活発化する異常
破壊しつくされた王都には、無数の毛玉人の亡骸が転がっていた。
戦って死んだ兵士や魔導士、抵抗もできずに殺された民間の老若男女。
まさに虐殺の後に残される光景であろう。
しかし、そんな無惨な場所で機械的に黙々と動き回る者達がいた。
その兵士達が纏う鎧には、七支刀のような剣に巻き付く大蛇を思わせる紋章がある。それはゲーダー帝国軍の兵士であることを意味していた。
しかし、そんな兵士の装備は手入れがされていないように錆び付き、痛んでいた。
それだけではなく、兵士一人一人が普通の人間とはかけ離れた様子である。
肌は青黒く、歯は黄ばみ、左右の目は違う方向をむき、全身がヌメヌメと脂ぎっていた。
「ぬぐうぅぅ!」
「ふへ……ふへ……ふぅえへへへ」
彼等のあげる声はいろんな高さの音が混じりあったようであった。
そして個々に苦しそうな苦悶の表情をしたり、愉快そうに微笑んでいるなど、表情もバラバラとしている。
そんな不気味な兵士達が何をしているのかと言うと、死体と化した毛玉人から衣服などの身に付けている物を剥ぎ取り、その屍を一ヶ所に集めていたのだ。
犬、猫、狼、などあらゆる容姿の毛玉人達の亡骸が無造作に積み上げられ一つの大きな山が形成されていく。
そして王都で死んだ全ての人々は裸にされ、死体の山の一部となった。
「……いたしんぶ……くうかんちょうやく……しいか……」
すると死体の山の傍らにいた一人の兵士が、掠れたような声を発した。
その兵士からは、まるで感情など感じられない。ただ、不気味にニヤニヤとしているだけ。
そして、それは起きた。山の近くの空間が歪みだしたのだ、明らかに自然に発生する現象ではない。
「ギィイイ! ググググ」
歪んだ空間から、唸るような鳴き声をあげる何かが姿を現した。
それは赤黒い肉の小山であった。全身の至るところから脚や触手のような器官が生えている。
高さは六メートル程で、差し渡しは二十メートルを越えているだろう。
肉の小山は無数に生えている脚のような器官を動かし、毛玉人の屍にズリズリと引きずるように近づく。
そして肉の小山の天辺部が裂けた、その内部には鋭い歯がいくつも並んでいる。どうやら食物を取り入れる部分のようだ。
肉の小山は触手を伸ばして毛玉人達を絡めとると、死体を裂け目の中に放り込み始めた。
すると、ピチャッ、グチャッと濡れた物を叩くような音と、ガリッ、バリッとなにかが砕けるような音ととが合わさりバイナルの王都に響きわたるのであった。
「……んげるねえ……かくほ……みこりと……おわりしだい……かきえ……きかんする」
死体が食われている脇で、兵士が意味不明な言葉を発するのであった。
そこはペトロワ領と王国の領地との境界から十キロ程南下した位置であった。
泥沼に下半身を沈めて、息絶えたゴブリンがいた。その頭や上半身には、いくつもの傷がある。
沼にはまって、身動きを取れなくなった
しかし、おかしなことだ。ゴブリンのような弱小魔物が攻撃魔術などを食らえば、もっと激しい損傷を負うはずだ。
……では、なぜ。
理由は、この事切れたゴブリンが巨大だったからだ。
そのサイズたるや巨躯と言う言葉でも物足りない、掌だけで成人男性に匹敵するほどの巨体だったのだ。
このゴブリンの正体は、
その巨体に見あった耐久力と膂力をもつため、数発の魔術では倒せない存在である。
そして、この怪物を倒したであろう者達が息を荒げていた。
「……め、メリッサ隊長……どうにか倒せましたね」
そう言ったのは、座り込んで荒い呼吸を繰り返す親衛騎士の新米であった。
そして新米であるジーノ・メップの視線の先には、たくましげな女性隊長が佇んでいる。
「ああ、だが私達はまだ習練がたりない。この程度で苦戦するようでは……」
その騎士隊長にはあまり疲れた様子がなく、小刻みに肩を上下させるだけであった。
王国最高の騎士であるメリッサ・フェノスは、不甲斐なそうに自分の後ろで寝転んでいる数十人の騎士に顔を向ける。
全員が疲労困憊で立てないでいるのだ。
とは言え、彼等が弱い訳ではない。ただ単にメリッサとメップの実力が高いだけなのだ。
これもニオンの下で鍛えあげた賜物だろう。それに、メリッサに至っては変異性魔物と戦った経験もある。
最近のものでは、ペトロワ領内にある工業の街ホーガスの近隣で目撃されていた、
その魔物は、猿のような姿をしており体の各所が黒い羽毛に覆われている、そして口から煙幕を吐いてこちらの視界を遮り、奇襲を仕掛けることを得意とする怪物だ。
しかし、突如としてその類いの魔物が地域の境界を越えて王国の領地に入り込んできたのだ。
……ことの始まりは、地域の境界を警備していた兵から極めて巨大なゴブリンが南下していると言う連絡があってからだった。
メリッサは南下しているゴブリンが通常の魔物ではないと悟り、自分達の出動を女王に嘆願したのだ。
そして、今にいたる。
「変異性魔物と戦うのは初めてでしたが、正直ここまで強いとは思いもしませんでした」
そう言いながら、メップは大暴鬼の亡骸に視線を移す。巨体でありながら、異常なまでに俊敏だったのだ。
十数メートルもの大きさでありながら攻撃魔術を避けるなど、その巨体に見合わない程に素早かったのだ。
「でも、さすがメリッサ隊長です。魔術で泥沼を生成して、そこに誘導して動きを封じると言う戦術を考えるなんて」
そして今度はメリッサに目を向けて、メップは彼女に称賛をおくった。
しかし、メリッサはそんな称賛を気にかけなかった。彼女は異様さを感じていたのだ。
そして、メリッサは考えこむ。
変異性魔物はペトロワ領でしか発生しない魔物。この強力な魔物達が別の地域に渡ってくると言うことは、あの怪物を恐れて逃亡してきたことを意味するはずだ。
「……また、星の外からあの化け物がやって来たのか?」
メリッサがそう呟くと、地鳴りのような音が響き渡った。
「メリッサ隊長! あれを!」
メップは叫びながら北に向かって指さした。
地平線から幾つもの大きな頭が現れたのだ。その数は二十一。
「……タイラント・ゴブリン!」
メリッサは、こちらに向かってくる巨体のゴブリン達を見て息をつまらせた。
境界の警備兵から、別の大暴鬼がこっちに向かってきているなどの連絡はないはずだが。
……いや、こんな魔物達が疾走してきたのだ。連絡をしてくる警備兵達が無事であるはずがない。
だが魔物は、それだけではなかった。大暴鬼達が近づいて来るにつれ、それが分かったのだ。
巨体のゴブリン達の足下に、別の類いのゴブリンがいたのだ。
それは石のような外殻に包まれたゴブリン、
「……む、無理です」
「た、隊長! 一度撤退しましょう。いくらなんでも今の戦力では……」
メリッサの後ろで疲れきっていた騎士達が震えながら声をあげた。
ただのゴブリンの群れなら、今の戦力で十分だろう。しかし、今向かって来ているのは変異性魔物の群れ。
いかに王国精鋭でも、この数を相手にするのは無謀である。
現実的に考えるなら、一度退いて戦力を整えてから挑むのが賢明だろう。
しかし、明らかに何か異常なことが起きている。これ程危険な魔物達がつるんで、別の地域に流れ込んで来るなど。
「いたしかたなし、全員撤退するぞ!」
メリッサが撤退を宣言した時だった、また大きく地面が揺れたのだ。
騎士達とゴブリンの群れの中間地点。
その位置の大地が盛り上がる、そしてはぜるように地面が吹き飛んだ。
大地から巨大な何かが姿を現したのだ。
土煙を纏った巨体は四十五メートルにもなり、その体は金属で作られていた。
「さて試運転だ。
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