも空しさも感じます」
ニオンは溜め息が出るような声で述べた。
より強くなるために肉体を鍛え身体能力を高め、技術を身に付けるため厳しい稽古に打ち込む。
そうやって戦士は一歩一歩と強くなるものだが、超人はちょっとしたきっかけで十歩も百歩も先に行ってしまうのだ。
「……されど私もその領域に至る資格がある、か」
ニオンはそう小さく囁いた。
彼のその目の奥には冷静ながらも熱い輝きが帯びていた。
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