地底の暴獣

 それはまさに、生きた大量破壊兵器と言えるだろうか。

 全長百メートル以上にもなる巨体、大地を揺るがす約八千トンもの体重、そんな四足歩行の生物が時速百キロ以上で向かって来ているのだから。

 もし、そんな怪物に突撃されようものならゲン・ドラゴンはひとたまりもないだろう。

 ……と言うよりも、この個体に限らず星外魔獣はすべてが戦略兵器級の生命体と呼んでも、おかしくはないが。

 それが人口の集中した場所を襲撃しようものなら、どれ程の甚大な犠牲が出ようか……。

 オボロもアサムも、その被害規模は五年前に経験済みである。

 そう、成体のマグネゴドムの襲来のことだ。


「どうにかして奴の進行を食い止める!」


 オボロは全身に力を込め、軋むような音をならしながら腕や肩や脚の筋肉を膨張させる。筋肉に血流を送り込み肥大させたのだ。

 そして、これはオボロが戦闘体勢に入ったことを意味する。


「ですが、一人では……」


 アサムは不安そうに、オボロを見上げた。

 小型の星外魔獣ならまだしも、あれ程に巨大な個体を一人で迎え撃つのは無理がありすぎる、と思ったのだろう。

 しかし今現状の戦力で魔獣とやりえるのは、オボロだけである。


「一人だろうがやるしかねぇだろ。アサム、お前は王子をつれてすぐに住民達と一緒に避難しろ」

「……わ、分かりました。気を付けてくださいオボロさん」


 オボロの強い口調を聞いて、アサムは素直に頷き泣きじゃくるレオ王子を優しく抱き寄せ駆け出した。

 ここで、くどくど話していては魔獣の対処に遅れるのは明白である。

 邪魔にならないためにも、オボロの指示に従うのが一番であったのだ。


「ベーン!」


 アサムが走り去ってから、オボロは一匹の陸竜を呼び寄せた。


「ワギャアァ!」


 駆け足でどこからともなく現れたマヌケ顔の陸竜は、オボロの傍らで急停止した。


「ベーン、お前は住民達の避難を助けるんだ。いいかシェルターは使うな。野郎は地中を移動できるはずだ、下手すりゃあカモにされるぞ」


 向かって来ている魔獣は地中から出現したのだ。なら優れた地中移動能力を持つのは確実。

 地下シェルター等に逃げ込むのは危険なことだろう。


「アイッ!」


 指示の内容を理解したらしく、ベーンは吠えると北門を通り抜け都市内に姿を消した。

 住民達は既に避難行動を行ってるらしく、都市内からは大きな物音が響いている。

 そして、オボロは前方から猛進してくる地底の魔獣を睨み付けた。

 仲間達には指示を出し終えた、これで魔獣のもとに向かえる。


「オボロ!」


 跳躍しようと身を屈めた時、女の子の声が聞こえてきた。

 ふらつきながら走りよってきたのはレッサーパンダの少女である。

 やはり右腕が欠損しているため、うまく走れないのだろう。


「ミアナ! お前もすぐに逃げろ」


 身を屈めたままオボロは少女に横目を向けた。


「あれは、いったいなに? 魔物なの……」


 ミアナは巨大な怪物を見つめながら問いかけてきた。

 だがしかし、もう悠長に話してる余裕はない。これ以上魔獣の接近を許せば、不足の事態に陥った時のリスクが大きくなる。


「今は説明してる場合じゃねぇ! とっとと逃げるんだ!」


 それだけ伝えるとオボロは魔獣の方へと飛び上がった。その超人の脚力により地面は陥没し二十トンを越える全裸の肉体が瞬時に上空数十メートルに達した。

 飛び上がる寸前に「ちょっと、まって!」とミアナの声が聞こえたがオボロは無視した。


(オボロ、きこえるか?)


 それは上空から魔獣に目線を向けた時に頭の中に響き渡った。


「お前か」


 頭の中に伝わってきたのは聞き覚えのある声。そして、こんな精神感応ができる者は限られる。

 ニオンに剣術の指南をつけた、あの男であるのは明白だ。


「いったいぜんたい、どうなってやがるんだ! ニオンとムラトが魔獣の討伐に向かったはずだ。なのに、なぜ都市近辺に出現しやがったんだ。まさか別の個体か?」

(どうやら、奴等の策にはめられたらしい)


 男の深刻そうな声が返ってきた。


「……策だと、星外魔獣がか?」


 魔獣がそれほどの知性をもっているのだろうか?

 奴等は強大ではあるが、あくまでもそれだけだと思っていたが。


(そうだ。その魔獣は地域の境界付近で放射線を照射して、おそらくムラトを陽動しようと企んでいたのだろう。そして、ムラトが離れたその隙に都市を襲撃すると言う算段だったのかもしれん)

「くそっ! なら早くあいつらを戻らせねぇと……」

(いや、それもダメだ。陽動だけならまだよかったんだが、あいつらのところには超獣が現れやがった。おそらく、この二体は連携していたのだろう)

「……なんだと」


 男の言葉を聞いて、オボロは顔を歪める。

 今まで宇宙生物は度々出現してはいたが、いずれも単独であった。

 それがいきなり協調して、あまつさえ策まではかるなど予測を上回る行動だ。

 いずれにせよ、今現在最悪の事態に至っているのは確かだろう。


「つまり、あいつはオレ一人でどうにか倒すしかねぇってことか」


 オボロは地面にズシリと着地すると、前方から高速で突進してくる魔獣を見上げた。

 奴はもう間近、あと十秒もかからずにオボロとぶつかるだろう。

 その巨体が動く度に、激震が伝わってくる。

 超獣グランドドスより体重はかなり下回るようだが、大きさは上回っている。それに移動速度は、この魔獣の方が速い。

 超獣よりは劣るなどと油断はできないだろう。

 と、いきなり猛進してきていた魔獣がピタリと動きを止めた。

 その大きく不気味な眼球をギョロリと目線の先に立つオボロにむけた。敵と認知したのか、あるいは行くてを阻む障害物と見たのか、怪物の表情からそれを知ることはできない。

 すると魔獣は大きく口を開けた。

 そして、オボロは直感的に危険を察知する。


「……まずい!」


 危機を感じとったオボロは再び大きく跳躍した。

 次の瞬間、立っていた地面に閃光が駆け抜ける。

 それは魔獣が口から照射した怪光線であった。光線は大気を焼きながらオボロが立っていた背後の地面に直撃し命中部位を一瞬にして気化させ吹き飛ばした、さらに照射部位を起点に周囲の土壌がドロドロに溶解していく。

 魔獣はそのまま頭を振り回して、怪光線を乱射して周囲の地面を焼き払った。

 怪光線を照射された大地は赤く発光して吹き飛んだ。


「……ちっ! なんだ今のは」


 オボロは魔獣の背後の大地に降り立ち身構えて舌打ちをした。あのような武器があっては真正面から挑みかかるのは不味いと考えたのだ。


(これは分子構造の破壊……分子破砕光線か)


 男が怪光線を分析したらしく、頭の中に声が響き渡る。


(いくら頑丈なお前でも、あれをまとも食らうと無事ではすまんぞ)

「ああ、見りゃあ分かる」


 大地を瞬時に気化させてしまう程の光線なのだ。いかに超人の肉体を持つオボロでも、あんな攻撃を受けて無傷ではいられないだろう。


(ひとまず初めて見る個体だ、怪地底暴獣かいちていぼうじゅうゴドルザーと呼称する)


 するとゴドルザーは、再び都市に進撃を開始した。

 その巨体が、また動き出したため大地が強烈な震動に襲われる。


「ギュアァァァオォォァン!!」


 そして地底の暴獣は凄まじい大咆哮を深夜の空間に響かせた。それは、まるで激戦の始まりを意味しているようであった。

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