宇宙生物の脅威

 今だかつて王都が災いに襲われたことはなかった。みやこに住まう人々は戦いなど、はるか遠くの出来事としか考えていなかった。

 それゆえにか有事の際の避難対策がまるでなされておらず、いざ災厄に遭遇した人々は混乱に陥っていた。

 どこに逃げれば良いのか、何をすれば良いのか、何も分からず住民達はとにかく巨人達から遠ざかろうと走り回るのみ。

 人の洪水に飲まれ、押し倒され、踏まれ、命を失う者。そしてガンダロスから無差別に照射される冷凍メーザーの直撃で凍死するもの達。

 英雄達の庇護に依存しすぎた結果だろうか? 次々と犠牲者が増えていくありさまであった。


「こ、こんな……みやこが……民達が」


 メリルは城のバルコニーから地獄とかした町を見下ろしていた。

 クサマと組合ながらもガンダロスは赤き単眼から冷凍メーザーを周囲に乱射し、美しい都を凍りつかせていく。


「……あれは魔物? 本当に魔物なのか?」


 彼女は唖然と、クサマと取っ組み合いをするガンダロスに目を向ける。メリルは、ここまで破壊の規模が大きい戦いを見るのは初めてであった。

 そもそも魔物とは、強い人間なら普通に倒せるものと考えられている。……しかし、目の前にいる巨大な生命体は明らかに魔物と比較にならないものであった。


「あの巨人のごとき魔物は、いったい……」

「女王様、外は危険です! 城の中に」


 愕然とするメリルに声をかけたのは、彼女の後ろに佇むアサムであった。

 メリルは振り返ると、アサムの両肩に掴みかかるようにして問いかけた。


「……アサム、あれは魔物なのか?」

「あれは、魔物なんかではありません。宇宙空間と言う、今だに人類が到達したことがない未知の領域からきた怪物です」

「未知の領域から? ……何をいっている?」


 気が動転しているメリルを落ち着かせようと、アサムは説明を続けた。


「無限に見える空より先にある領域、と今はお伝えします。僕達が所属する石カブトは、その領域からやってくる危険生物を倒すために創設されたものなんです。だから今はニオンさん達を信じて待ちましょう」

「……そ、そうか。すまない、女王とあろうものが取り乱してしまった。分かった、今は彼らを信じて待とう」


 アサムの声で少し落ち着きを取り戻したのか、メリルは彼の肩からゆっくりと手を離した。

 すると、また金属同士がぶつかり合う轟音が響き渡る。

 クサマが冷凍メーザーの乱射を止めさせようと、ガンダロスの頭部に掴みかかっていた。


「アサム、お前達は日頃からあんなものと戦っていたのか?」

「ええ、度々あの怪物は姿を見せていましたから。あれはガンダロスと言う怪物です。ガンダロスを含め、宇宙から飛来してきた危険な生物群を僕達は総称して星外魔獣コズミックビーストとよんでいます」

惑星外魔物コズミックビースト? 未知の領域から来た怪物のことを、そうよんでいるのか?」

「はい。僕達も幾度かガンダロスと戦ったことはありますが、どんなに大きくてもトロールサイズまででした。あそこまで巨大な個体は初めてです」

「あれほど巨大では、二足での歩行はおろか立っていられないと思うのだが?」

星外魔獣コズミックビーストは、僕達人類が今だに理解できていない物理法則や科学的原理を利用して超現象のような能力を発揮することができるんです。おそらく、それであれ程の巨体でも俊敏に動き回れるのかもしれません」


 メリルは、そのことに驚きを隠せなかった。

 魔術も英力も用いずにして、それほどの特殊な能力を発揮できるものだろうか?


「……そんな、ことあり得るのか? いや、実際に起きているのだから認めるしか……」

「女王様、外は危険です。急いで中に……」


 アサムが彼女の手を引こうとしたとき、もつれあっていたガンダロスが攻撃行動に移った。

 ガンダロスの肩部が口のごとくパックリと開き、そこから多数の飛翔体が飛び出したのだ。

 それは金属の体組織から作られた高速で直進する噴進弾ロケット。その鈍色の飛翔体が散らばるように町の至るところに着弾した。どうやら無差別な攻撃のようだ。

 着弾した場所では凄まじい爆発がおき巨大な黒煙をあげた。


「……な、なんだ! あれは?」


 メリルは爆炎に飲まれ燃え盛る町を見て、驚愕の余りバルコニーの手すりから身を乗り出した。

 そして、アサムは気づいた。


「女王様! 伏せてください!」


 発射された噴進弾の一つが、バルコニーに向かってきていたのだ。メリルは、それに気づいていない。

 アサムは咄嗟に駆け出し、メリルを城内の方へと突き飛ばす。

 それと同時にバルコニーの一部が粉々に吹き飛んだ。着弾の爆風で二人は城内にまで吹き飛ばされた。

 煙があがるなか、メリルは左腕に強い痛みを感じながら起き上がる。


「ぐう! 腕が……あ、アサム。どこだ?」


 徐々に煙が晴れてくると、今いるところから少し離れた場所に血に濡れたアサムが倒れていた。


「あ、アサム!!」


 メリル駆け出し、アサムを抱き起こした。至るところを負傷して出血がひどい、骨も何ヵ所か折れているだろう。


「私を庇って……」


 メリルは今思いしった。戦場は町だけではない、この城も最前線なのだと気づかされた。

 ここも、いつ敵の攻撃が飛んでくるか分からない場所なのだと。

 だが後悔してる場合ではない。


「待っていろ、私も治療魔術くらい……うっ、魔粒子が集まらない? なぜだ?」

「……め……メリル……様……ガンダロスが……いるうちは……魔術は……使えません」

「な、何だと!」


 アサムは苦しそうに声をあげる、それを聞いてメリルは驚愕する。

 英力も使えず、魔術まで封じられたら……。

 そんな、ことを考えている時ではない。

 腕を痛めて、アサムを抱えて歩くことはできないだろう。

 メリルは、あらんかぎりの声をあげて助けを呼ぶのだった。


「誰かぁぁぁ!!」





 クサマとガンダロスが組み合っている位置から五〇〇メートル程離れた場所に忍服の少女がいた。

 彼女は壊れた建物の上で懐中時計型声紋コントローラー片手にクサマに指示をだしていた。

 さきほどの噴進弾による攻撃の余波のせいか忍服が少し焼け、ナルミは額から血を流していた。


「クサマ! もう少し頑張って、あとちょっとで周辺の人達の避難が終わるから」

「ン゛マッ!」


 クサマが本領を発揮できれば、ガンダロスを倒せるだろう。しかし人々がいては、戦闘ができない。

 この二体が本気で戦えば、戦略魔術どころの話ではないのだから。


「ドワッシ!」


 ガンダロスが鳴き声をあげた瞬間、その体を液化させ、もつれあっていた状態から脱出した。

 水溜まりのようになったガンダロスは地を滑るように移動し二〇〇メートル程後退した。

 そして再び甲冑のような体を再形成した。だが左手が筒状に変形していた。


「砲身? クサマ避けて!」

「ン゛マッ!」


 クサマはナルミの声に返答すると、跳躍してガンダロスの正面から退避した。


「ドワッシ!」


 そしてガンダロスの左手の筒から、爆音とともに白色の火炎が放射された。

 閃光のごとき火炎は射程内にあった物体を粉々に吹き飛ばし燃やしつくす、そして地面は融解して流体化していた。

 とてつもない熱量である。


「な、なんて熱なの!」


 ドロドロに融解して輝く地面を見て、唖然とするナルミ。

 そこへニオンが駆けつけた。


「ナルミ殿、大丈夫かね?」

「副長! 今の火炎は?」

「空中元素固定能力を利用して大気から燃料を生成したのだろう。だけどあれ程の高熱、通常の燃料ではない。おそらく励起状態の原子を組み合わせて作った高エネルギーを持つ特殊な燃料だ」

「……さすが天才」  

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