戦人 対 暴獣

 放り投げられて、大地に叩きつけられた四足歩行の爬虫類のごとき怪物が唸りながら起き上がった。


「……ギュアァァァ」


 その鳴き声は、強敵の出現による焦りからか、あるいは遠くまで投げ飛ばされた怒りからか……。

 ゴドルザーは振り返り都市の方へと顔を向ける。

 そして片目の視界におさまったのは、こちらに向かって疾走してくる巨大な戦人の姿。


「グオォォォン!」


 咆哮か駆動音か、地鳴りのような轟を発しながら質量五千トンの魔人メカが時速三百キロ以上で駆け抜ける。

 次々と爆発がおきてるかのように、シキシマが足を下ろした場所では噴煙が上がっていた。

 魔獣との距離は約五キロ程もあったが、その走行力によりたちまちに縮めていく。

 シキシマは水中特化型、陸上では最大の機能を発揮できない、などと言うことはないのだ。


「ギュアァァァオォォォォン!」


 魔人との戦闘に備えてゴドルザーは、オボロに抉られた眼球の再生を始めた。

 眼窩内から白っぽい肉芽のような物が発生し、たちまちに新しい目玉が形成された。

 そして後ろ足で立ち上がると、今度は口を大きく開く。

 敵に接近される前に飛び道具で攻撃するなど、やはり高い知性があると言えるだろう。


「グオォ!」


 しかしシキシマの反応は速かった。

 魔獣の口腔が開かれたことを察知したシキシマは跳躍した。

 超合金製の巨体が夜の上空に軽々と舞い上がる。

 その動作で魔獣の口から照射されし分子破砕光線を悠々と回避した。

 搭載された高度人工頭脳の反応速度と大出力駆動系が生み出すパワーがあってこそ、できる芸当であろう。


「グオォォォン!」


 そして、この跳躍を利用して一気にゴドルザーとの距離を縮める。

 シキシマは魔獣の近くに降り立つ、大地が激しく揺れ土砂が舞い上がる。

 ゴドルザーとの距離は、おおよそ二百メートル程。この程度の距離なら、すぐに移動できる。

 そして、当の魔獣は分子破砕光線の照射をし終えたばかりで隙だらけであった。


「グオォン」


 この好機を逃すはずもなくシキシマはすぐさま走りだし、無防備なゴドルザーの顔に右鉄拳を叩き込んだ。

 鈍い轟音が鳴り響く。

 超合金製の拳の一撃を喰らったゴドルザーから白い破片のような物が散らばった、それはへし折れた無数の鋭い牙。

 無論のことシキシマの鉄拳を受けて、負傷がこの程度のはずがない。

 再生したての眼球がまた飛び出してしまい、さらに木々をなぎ倒し土煙をまきあげなから魔獣の巨体が数百メートルも転がっていった。





 あまりにも巨大ゆえに、遠く離れていてもその戦いは肉眼で十分に確認できる。

 ……その光景をなんと説明したらよいだろうか。

 見たままのことを言うのであれば、魔物を遥かに凌ぐ巨大な存在達が凄まじい速度と身軽さで戦っている。

 それしか言いようがないのだ。


「……分からない。……いったい何なの?」


 殴り飛ばされたゴドルザーのもとに向かうシキシマを見つめながらミアナは唖然としていた。

 魔物以上の巨体でありながら、なぜあれほど俊敏に動けるのか?

 そもそも、あそこまで大きなものでは自重に耐えきれず体が崩壊してしまうはずだが。

 魔術で構造強化や質量軽減を行っているのだろうか?

 だがしかし、現代の魔術を用いてもあれほどの巨体と質量を高速で動かすのは不可能なはず。

 それにそもそも魔術を利用してる痕跡が皆無だ。


「あの巨人の動きは魔術由来のものじゃない……じゃあ、いったいなに?」


 ミアナは学院で多くを学んでいる。

 しかしそんな彼女は困惑することしかできない。現代の学問ではシキシマを説明することは無理であった。


「……オボロ、あの巨人は味方なのよね。あれは何なの?」


 もはや自分の知識では手も足もでないと理解したミアナが最後にすがったのは傍らに佇む超人であった。


「……悪いが、オレも詳しくはしらん。唯一、言えるんなら高度な科学技術つぅものだ」


 彼女の問いにオボロも頭を横に振ることしかできなかった。

 石カブト隊長でも、これに関してはお手上げなのだ。

 超科学や超技術の分野はニオンが専門なのだから。


「……オボロ、あなた達はいったい何なの? あなたは傭兵を辞めて、この地域で何をしているの?」


 またミアナが問う。

 それに対しオボロは頭をボリボリとかきむしると、諦めたようにハァっと息を吐いた。

 星外魔獣アレと大いに関わってしまった以上、少しばかり話しておかなければならないと思ったのだろう。


「オレ達は表では、ただの金で雇われる万屋。しかし裏方ではおおやけにできねぇ仕事もこなしている。だが本当のオレ達の役割は、人類ではどうすることもできねぇ化け物退治なんだ」

「……化け物って、今巨人が戦っている奴のことなの?」


 そう言って、ミアナは倒れてピクリとも動かないゴドルザーに目を向ける。


「そうだ。だが、あれだけじゃねえ。今まで多種多様な奴等が現れては、オレ達が殲滅してきた」

「どこからやって来たの?」

「……そうだな、はるか空の向こう。宇宙ってところからだな」

「……う、うちゅう?」


 それは豊富な知識を持つ彼女でも知らない言葉であった。





 シキシマは沈黙しているゴドルザーにゆっくりと歩みよる。

 大の字に倒れる暴獣の顎は砕け、ほとんどの牙がなくなり、だらしないように舌をだしていた。口からは大量の血が流れ出ている。

 ……鉄拳の一撃で死んだのだろうか?

 シキシマはゴドルザーの生死を確認するため、機体に備わる各種センサーを機能させようとした。

 本来ならわざわざこんなことをせずに熱線砲や水陸両用魚雷などで粉微塵にして殲滅する方が楽なのだが、この暴獣は体内に放射性物質を持っているためそれができない。

 ゆえに活動停止を確認したのち、その亡骸を特殊な方法で処分しなければならないのだ。


「……ギュアァ」


 と、その時ゴドルザーはいきなり頭を持ち上げシキシマに分子破砕光線を照射した。

 オボロの時にも用いた擬死からの不意打ちである。

 高エネルギー電磁放射線の奔流がシキシマの胸に命中し火花が散った。


「グオォォォン」


 だがしかしシキシマは微動だにしなかった。まるで何事もなかったかのように。

 ゴドルザーは多大なダメージを受けすぎていて、体内での光線エネルギーの発生やその閉じ込めが不完全なものとなり破壊力が低下していたのだろう。

 それに何よりも、シキシマの装甲が堅牢すぎたのだ。


(しぶとい奴だ、また死んだふりとは。被害は装甲表面処理の一部剥離と直撃部周辺の残留熱という程度。こんなものダメージの内に入らん。シキシマ、今度こそ奴を黙らせろ)


 シキシマの人工頭脳に攻撃直撃の被害状況と再攻撃の指示が受信された。


「グオォォォン!」


 不意打ちを喰らったことに怒っているのか、大音量を響かせるとシキシマはゴドルザーの頭を掴んで乱暴に引きずり立たせる。

 そして、その脳天に渾身の右手刀を叩きこんだ。

 凄まじい鈍い音とともに頭蓋が砕かれ脳髄が噴出、さらにゴドルザーの額から生えていた角は根本から折れてしまった。

 角は宙をクルクルと舞い、最後に離れた地面に突き刺ささる。


「グオォォォ!」


 もちろんシキシマは攻撃を緩めない。

 今度は腹部にアッパーブローを叩き込んだ。

 八千トンにも及ぶゴドルザーは大量の吐血を撒き散らしながら空中を舞う、そしてまた数百メートル吹っ飛ぶはめとなった。


「……ギュアァァァ……ア……ア……ァ」


 落下してフラフラと起き上がったゴドルザーは、もはや顔面が崩壊していてまともに鳴き声もあげられない状態であった。

 とどめの時である。


(ようしシキシマ、機進分離鉄拳きしんぶんりてっけんだ!)


 指示を受け取ったシキシマは右手を握り締めると、その巨大なこぶしをフラつくゴドルザーに向けて突き出した。


「グオォォォン!」


 とどめだ! と言わんばかりにシキシマは吠えた。

 破裂したような音とともに、突き出していた右腕の肘から先が射出された。

 そして射出された腕が本体から十メートル程離れた時、爆炎が吹き出した。

 シキシマの鉄拳は火炎を噴き出すと超音速でゴドルザーに向かっていく。

 凄まじい衝撃波が発生し大地にあるものを薙ぎ倒す、そして超音速の鉄拳は正確にゴドルザーの頭に命中した。

 しぶとかった暴獣の頭が破裂音を響かせながら赤い霧へと変わる。

 頭が粉々になったゴドルザーは力なく大地に倒れ伏した。

 そして発射されし鉄拳は迷うことなくシキシマのもとに帰ってきた。

 鉄拳は前腕部に備わる姿勢制御用推進装置アポジモーターで向きを変えると、金属がぶつかりあう音を響かせシキシマの腕に再装着された。

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