これぞ超人と魔剣士
……最初は耳を疑った。
そして思わずニオンは、その大声が響き渡ったクレーターに目を向けた。
「……まさか……あ、あり得ない」
驚愕のあまり大きく見開いた彼の目に写るのは、微動だにせず陥没した地面の中央部に突き刺さっていたはずの電磁魔人の両拳。だが、その鉄拳が左右交互に揺れている。
マグネゴトムの重鉄拳は地形をも変形させる超高速の運動エネルギー弾である。なら、その一撃を受けようものならどんな存在も絶命するだろう。
ではなぜ獲物に着弾して地面にめり込んでいた砲弾たる拳が動いているのか?
……それはつまり鉄拳の下に何者かがいるからとしか言いようがない。
……もっと正確に言えばマッハ四の超高速鉄拳で押し潰された存在が死んでいない、と言うことであった。
「オレを……なめるなよぉ……
そしてそれはズシリズシリと重々しい足音をたてながらクレーターから、ぬっと姿を現した。
全身から血を流しながら、電磁魔人の組まれた両手を担いでいる超人が。
「あてて……骨にヒビが入っちまったようだ……こんなに傷だらけになるのは……ニオンと戦った時以来か?」
頭を激しく打ったのだろうか、オボロはやや意識が朦朧としている様子であった。両目がぐるぐると回り、ニタニタと笑みを見せている。
はたして彼を生物と呼んでよいものか?
強力な兵器を生身でまともに食らって、存命している。
……兵器で死なない者を生物と言えるだろうか?
「いくらなんでも……非科学的……非現実的すぎる」
オボロと戦って負けたニオンから見ても、彼の今の有り様は信じがたいものであった。
かつてニオンは彼の強靭な肉体の前に負けたのだ。
けしてオボロと戦闘技量や経験に差がありすぎたわけではない。
ただ単純に超人と人、と言う生命体としての概念が違いすぎたのだ。
オボロが人外の領域の存在であることは十分に分かっている……しかし、いくら超人だからと言ってマッハ四の巨大砲弾を食らって生きていられるのか? 歩けるのか? 戦闘を継続できるのか?
もはや生物でありながら生物を超越した存在としか、言いようがなかった。
「返すぜぇ! おらぁ!!」
と、戦慄するニオンをよそにオボロの雄叫びが響き渡った。
マグネゴトムの重鉄拳。その巨大な塊をオボロは投げ飛ばしたのだ。
そして木霊するは、金属同士が激突した甲高い轟音。
放り投げられた両拳は見事マグネゴトムの顔面に直撃した。
「ウオォォォ!」
そして鉄拳の衝突で顔面にダメージを受けたらしく、赤いゴーグルアイにピキピキとヒビが入った。
「敵に
目の前には体勢を崩した敵、そんな反撃の機会をオボロは見逃すはずもなく。
ただまだ意識が正気に戻らないのか、オボロはうわ言のような事を発しながら駆け出していた。
「オボロ殿! 奴に触れてはいけません!」
すると、ニオンはとっさに叫んだ。
マグネゴトムの体は大電流を帯びた電磁装甲なのだ。それに触れようものなら、どうなるか。
だがしかし、彼の声はオボロの耳に届かなかった。
「ぐおぉぉぉぉ!!」
のけ反って体勢を崩したマグネゴトムの右足に掴みかかったオボロの体から煙が立ち込めた。
大電流を纏った金属に抱きついたのだ、感電するのは当然であろう。
オボロの肉体が焼けていき火花が散る。脳や神経系統への重度のダメージも避けられない。
しかしだ、オボロは超人だ。
「おっしゃあぁぁぁ!」
響き渡るは雄叫び。
大電流によるダメージなどに怯まず、マグネゴトムの右足を怪力で掬い上げた。
「ムオォォ!」
勢いよく足を掬い上げられた電磁魔人の鈍い鳴き声。
大きくのけ反り左足が浮いた状態で、唯一地面に接していた足を豪快に掬われたのだ。
ならばマグネゴトムはどうなるのか。
転倒して背面から地面に叩きつけられた。金属の巨体が倒れたのだ、瓦礫が天高く舞い上がり、再び大音量がなる。
「……予測以上だ……生命力、耐久力、膂力、全てが」
呟いたのは腕で飛び散る土砂から顔を守るニオン。
そして、五百トン相当のマグネゴトムをひっくり返したオボロに目を向ける。
そんな超人を見て美剣士が抱いた感情は、称賛と虚しさ。
……兵器開発や魔術習得でしか自衛能力を得られない人類を凌駕する超人が存在することへの称え。
そして、ただの人間である自分では到底たどり着けない圧倒的な強靭性を実感したことでの無力感。
「……いや、もはや何も言うまい……本質的には理不尽でもないのだ。彼は、ただ生物の可能性を引き出しただけ」
だが、それでも自分はただの人間。どんなに厳しい鍛練を経てもオボロのような超人にはなれないのだ。
しかしオボロの超人の肉体は、神の助力によるものではない。単純に生物の持つ可能性を引き出し、自力と言うものを極限まで高めただけなのだ。
ならば、それを反則とは言えないだろう。
「オォォム!」
しかし個人の感情に浸っている場合ではない。
転倒したマグネゴトムは、その大きさに見合わない素早さで起き上がり、オボロを見下ろした。
倒れたさい頭部を強打したのだろうか、金属の頭部に亀裂が入り火花が散っていた。
それを見てニオンは何かに気づいたのか、マグネゴトムの腕と脚を注視した。
よく見ると脚が覚束ない様子で、腕も痙攣したかのように震え、ゴーグルアイのごとき目が誤作動でもしたかのように明滅を繰り返している。
「……中枢機能に異常がでているのか」
マグネゴトムの動きが異常になったのは、頭部にダメージを受けてから。つまり中枢機能が備わっているのは頭部なのだろうか。
ならば体の構造は人間に近いのか?
確証を得るため、ニオンは使い物にならなくなった剣を試しに投げつけた。
刃が融解した剣はマグネゴトムの脛に当たり、キンっと甲高い音を鳴らした。
「電磁装甲が解除されている、やはり頭部を損傷したことで各制御機構にダメージを受けたのか」
ならば電磁能力が使用できない今が最大の攻め時である。
「……しかし」
だが、ニオンは今や素手である。それで超金属性の巨人と戦うには、魔剣士とされる彼でも無謀であった。
そうこうしている間にマグネゴトムは鈍いながらも動きだす。
「ムオォォン!」
電磁魔人は右足を持ち上げ、オボロを踏みつけたのだ。
「なんのぉ!」
そして、その踏みつけをオボロは両腕で受け止めた。衝撃で身体中の傷口から血が飛び散り、膝まで地面にメリ込んだ。
「……ぐぬぅ!」
だが潰されまいと、オボロは苦痛と疲労と大量出血で顔を歪ませつつも五百トンからの踏みつけを支えた。
「くっ! こんな時に……」
巨大な足を支えるオボロを見て、ニオンは苛々しながら舌打ち。
踏みつけ攻撃に集中しているため完全にマグネゴトムの動きは止まっている。
反撃に出る好機だと言うのに、なんとも歯がゆい状態であった。
……と、その時だった。
「これを使ってぇ!」
どこからか幼げな少女とおぼしき声が響いたのだ。
そして、ニオンの元に細長い物が飛んできた。どこからか投げ寄越されたようだ。
反射的にニオンは、投げられたそれを掴み取った。
「こ、これは!」
それは見覚えがあるもの。自分に剣術を叩き込んでくれた師範が持っていた刀剣と酷似している。
白を基調とした柄と鞘、美術品のような作り。それは大仙特有の形状をした刀剣であった。
ニオンはゆっくりとした動作で、鞘から刀を抜いた。現れたのは鏡のように輝く刃。
それを目にした瞬間、力を得たような実感が全身に染み渡った。
そしてニオンは片手持ちで刀を構え、マグネゴトムの右足に向かって疾走した。
「オボロ殿! 私が奴を転倒させます、その隙に頭部を! 中枢機構がそこにあります」
そう言ってニオンは、オボロを踏みつけている金属の足の甲に飛び乗った。
そして息を大きく吸い、マグネゴトムの足首めがけ高速で刃を振るう。
手応えはない、しかし斬れてないわけではない。刃が鋭すぎるのか、斬った抵抗を感じなかったのだ。
これを期に、ニオンは連続で足首を斬りつけた。高速で削り取られ、無数の金属片が周囲に飛び散っていく。
そして足首を半分近くまで削り取った時、バキッと砕ける音が響いた。
「……ムオォォ」
削り取られ足首が体重に耐えきれず折れたのだ。そしてマグネゴトムは横に転倒した。
右足がなくなったのだ、すぐには起き上がれないはずだ。そして、それはとどめの時であった。
「
折れて切り離された金属の足を担いで勢いよく突っ込んだのはオボロ。
その巨大な塊を、マグネゴトムの頭部目掛け叩きつけた。
甲高い大轟音が都市を埋めつくす。
マグネゴトムの頭部と足が粉々に砕け散ったのだ。
そして都市で殺戮を働いた電磁の巨大魔人は息絶えたかのように沈黙したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます