血塗られる女王の間
金属のぶつかりあうような音が幾度も反響する。
元剣聖候補の少年少女と魔王の付人の二人の少女が、女王の間で凄まじい剣戟を繰り広げていた。
マガトクロム合金の剣と魔術により形成された光の刃が火花を散らして荒れ狂う。
「な、なぜだ? なぜこんなことを? これが英雄のやることか! 降伏した者に攻撃を加えるなど!」
銀髪の少年と鍔迫り合いをする魔族の少女が叫びを響かせる。
ミースも、その少女に負けまいと自分の剣に力を込めて押し込む。
「さっき女王様が言っただろ、お前達魔族とは共存できない。今までメルガロスは、戦闘以外で魔族達を攻撃しなかったが事情が変わった。お前達に戦う意思があろうとなかろうと、一人残らず死んでもらうしかない」
ミースのその言葉を聞いて、魔族の少女は戦慄した。彼等は降伏など許さず、自分達を根絶やしにしようとしている。
……戦わなければ殺される。なぜ自分達が死ななければならない?
「ちくしょぉぉぉ!!」
少女は怒りと生きたいという本能に身を任せ剣を振り回す。そして、その顔には悲しみと恐怖の涙が伝っていた。
「いさぎよく死を受け入れて。じゃないと悲しく、苦しいだけだ。……たのむ、わたしだって本当はこんなこと……」
「ふざけるなぁぁぁ!!」
悲しげに語るジュリの剣に、魔族の光の刃がぶつかる。魔族の少女の表情は怒りで歪んでいた。
「何もせず殺されろと言うのか? ふざけるな! こんなこと許されるのか。あたし達はもう戦える力は残ってないのよ! それなのになぜこんなことを?」
そんな彼女達の斬り合いを、魔王は混乱しながら見つめることしかできなかった。
ルキナの傍らには主君を守ろうと光の刃を手にまとった付人少女の三人が佇む。
「……な、なんで? どうして?」
ルキナは体を震わせる。なぜ、こんなことがおきているのか。
ルキナは今にも泣き叫びそうな表情を女王メリルに向けた。
「メリル様! お止めください、このようなこと! 私達に何か気に入らないことがあったのですか? それでしたら誠意を持って謝罪しますから、どうか!」
ルキナは悲痛な叫びをあげた。そんな彼女を見ても、やはりメリルは無言で哀れむように視線を彼女達に送るだけであった。
「ちっ……答えろぉぉぉ!」
何も言わない女王の態度に激昂したのか、ルキナのとなりにいた一人の魔族の少女が光の刃を振りかぶって駆け出した。
「まって! ミリア!」
怒りに身を委ねたミリアはルキナの制止を無視して、女王に向かって猛進する。
今、女王のそばにいるのは長身で銀髪の青年ただ一人。白い軍服で腰に剣を携えているようだが、英雄どころか城の騎士ですらなさそうだ。
こんな奴に負けるわけがない、そう思いミリアはわずかにニヤリとする。
「迂闊すぎたわね、女王」
メリルの側にいる護衛は、たったの一人。これはチャンスである。
ここで女王の首をとれば、魔族はまた巻き返せるかもしれない。ミリアは、そう思った。
「その首もらうわ!」
ミリアはためらうことなくメリルに向けて刃を振り下ろした。
しかしガキンッという音が響いただけで、女王に刃が到達することはなかった。
メリルの傍らにいた銀髪の青年が刀でミリアの渾身の一撃を軽々と受け止めていたのだ。
見えなかった、その青年はいつの間に抜刀したのか。
しかもミリアの手に纏われていた光の刃が真ん中あたりから、ポッキリと折れていたのだ。
攻撃した方が破損するなど、この男の刀が並の武器でないことは明らかであった。
「くそっ!」
攻撃が失敗に終わり、ミリアは跳躍して女王と銀髪の剣士から距離を離した。
……しかし。
「
「……うぐぅ!」
美青年が穏やかな表情で何かを呟いたとき、ミリアは腹部に焼けるような痛みを感じた。
彼女は思わず自分の腹部に手をやると、べチャリと濡れていることに気づいた。
「なにこれ? もしかして……」
そして失禁でもしたかのようにミリアの足下の床が濡れていた。しかし、その床にまかれた液体は葡萄酒のように赤黒い。
思わず膝を地につけた瞬間、彼女の目の前に蛇のようなものが散らばる。それは血に濡れていた。
「……ぐぽっ……ごはっ」
そして、ミリアはいきなり口腔と鼻孔から血を溢れさせた。彼女の目の前に散らばった蛇のようなものは、自分自身の熱いぬらぬらとした桃色の腸であった。
銀髪の剣士と刃を交えた刹那に腹部を十字に斬り開かれていたのだ。
「がはっ! ……げぇうっ!」
ミリアは絶叫をあげたくとも溢れてくる吐血で、まともに声が出せなかった。
飛び出てくる腸を手で押し戻しても、ドロドロとまた漏れだしてくる。
「ミリアぁぁぁ! いや、いやぁあぁぁぁ!!」
ミリアのあまりの惨たらしい状態に魔王ルキナは悲鳴を響かせた。
「ニオン、彼女を楽にしてやるのだ」
惨状になって初めてメリルは口を開いた。
「はい」
そして女王の命令にニオンは小さく返事をする。
ニオンは血を吐きながら苦しむミリアの前で方膝をつくと、彼女の切り開かれ腹部に右手をずぶりとつっこんだ。
「げえぇ……うげぇ」
ミリアは気絶しそうな激痛に襲われる。しかし、それでも吐血のせいで悲鳴があげられない。変わりに口と鼻から泡立った血を溢れさせた。
そしてニオンは、彼女の体内を掻き回すように右手を動かす。彼の手は丁度、ミリアの胸骨の裏側に到達しているだろう。
そして何かを見つけたのか、ニオンはミリアの体内から腕を抜き取った。それに合わせて腸がドロドロと溢れた。
ニオンの手には血で汚れた紫の結晶体が握られていた。その結晶体には管のようなものがまとわりついており、ミリアの体と繋がっていた。
「これを見てほしい、これは魔族達の心臓部といえる魔粒子を崩壊させる触媒なんだ」
「……ぐはっ……がぼっ」
ニオンは冷静に説明するが、ミリアは苦痛と吐血で返答することができなかった。
「すまなかった、すぐ楽にしてあげよう」
そしてニオンはミリアを苦しみから解放させるため、彼女の心臓部である結晶体を床に置いて踏み砕いた。
ミリアは白目をむくと、どさりと倒れた。痙攣すらしない、即死であった。
「貴様!」
「おのれぇ!」
ミリアを殺された怒りと悲しみで、ルキナの傍らにいた二人の少女が刃を構えて駆け出した。
今の彼女達から見ればニオンは血に濡れた白い悪魔、いやそれ以上の何かといえるだろう。
「マイ! アイシャ! やめて! 戦っちゃだめぇぇぇ!!」
二人を引き止めようとするルキナは叫ぶが、空しくマイもアイシャもそれを聞き入れなかった。
今だに剣戟を続けるミースもジュリも強いが、あの銀髪の美青年は確実に何かが違うのだ。
そして彼女達がニオンの間合いに進入した瞬間に勝負はついていた。
二人を襲ったのは、目で捉えられぬほどに神速な斬撃であった。
「ああ! う、あぁぁぁ!!」
魔王の絶叫が反響する。
マイもアイシャも悲惨な姿となりはてた。ルキナはその瞬間を見てしまったのだ。
床に両膝をついたマイの胸元で何かがブラブラと揺れている、それは首の皮一枚でつながった彼女の頭。
アイシャは両腕もろとも胴体を横に
「いや……こんなのなんて……こんなの」
ルキナは仲間の無惨な死を見たショックと恐怖でその場に座り込んでしまった。そして彼女は尿で床を濡らした。
そんなルキナに無慈悲にじりじりとつめ寄るニオン。
それに気づいたのか、元剣聖候補達と戦っていた二人の魔族が剣戟を中断して魔王のもとまで跳躍した。
「ああ、いやあぁぁ……」
ルキナは錯乱しているのか低い悲鳴をあげている。
「なにやってるの立ちなさい!」
「しっかりしなさい、ルキナ!」
「……シンシア、クレディア」
二人の叱責が効いたのか、ルキナは我にかえった。
「ルキナ、今のうちに転移魔術で逃げなさい。詠唱の時間は稼いであげるから、もう魔王の力はないから無詠唱は不可能でしょ」
「な、何を言っているの……シンシア。私一人でなんて……」
「残念だけど、それは無理ね。誰かが詠唱の時間を稼がないと……その仕事は、わたし達がやるわ」
「クレディア、お願いやめて!」
彼女達が話している間にも、ニオン、ミース、ジュリが距離を縮めてくる。それでもルキナは詠唱を始めようとしない。
そんな彼女に業を煮やしたのか、シンシアが怒号をあげた。
「何してるの? はやく魔術を使いなさい!」
「できるわけないじゃない、二人を見捨てるなんて! これは魔王の命令よ、あなた達も一緒に!」
「もう魔王ごっこは終わりよ!! 今は自分が生き残ることを考えなさい! 最後くらい
二人が駆け出すのと、ルキナが詠唱を開始するのは同時だった。
ルキナは心の中で何度も謝り、転移の魔法に身を委ねた。
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