超人変貌する

 そこには、いくつものクレーターと焼け跡が残る。超獣ヴァナルガンとの激闘で形成された傷跡だ。

 そして多種多様な者達が機材を制御し、特殊な防護服を着込んでせっせっと作業に当たる。

 超獣が残した遺留品の撤去や情報収集と分析や汚染等があれば除染のために。

 その作業を開始して二日目になるが、今だに終了する気配はない。

 そして、そんな現場を守るかのように二体の巨大な魔人達が佇む。

 不測や非常事態に即対処できるように、修復されたクサマと、その弟であるシキシマは微動だにせずにして周囲を警戒し異星人達の仕事を見守っていた。 


「ぐがぁー! すぴー! ぐごあぁぁぁ!」


 ……そしてそんな作業地点から少し離れた所では、凄まじいイビキが響き渡っていた。


「隊長、ご飯を食べてから、ずっと寝っぱなしだぁ」


 そう言いながらナルミは、イビキをあげている超人の巨根と巨大金玉をイタズラをするがごとく棒切れでつついていた。

 大量の蛋白質と水分を摂取したオボロは、あれから今だに眠り続けている。

 ヴァナルガンとの戦闘時に負った傷を再生する為に長時間眠っているとは思うのだが……だがしかしどうやら負傷を治すだけではないようだ。


「にしても……これ、本当に隊長だよね?」


 ナルミはつつく手を止めて、仰向けで寝るオボロの肉体に目を向ける。

 そしてハクラが言っていたことを思い返す、体組織が再構成されてオボロの肉体の構成体(分子、細胞、組織、器官)が造り変えられている、と言うことを。


「……つまり、たんなる骨格筋の増幅による成長じゃないってことだよねぇ? まぁ、だからこうなってるんだろうけど……より強くなるために」


 そんな彼女の視界に映るそれは、黒みを帯びた茶色い毛玉の山。

 身長が五メートル半を越え、栗色だった体毛は余すことなく変色し焦茶と化し、そして彼の怪力の源たる筋肉も著しく膨れ上がっている。

 今のオボロは、パッと見では別人にしか見えないだろう。

 巨大化どころではなく、それほどまでに姿が変貌してしまったのだ。

 この異常な変貌ぶりにナルミは頭を抱えた。


「うーん、人は鍛練や訓練を繰り返して、肉体や身体能力を向上させるけど……。隊長のこれは、ものが違う。たんに骨格筋の増強や神経機能の向上で肉体的能力を高めるだけじゃなくて、肉体その物を造り変えるなんて」


 超人の肉体は現状の科学では今だに理解できないらしい。

 ニオンもオボロについて分析や研究はしているが、とても解明には至っていないとのこと。


「ナルミ様! オボロ様の様子はいかがですかな?」


 と、いきなり甲高い声が背後から響いた。

 芥子色の体色に無数の触手、それは一人のチブラス人。

 もちろん彼も連合軍の一員で、こうやって定期的にオボロの様子を見に来ている。超人の肉体を検査する役目を請け負ってるらしい。

 そんなチブラス人の様子は、どこか高揚している。

 オボロの肉体は今や高度な科学力を持つ異星人達から見ても未知の領域らしく、それ調べられることが喜ばしいのだろう。

 それに何と言ってもチブラス人達にとって、オボロは救世主そのものなのたから。


「まだ眠ったままだよぉ」


 ナルミは振り返り、チブラス人隊員に返答した。


「わたくし達もただ今作業が難航しており、まだしばらくかかりそうです。二~三日程で完了すると思ったのですが、五日程かかるかもしれません」

 

 そう言って、そのチブラス人は作業現場へと目をやった。


「ほほう、また大きくなられたようですな」


 そしてチブラス隊員はオボロの膨れ上がった肉体へと向き直り、検査機材の準備を始めた。


「自惚れる気はありませんが、わたくし達チブラスの医療は随一でございます。ゆえに生物学、生理学、解剖学等も他の異星人達よりも熟知しております」


 随分と大きく出たことを語るが、彼の言葉に偽りはないだろう。

 実際、優れた医学を持っているのはたしかだし、それに……。


「……隊長の肉体の構成成分(蛋白質系統と思われる)が通常生物あたし達とは全く異なるとか、半永久器官や天然のナノマシンのような構造体を持っていることを推測したのも、あなた達だったもんね」


 オボロの生体を最も肉薄にしている人達なのだから。

 彼等の推測はどれも驚愕で空想的なものだが、実際その考えの信用性は高いらしく、これにはナルミも納得するように顎に手を当てた。


「……しかし、それでもオボロ様の存在は未知の領域でございます。現在の我々の科学でも、超人の肉体を理解するのは困難です」

「……今の科学では無理かぁ」


 高度な文明を持つ異星人達でさえ解明できない超人。

 ……その生命の可能性を理解できる時は、はたして来ようか。


「これは、わたくし個人の憶測ですがオボロ様は自己変異する能力を持っているのではないでしょうか」

「自己変異?」

「はい。環境や外敵からの攻撃に適応するためにか、あるいはこれ以上の骨格筋の増幅と言った成長などでの戦闘力や身体能力の向上が限界なためか、あるいはその両方か別の要因か。ゆえに肉体を再構成しているのではないかと」

「……それって自発的に変異して進化していくってことじゃあ」


 チブラスの推測を聞いてナルミは目を大きく見開いた。

 確実とは言えないが、もし本当にそれほどの能力を有していると言うのなら、オボロはいったいどんな生物へと変わってしまうのか。


「まあ、わたくし個人の憶測に過ぎませんからあまり本気になさらずに……とは言えオボロ様は超人。別にそれほどの能力を持っていても驚きはしません」


 チブラスはどこか楽しげにそう言って機材をピコピコと操作する。

 自分達の切り札が強くなっていくことに喜びを感じているのやもしれない。


「まあたしかに隊長のことだから、そのぐらいできても不思議じゃないかも。それに、あたしも隊長が強くなっていくのは賛成かな」


 何と言っても自分やニオンとて、ただの人間なのだ。

 この先待ち受けるであろう大型魔獣や超獣のことを考えると、やはりオボロが強くなっていくのは良いことだろう。


「……どうしたの?」


 ナルミは考えていると、ふとチブラスがオボロのより増大した巨根を眺めていること気がついた。


「オボロ様は、まだ奥方をおもちでありませんでしたな」

「まあ、女の毛玉人ひととつきあったこともないよ」


 ナルミも知っている、超人は年齢二十六歳、そしてそれが彼女いない歴で、ゆえにバリバリの童貞野郎であることを。


「ふむ、生殖を行って超人の数を増やせば魔獣達との闘いも優位に運ぶとは思うのですが」


 どうやらチブラス達はオボロに子作りを望んでるらしい。

 超人の個体が増えれば戦力の増加になると言う、恋愛思考は挟まない合理的な考えからだろう。


「……隊長が子孫をつくるかぁ」


 そしてナルミは頬に指を当て想像を膨らませた。

 超人の性行為。オボロが女性毛玉人の中に突っ込む……どうなるだろう?

 その結果思い浮かんだ光景はエッチな描写ではなく、完全なスプラッタであった。


「うーん、無理があるなぁ」

「あ! ナルミ様、オボロ様から離れてください」


 想像結果を思い浮かべた瞬間、機材を制御していたチブラスが大きな声をあげたのだ。

 ふと、見ると眠るオボロが大きく右腕をあげていることに気づいた。


「う~ん、むにゃむにゃ……そこいーよ」


 そして寝言を発して横にゴロンと転がった。寝返りである。

 それと同時にズズーン! と重々しい音が響き渡り大地が大きく揺れ動く。

 現在、オボロの体重は六十トンを軽々と越えている。つまり超人の寝返りは、重戦車が転がると言うレベルの話なのだ。近くにいるのが、いかに危険か。


「ふぅー、危なかった」


 間一髪避けたナルミ一息吐き、再びオボロに目を向けた。

 そして、あることに気づくのだった。


「えっ! 何これ?」


 それは異様なもの。以前まではなかったもの。

 これも変異によるものか。


「背中の体毛が紅い」


 仰向けで寝ていたために気づかなかったが、オボロの頭頂部付近から背中の広い範囲にかけての体毛が血のように赤黒い色へと変色していたのだ。


「スッゴーい、どうなってだろう」


 ナルミは好奇心に負けたらしく、棒切れをもってオボロの尻をつつき始めた。


「ああナルミ様、あまり刺激しない方が……」


 しかしチブラスのその忠告も虚しく。

 ブビー!! ビチビチビチ! と凄まじい音とともに辺り一帯が黄色いガスで満たされた。

 オボロの放屁であった。


「……エッヘ! エッヘ! ゴッホ! 臭い! 熱い! 変な秘孔ツボでも押しちゃったかな?」


 しかも超人の屁は強烈に臭く高温であった。

 これには、たまらずナルミも咳き込んだ。


「……どうやら、肉体の再構成時に発生した代謝熱や老廃物等を蒸気として排出したものと思われます」


 チブラスも涙を流しながら機材を操作し、要因をつたえるのであった。

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