傷心の騎士

 夜空の下、ユウナはやや遠くに存在する街を眺めていた。それは大きめの街で、分厚い防壁に覆われ厳重ななりをしている。

 今のユウナは元勇者であって、英雄でも特別な存在でもない。彼女は、ただの戦士としてここにいるのだ。視界にうつる魔族の街を殲滅するために。


「おかしい、気づかれているはずなのに……」


 怪しげに呟くユウナ。

 ここは魔族の領域のため草木などなく不毛なため、身を隠す場所がない。魔族達が放出する毒素で緑が枯れ果てたためだ。

 夜とはいえ月が明るく、ユウナの後方には百人程のメルガロスの騎士達が待機している。ゆえに、かなり目立っている。

 魔族の街から見れば、自分達など丸見えのはずだ。だが、武装した輩が目の先だというのに魔族達は警戒した様子もなく街は穏やか様子であった。


「不気味なほどに、静かね。まさか気づかれてないの?」

「何言ってやがる。連中、すでに戦の準備はできてるぜ」


 怪訝そうにしていたユウナに声をかけたのは、四メートル半を軽々越える巨躯であった。

 その巨体が、ずんずんと大地を揺るがしながら元勇者の傍らに歩み寄る。

 オボロの肉体は今や二十トン以上になっており、動くだけで地が振動するのだ。


「こいつを通して正門を見てみろ」


 そう言ってオボロは腰の道具袋から双眼鏡を摘まむように取りだし、ユウナに手渡した。

 異常な成長による巨大化により、今まで使っていた道具類はサイズが合わなくなっていた。


「……あれは!」


 ユウナはオボロに言われたとおり双眼鏡を通して正門を眺めた。そして気づいたのだ。


「この距離からじゃ分からなかったけど、門に何かがはられてるみたい」


 拡大して見ることでユウナは街の正門が半透明な膜のようなもので覆われていることを理解したのだ。


「間違いない、魔術による防護壁が展開されている」

「それだけじゃないな、おそらく魔族どもは入り口を包囲しているはずだ。防壁を破って中に侵入できても、その瞬間に魔術で蜂の巣だ」


 街の魔族達はすでに戦闘の準備を完了させていたのだ。だからこそ慌ただしい様子もなく、物静かだったのだろう。


「……どうしよう、どうすれば?」


 ユウナは困惑した。

 真っ向から挑めば、数で劣るメルガロスの方が明らかに不利である。

 しかし戦術が思い付かない。

 身を隠す物があれば、隠密に街に接近して奇襲でもできたのだろうが、ここは草木一本もない荒野である。

 どう考えても、正面からの戦闘になるとしか思えない。


「普通ならムラトかクサマを使って一方的に殲滅もできるんだろうが、そうもいかねえからな。あいつらも、魔族達の掃討で大忙しだ」


 オボロは街に目を向けながら語った。


「それに、あまり時間を与えちゃあいけねぇ。時間がたてば魔族どもは逃亡する算段も考え出すだろう。そうなると厄介だ。……すぐに攻めるべきだな」

「でも、正面から突っ込んでも数に差がありすぎるよ。……それに」


 ユウナは振り返った。そこにいるのは身を震わせた騎士達。そして、またオボロに目を戻した。


「なぁに、ちょっとした策はある。ちいとばかし、粗っぽいがな」


 不安気なユウナに、オボロはニヤリと口角をあげて答えた。

 そして今度は魔族の街ではなく、周囲の大地を見渡しだした。


「見てみろ、この荒れた大地を。魔族達がばらまく毒を千年以上も吸い続けて死にはてた土地だ。……放置しておけば、他の国も浸食される。あんな奴等は、この世に存在していてはならない」


 そう言い終えるとオボロは、背後にいる騎士達の様子をうかがった。

 みなが顔を青くさせていた。

 こんな少人数で魔族がうごめく街に攻めこまなければならないからだ。明らかに自殺行為だ。

 相手は魔王軍の魔族ではないが、高い魔力と身体能力を誇ることにかわりはない。

 訓練されていない魔族とは言え、数は圧倒的。袋叩きにされるのは目に見えていた。

 そもそも騎士が、こんなに少ないのには原因がある。

 先日に出現した星外魔獣コズミックビーストたるガンダロスにより、多くの騎士達が死傷したからだ。それにより、大きく戦力を削がれてしまったのだ。

 まともに動けるのは、ここにいる百人程度の者達だけ。

 それに彼等は心身ともに疲れきっていた。魔族以上の脅威たる宇宙生物との接触、それによって無惨に殺された人々、そして偽りの五年間。

 真実と凄まじい恐怖を知り、騎士達の心はボロボロだったのだ。


「あぁ、くそっ! くそっ! もう嫌だ! こんなことのために騎士になったんじゃあ……」


 一人の若い騎士が震えながら叫ぶ。彼は立派な騎士になることを胸にして女王につかえた。

 だが、その理想は今回の出来事でへし折られたのだ。

 女王の側に仕えて、人々に賞賛されて、美人な女性と結婚して幸せになる、それが理想であった。

 しかし本物の戦いとは、仲間達がミンチと化して飛び散り、その血肉が自分の体にへばりつくものだった。ガンダロスの襲撃で、その恐ろしい現実を知ってしまったのだ。

 それに、これから少数で魔族の大群の中に突っ込まなければならない。絶望的である。


「お前ら、いつまで怖じ気づいている。戦いと死は覚悟のうえで騎士になったんじゃあねぇのか?」


 騎士達に厳しい言葉をあびせるオボロ。


「お前らが亜人と呼んでバカにしていた奴等は、逃げずに今まで魔族と戦ってきたんだぞ! それなのに正規の騎士が何て様だ!」


 オボロは騎士達を見渡しながら声を荒げた。


「強制はしねえぜ、帰りたい奴はメルガロスに戻ってもかまわん。だがな覚えておけ、ここで逃げるなら剣は二度と握るな。もう英雄の時代は終わった、これから必要なのは腹を括って戦う奴だけだ。……最後に言っておく、家族のそばで一生をすごすのも間違いではない。好きにするんだな」


 オボロの言葉を聞いて、若い騎士が顔をあげた。


「……死にたくない。でも、戦わなければ生き残れない……くそ! くそ!」  

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