魔の都を焼き尽くせ

「……宇宙から飛来せしめし正体不明の生物群、星外魔獣コズミックビースト


 そう呟くように言ったのは魔王の城で最も高い建物である見張り台に佇む一人の男であった。

 その顔はガスマスクで覆われ、渡世人を思わせる服装をしている。その謎の男は壊滅したみやこを一望し、九つある白い尾を揺らめかせた。


「生物群全体が極めて高度な自己成長能力をもつ超絶生命体」


 ガスマスクから漏れるのは、くぐもった不気味な声。マスクのせいで声質が歪んで聞こえるのだろう。


「その本能は飽くなき破壊と殺戮衝動、そして並の知性体を凌ぐ程の成長と強化の願望。星外魔獣やつらは戦闘経験と情報を得ることで成長する。ゆえに高度な文明が築き上げられた惑星を襲撃するんだ。だからこそ機械的なエネルギーや電磁波に引き寄せられる、そしてより優れた文明には……つまり城の地下室にある膨大なエネルギー生成システムである人工太陽が規格外の化け物を誘き寄せたんだ」


 そして男は、いたるところに倒れている魔族達の死体に目を移す。その亡骸達は、目を半開きにし、口は歪み、表情をひきつらせている。

 

「転生者の分際で勝てるわけがなかろう。……今や魔術や神の力をも抹消する程に成長と進化をとげた、さらに極限に達すると……」


 そう言っている途中だった。突如震動が響き渡った。魔王の城だけでなく、都市をも揺るがすほどの衝撃であった。

 男は顔を上げて、都市の外に目を向ける。

 そこに写るのは、土煙を纏わせた山のようなものであった。

 それは二足で直立する竜のごとき姿。しかし竜のような鱗も翼もない、あるのは暗緑色の表皮に非常に力強く発達した四肢。そして高さは百メートルを越えているだろう巨体。

 それは生物の概念を遥かに凌駕する巨体と質量。それが地面を突き破り出現したのだった。


「おっと、怪獣のお出ましか。とっとと引き上げんと焼却まるやきにされるな」


 そう言ってガスマスクの男は怪獣と呼んだ存在に背を向ける。

 そして怪獣は地響きをならしながら都市へと近づいてきた。

 

「お前は、なぜこの世界に来たのだ? ……あれに対抗する力として、やって来たのか。いや、今のお前に聞いても意味がないな。怪獣本人の意思を聞かねば」



× × ×



 最後の目的地に到着した。それは魔王の都市。

 魔族を殲滅するため俺は魔族達の領域を転々と回り町を壊滅させながら、魔族の本拠地であるここを目指して地底を掘り進んでいたのだ。

 高速振動する爪により、思ったよりも早く都市に到着することができた。

 そして最後の役割を決行するため俺は都市に歩みよる。


「ようクサマ、隊長達はどうしてる?」


 都市の門付近で待機していた金属の巨人に問いかけた。巨人とは言え俺から見れば小さいが。

 こいつも空から魔族達の領域を回り、街や逃げ出した魔族達を蹂躙していたはずだ。


「ン゛マッ!」


 そう無機質で独特な声なのかよく分からない音を出すと、クサマは城の方を指差した。


「そうか、まだ調査中か」 


 この魔族のみやこの中には、外部に漏れると不味い物があると聞いている。それは現代には行きすぎた知識と技術。

 もし、それらが流出したなら、この大陸で何が起こるか予測できないのだ。 

 ゆえに調査したのち都市ここを消し去るのが一番安全なのだ。


「これも致し方なしか」


 都市内に転がる魔族達を見て俺は呟いた。

 制圧に化学兵器を利用することは事前に知っていた。

 施設等を破壊せずに拠点の占領ができる制圧法で、また労力も伴わない。極めて効率的な手段だ。

 人道的に考えても、魔族達こいつらはそもそも人間ではない。だからこそ隊長達は躊躇わず化学兵器の使用を決めたのだ。

 そうこう考えていると、オボロ隊長とニオン副長が大きな通りを歩いているのを発見した。

 門があるこちらに向かってくるあたり、調査は終わったようだ。

 そして門を潜り抜けた隊長は、やや深刻そうな表情で口を開いた。


「ムラト、この都市を消してくれ。色々と話はあるが、まずはここを潰してからだ。ここにあるものが出回ると取り返しがつかなくなるからな」


 そう俺に指示を出して、隊長は都市を親指でクイクイと指差した。話や表情から分かるが、結構ヤバイ状況なのかもしれん。


「分かりました。この周辺には誰もいませんね、すぐに取りかかります」


 念のため触角で周囲に誰もいないか確認して、隊長に返答した。


「ああ頼む。ベーンと勇者連中は避難済みのようだし、派手にやってくれ。フルパワーでのあれの使用を許可する」


 その言葉に頷き、俺は都市の中央を目指して足を踏み出す。防壁を蹴り崩し、家々を粉砕し、魔族達の遺体を踏み潰しながら突き進んだ。

 ……隊長が言っていた、フルパワーでのあれ。かつて二国の争いに巻き込まれたサンダウロでの戦い、あれ以来の使用だ。

 とは言え、前よりも俺は成長しているため現状の威力は分からない。

 都市中央である魔王の城付近にたどり着くと、クサマが飛び去っていくのを確認した。隊長達が乗ってここから退避したのだろう。

 クサマが遠くへ飛び去っていくのを見とどけると俺は顔を下に向けて、その巨大な顎を開く。

 そして喉元の圧縮器官に燃料を充填する。以前よりも火力が上昇した新型燃料を。

 それを最大まで溜め、一気に吐き出した。一瞬にして周囲が真っ白な閃光の世界に変わり果てる。

 凄まじい爆音と超高熱と真っ白な火炎の大洪水であった。言葉で告げるなら、まさにそれである。

 太陽の表面と同等の六〇〇〇度にもなる白色の超高熱火炎。それが、ものすごい速さで四方八方に拡がり全てを飲み込む。魔族の死体、建物、地面、この場にあるもの全てが焼かれていく。

 口から放射された火炎は都市一つを包み込むに止まらず、防壁をも粉砕し周囲に広がっている荒野も焼いた。


「……前よりも危ねぇな、こりゃ」


 火炎放射を終えた後に広がっていた光景は直径五キロにもなろう灼熱の火炎地獄であった。

 この空間で生きていられのは、熱核攻撃にも耐えられる怪獣だけであろう。

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