激戦の後

 ガンダロスが爆砕した場所を中心にして、広い範囲に渡って土壌が真っ赤に輝きドロドロに融解している。まるで溶岩の海である。それだけ強烈な熱が放出されたのだ。

 ガンダロスの一部と思えるような金属片も見当たらない、確実に奴が消滅したか確認しなければならないだろう。

 そのためクサマは、ゆっくりと降下して周囲を見渡した。

 地面が溶岩のように流体化して煮えたぎり、夜空を眩く照らしている。融解していない地面はカラカラに乾ききっていた。

 その時、ナルミの声紋コントローラーから指示が届いた。


(クサマ、ガンダロスが完全に倒せたか分からないから警戒して。地表の熱が抜けるまでは、調査どころか近づけもしないから。だから上空で監視をつづけて)


「ン゛マッ!」


 クサマは返事をすると少しばかり上昇して、空中で仁王立ちするように構えながら、監視にあたった。

 地面の超高温がなくなるまでは、立ち入り不可能な状態であった。





 城の大広間では呻き声や絶叫が響いていた。

 多くの負傷者が運び込まれていたのだ。

 手足がちぎれた者や、全身火傷、凍傷、頭が無くなった赤ん坊を抱きながら嗚咽する女性、ちぎれた自分の腕を呆けたように見つめる男性、肋骨が剥き出しになって泣きわめく少年、かなり悲惨なありさまであった。

 それに、ここにいる負傷者とてごく一部であろう。王都の至るところでも負傷者が収容されているに違いない。

 そして数多の遺体も……。


「こ……こんな、どうして……」


 そんな場に駆けつけたミースは、あまりの凄惨な現実に言葉を失う。今までこれ程の被害を見たことがなかった。


「私達も手当てに、あたろう」

「アサムは、どこ?」


 同じく駆けつけたニオンとナルミは冷静に現状にあたろうとした。それだけ、このような場所になれているのだろう。

 治療魔術を扱える者達が主力になって今の場を対処しているが、明らかに人手不足であった。

 勇者一党や正位剣士達も加わっているが、焼け石に水である。

 それに、かなり治療が遅れていたようだ。

 ガンダロスがいたため、治療魔術が使用不能になっていたのが原因であろう。

 

「……まさか、ここまでとは」


 星外魔獣は一体だけでも、都市に大災害を与える。それを改めて理解させられる情景に、ニオンは苦々しく呟いた。

 そんな彼の下に、慌ただしく一人の女性が姿を見せた。


「に、ニオン頼む! すぐ来てくれ!」


 それはメルガロスの女王であった。彼女は蒼白で小刻みに体を震わせていた。気が動転しているのだろう。


「どうしたのですか、メリル様?」

「あ、アサムが……」


 二人の話を聞いていたナルミの動きは速かった。アサムの名を耳にした瞬間に走り出していたのだ。

 それに倣い、ニオンとメリルも彼女の後を追う。

 たどり着いた先には、死んだように眠るアサムが横たわっていた。


「アサムぅぅぅ!」


 ナルミは泣き叫ぶように、アサムの傍らに膝をつく。

 それに併せメリルも泣き崩れた。


「す、すまぬニオン……こんな私を庇って、アサムは……」

「……メリル様」

「私が治療魔術を施して傷は塞いだが、目を開けてくれないのだ……心臓は動いているのに」


 彼女は両手を床につけ願望するように叫んだ。


「頼む、ニオン! 私の首を、この場で斬り飛ばしてくれ! こんな無能な女王など……私は私自身を許したくない……私の誤った行動で」

「……落ち着いて下さい、メリル様」


 弱々しい声が聞こえた。

 メリルは、ゆっくりと顔を上げて声を発した人物に目を向けた。

 顔をくしゃくしゃにして涙を流すナルミに支えられながら、アサムが上半身を起こしていた。


「……僕は大丈夫ですから、すぐに皆さんの治療にあたりますね」


 そのとたん、メリルは飛び付くようにアサムに抱きついた。隣でやや不快そうな表情をするナルミには気付かず、アサムをギュッと抱き締める。


「……良かった……目を覚ましてくれて」

「すみません、心配をかけて。……ぐぅ!」


 アサムは、メリルを安堵させて立ち上がろうとした。しかし体に、まだ痛みがあるらしくしゃがみこんでしまった。


「アサム、無理をするな!」

「そうだよ、昨日から無茶が続いているんだから!」


 メリルとナルミは腫れ物を扱うように、アサムを横にする。

 意識が戻ったからと言って、無理はできない。傷は塞がっても、アサムの体は限界に近いであろう。

 ドワーフの集落での戦いで負傷し、さらにはその後も無理して負傷者の治療をしていた。

 そして今回は噴進弾の流れ弾で、吹き飛ばされたのだ。

 その小さく、ふくよかな体は酷使しすぎている。


「申し訳ありません、メリル様。僕がこんなことになったばかりに……」

「バカを言うな、すべては私のせいだ! 何も考えずに外にでたから……お前は、そんな私の身を……」


 メリルは悲痛な気持ちで、押し潰されそうになる。

 あの時、アサムは外は危険だと言っていた。それなのに目の前で行われていた未知の戦いに、夢中になってしまった。

 そして流れ弾が近づいていることにも気づかず……。


「アサム殿、無理はしないでほしい。あとは私達に任せて、君は体を休めるんだ。分かったね」

「はい。後のことは、頼みますニオンさん」


 ニオンに頭を撫でられたアサムは、眠るように目を閉じた。

 疲労困憊だったのだろう、すぐに寝息が聞こえてきた。





 アサムが眠りに入った後は、ニオンやナルミも加わり人々の処置にあたった。

 しかし、それでも満足なことはできなかった。

 危険な状態にある者のみに治療魔術を使い、他は薬品などでどうにかするしかなかったのだ。

 ……いったい何人の命が消えたであろうか。 

 一段落した頃には、多くの者が疲れはて、倒れるように眠りについた。

 メリルもナルミもミースも勇者一党のユウナ、ジュリ、ヨナも。

 しかしそんな中、疲れはてた様子もなく城の正門を潜る銀髪の青年がいた。


「うかつだった、ムラト殿はおそらくあの時に……」


 ニオンは正門から、ガンダロスが爆砕した地点に目を向ける。今だに熱がおさまらず陽炎が見える。その上空では今だにクサマが監視を継続していた。

 そしてあることを思い出す、ドワーフの集落で魔族達と戦う前に、ムラトが上空から不穏な気配を感じていたことを。

 おそらく、あの時ガンダロスが上空を通過していたのだろう。

 そして、もう一つ気になることがある。

 なぜ機械文明に引き寄せられる星外魔獣コズミックビーストが、この国に出現したのか。

 そして、なぜあれ程の規格外の強大な個体が現れたのか。


「……まさか、恒星系外から」


 ニオンは静かに言うのであった。 

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