超人パワーの源泉

 そこは薄暗い一室。

 そして無機質なコンソールと淡い光を発するモニターが幾つも設置されている。

 電子音を鳴らしながら、それらを慣れたように制御するのは……二足の者ではない。

 それは、大きな頭に無数の触手を備えた生き物であった。


「クッキーでしたかな、これはとても素晴らしいものですなぁ」


 そう呟いて、異星から来たその知的生命体は作業をする自分の傍らにあるテーブルに触手を伸ばした。

 上に置かれているのは、ティーポットと茶が注がれたカップ、そして大皿に盛られたクッキー。

 そして山盛りの焼き菓子から触手で一枚つまんで、愛嬌ある両目の間から下に十センチ程のところの口とおぼしき部位に放り込んだ。


「ふむふむ、やはりやはり、良きこと」


 サクサクボリボリと咀嚼し、チャベックは表情をトローンとさせる。

 喫茶店で菓子を食べてからというもの、その甘味と旨さの虜になってしまったのだ。


「オボロ様も偉大なる御方ですが、アサム様もまた別の方向で卓越しておりますなぁ」


 そして、いま食しているクッキーはアサムの手作り。その味は喫茶店で食べた物以上であった。

 あれからメルガロスの超獣騒動は一応のこと収まり、今はチャベックもアサムも落ち着きを取り戻し自分達の業務に専念している状況であった。

 アサムは、レオ王子の世話をしながら領主屋敷の家事をテキパキとこなしている。

 そしてミアナは、しばらく考えたいと、どこかへ……。

 腕の再生医療をどうするのか、それについてであろう。

 して、チャベックは領主屋敷に設けられた自室で情報解析を行っていた。

 ……そのため、その風景は優雅な洋館部屋に無機質な機材や装置等が設置されていると言う、何ともいびつなものである。

 異星人である彼が、この都市での生活が許されたのも、やはりチブラスの医療が人々の恩恵になると、そう領主エリンダが思ったからであろう。

 そして、あとは好奇心。異星人の思考や性質、風習に興味があったからである。

 もちろんのこと、今にいたるまでに色々と手回しはあったのだろうが……。


「さて、解析作業を続けますかな」


 チャベックは、クッキーをさらに三枚食べ、茶を一口程含み、一休みを終える。

 また複数の触手を伸ばして、いくつものコンソールを叩き始めた。

 モニターに映るのは巨人とおぼしき骨格図。

 今彼が解析を進めている内容は、超人についてである。

 オボロのあの生物の常識を超越した、筋力、頑強さ、素早さ、持久力、等の身体能力。

 不死としか言いようがない生命力や回復力。

 にも関わらず、現状も成長を続けて強さを増していく潜在能力。

 そして何より、それら全てを可能とする源、つまりはエネルギー源。

 その謎を解き明かす、チャベックはそれに専念しているところであった。


「とてもではありませんが食事と言う経口摂取だけで、あれほどの生命活動を賄えるエネルギーが得られるはずがありませんからなぁ」


 オボロは大食いだが、だからと言って超人の肉体を活動や維持させるには、あまりにも足りなさすぎる。

 ならば考えられるとすれば、食糧以外にエネルギーを供給するプロセスを超人は有しているはず。

 しかも極めて膨大なエネルギーが得られる機構を。


「およっ?……となると……まさかこれは」


 そして、それが今まさに明かされようとしていた。

 チャベックはモニターに釘付けになり、興奮したようにコンソールのキーを叩く触手を早める。

 ……そして。


「こ……これはなんと!……なるほど、これがオボロ様が無敵の理由ですなぁ」


 解析結果が出てチャベックは仰天のあまりチェアから転げ落ちそうになるが、すぐさま表情が嬉々としたものになる。

 いきなりの感情の変動、これもチブラスの性質。

 好奇心が強い知的種族のためか、驚愕の真実を知ってしまった驚きよりも、未知だったものが理解できた喜びの方が勝ったのだろう。

 ましてや心酔するオボロの謎が解けたのだから。


「それでは、さっそくハクラ司令にこの情報を送信しましょう」





 ……そこはどこだろうか。

 ただ天空であるのは分かる。

 そして、その雲よりも上空を移動するは無機質な空飛ぶ船舶が一つ。


「現在異常なし」


 その多目的揚陸艇一番艦ブリッジ内で、リミールは調査を続ける異星人達をメインスクリーンごしに見守っていた。

 ヴァナルガンが消滅してから十二時間以上経過している。

 今のところ奴が生き延びてる可能性は見受けられない。

 完全に殲滅されたと、一応そう思ってもいいだろう。

 無論、だからと言って調査を疎かにしていい理由ではないが。


「……今だに熟睡中か」


 そしてリミールはコンソールを操作して、メインスクリーンの映像を切り替える。

 映し出されたのは、大量の蛋白質と水分を摂取し終え、大の字に寝そべって眠りについている全裸まっぱの超人である。

 「ぐがあぁぁぁぁぁ!!」と言う、いびきがブリッジ内に反響する。


「うるさぁっ!」


 あまりにもやかましので、リミールは迷わずにスピーカーを切るのであった。

 そして、そんな熟睡するオボロの巨大金玉タマタマを棒切れでつついてイタズラするナルミの姿も映し出されていた。


「まったく、理解が及ばない」


 リミールは呆れたように頭を抱えた。

 なぜ、こんな原始的で馬鹿げたことをしている連中が超獣とまともに闘えたのか?

 だが答えは簡単、オボロが自分達の想像をこえた超人だからである。

 そして、また全裸の巨大熊に目を向ける。


「やはり司令が、おっしゃったとおりだ成長してきている」


 熟睡するオボロ。彼は今、ただ休養しているだけではないのだ。

 超回復による肉体の増大、そして体組織の再構築が同時に行われているのである。

 今やその身長せたけは五メートルに到達し、そして大量の養分を摂取したがため体重は六十トンを軽々と越えている。もはや生物ではなく重戦車としか言いようがない数値だ。

 さらに体組織の再構築が行われてるためだろうか、サイズ以外にも変化が起きつつある。


「……体毛にも変化があるみたいね。まるで、赤いかぶと


 オボロの体毛は熊らしい栗色だったのだが、今は何やら黒みが増して焦茶色のようになり、そして極めつけは頭頂部付近が血のようなやや赤黒いものになっているのだ。


「……あなたが、もし私達の惑星にいてくれたら、こんなことには……」


 超人を眺めながらリミールは囁いた。

 ……もしオボロがいてくれたら、ヴァナルガンを倒せて、文明は滅びず、自分は悲しみや屈辱や罪悪感に苦しむことはなかったのではないかと。

 ……いや。


「もう過ぎたこと、今ごろそんなことを考えるなんて……」


 もう過去のこと。今さら希望的や楽観的なことなどを考えるなど、無駄でバカバカしいことだ。

 今はやることは、続くであろう闘いに備えて思考し、覚悟を決めておくこと。

 と、その時ピピピと電子音が鳴り響いた。


「チャベックから」


 それは連合軍同士から何らかのデータが送られてきたことを知らせる音。

 そしてリミールはコンソールを制御し、近くのモニターに到着した情報を表示した。


「……なっ! こ、これはすぐに司令室に、このデータを」


 情報を黙読したリミールは驚愕の声を響かせると、すぐさまにそのデータをハクラの元に送信するのであった。





 しばらくして、ブリッジに駆けつけたハクラはメインモニターごしに領主屋敷に住まうチャベックの報告を受けていた。


「チャベック、解析情報は読ませてもらった。……信じがたいが、本当なんだな?」


 ハクラはモニターを見上げてガスマスクゆえのくぐもった声を発した。

 そんな彼の傍らに立つ副司令もリミールも驚愕ゆえに頬に汗を伝わせていた。


「はい、間違いございません。わたくしも結果を見たときは驚きましたが」


 そんな三人とは正反対と言わんばかり、モニターにはクッキーを貪るチャベックが映り、スピーカーからは甲高いやや陽気そうな声が響き渡る。


「これは一種の相転移現象ですな。空間そのものを宇宙開闢時とほぼ同等の状態にまで還元させ、そこからエネルギーを供給してるわけでございます。……いずれにせよ詳しい原理は、まったく分かりません。まだ我々では認知できていない物理法則か自然科学が発揮されている、としか言いようがありませんな」

「しかし相転移を用いた動力など机上の理論……いや空想と言っても」


 チャベックの話を聞いてリミールは声をやや震わせる。

 そして間をいったんおくと、またチャベックは説明を始めた。


「さながらですが、オボロ様は体内で小宇宙コスモを生成してエネルギー源にしてるわけですな。何と言えば良いか、小規模ミニチュア宇宙創造ビッグバンまさに超人動力炉……いえ、超人半永久機関でしょうか」


 驚愕で声が出せないハクラ達とは裏腹に、チャベックは嬉々とした様子で語るのであった。

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