兄弟の決着

 木刀と木剣がいくどもぶつかり合い剣戟が続く。

 しかしミースは一度も、ニオンに攻撃を当てることができない。まるで動きが読まれているように、かすりもしないのだ。

 逆にニオンの攻撃は正確にミースの隙を突き、そのつど強烈な一撃を加えていた。打たれた箇所は、骨が砕け、肉が爆ぜるように抉れた。ニオンの木刀は強靭な木材で作られているうえに、それを神速で振るうため、それほどの威力があるのだろう。

 ミースは重症を負うたびに魔導士に回復してもらい、なんども立ち上がり挑む。それの繰り返しであった。

 そしてミースは理解していた、兄が本気でないことに。

 ニオンが木刀で打ち込んでくるのは、ミースの腕と脚だけに絞られていた。胴体や頭への攻撃は避けている。

 明らかに急所を狙わないように手心が加えられているのだ。

 もしもニオンが躊躇せずに胴や頭を打とうものなら、頭蓋骨の粉砕や内臓破裂は確実。ミースは脳髄と血反吐を撒き散らしながら死に果てるだろう。


「……兄上、手心とは随分と舐められたものですね」

「仕方あるまい、これは試合形式の決闘。殺しあいではない。……あの男だけは、私を公開処刑にしようと勘違いしているようだがね」


 ニオンが見つめる先には、暴言を吐き続ける父ロイザーの姿があった。


「ぼくには自由がなかった。物心ついた頃には、王都の学院に入れられ英才教育を受けさせられましたからね。つらい日々でしたよ」

「私は生まれてすぐ見限られ、育児放棄されたからね。……実際、私を育ててくれたのは乳母だよ。母上は体が弱かったから、私を育てることはできなかった」

「学院にも通わない兄上のことを羨ましいと思っていました。きっと自由気ままに、苦労を知らないぬるい生活をしていると、そう思っていました……しかし、実際は違う。あなたの剣の腕を見れば分かる、ぼく以上に地獄を知っている」


 そう言い終えるとミースは、ニオンの顔を目掛け木剣を勢いよく突きだした。

 だがしかし、その高速の突きをニオンは片手で掴みとった。掴まれた木剣からミシリと小さな音がなる。


「……あなたは、怪物ですよ。兄上」


 ミースは木剣を引き抜こうとするが、引いても押しても微動だにしなかった。

 とてつもない力でニオンは木剣を握っているのだろう。

 

「私の日々も地獄だったよ、高重力下での鍛練、硬い木刀で叩き合い骨をきしませる稽古、感覚を研ぎ澄ませるために目隠し状態での魔物討伐。……なんども死にかけた。いやっ、実際三回程死んでいる」


 ニオンは掴んでいた木剣を放し、そう語る。

 しかし、ミースには内容が理解できなかったのか呆然とした様子を見せる。


「あの……兄上。意味が分からないところがあるのですが?」

「すまない、難しい話は割愛しよう。私は見限られていたため、剣術や学問を教わることができなかった。しかし、そんな私に色々と教えてくれる存在があった」

「……あなたにも師がいるのですか?」


 ミースの問いにニオンは頷く。

 まるで過去を思い出すかのように、ニオンは屋根のない闘技場から夜空を眺めた。


「そのとおり。その人が剣術だけでなく、この世に関する多くのことを教えてくれた。無限のように見える空、その先にある想像を絶する領域などをね」

「いったい、何を言っているんです?」


 ミースは兄の言葉についていけず首を傾げることすらできない。ただニオンが、自分の知らない何かを知っているのは分かる。

 そして、ニオンは何かを決心したかのように真剣な眼差しになった。


「この場にいる皆さま方に、お伝えします。どうか、冷静に聞き入れてほしい」


 ニオンの声量は闘技場にいる人々に聞き取れる程だった。その声に全員が静まりかえった。

 女王メリルも興味を隠せず、玉座から立ち上がる。


「メリル様、申し訳ありませんが勝負がつく前に公表させていただきます。お覚悟はよろしいですね?」

「……な、何をする気だ?」


 メリルは落ち着きのない表情で呟く。

 ニオンは決闘を一時中断すると、自分が入ってきた入場口に向かいだした。そして出入口付近に置いておいた布包を手に取り、再び闘技場中央へと戻ってきた。


「最強の剣聖アルフォンスが片腕を失ったのは、空帝ジズの撃退によるものではない」


 そう言ってニオンは布包をほどき、中のものを闘技場にいる者達に見せつけた。


「きゃあぁぁ!!」

「……ひぃっ!」

「うあぁぁ!!」


 貴族達が悲鳴を響かせた。

 ニオンが手にしていたのはガラスの容器、その中にはホルマリンに漬け込まれた人間の腕が入っていたのだ。


「……兄上、それは」


 ミースは唖然としながらも、ガラス容器の中の腕を確かめるように肩から指先まで視線を巡らせる。

 そして、あることに気づく。

 その腕には剣聖の証したる刻印があるのだ。

 それを理解したとたんミースは驚きのあまり目を見開いた。

 歴史上、腕を失ったことがある剣聖はたった一人。最強の剣聖と呼ばれていたアルフォンス・シン・ジョーヴィアンだけ。

 つまり、ニオンが手にしている腕の主は……。


「まさか……兄上、あなたが? いや、しかし、歴史では空帝ジズとの戦闘で失ったと……」

「すべては、作り話だよ。真実は全て女王様の英力により、歪められいる」


 ニオンは、ゆっくりとガラス容器を地におき構え直した。


「さあ、くるんだミース。これを見たせいで怖じ気づいたなどと言わないでくれ」

「……も、もちろんです兄上。あなたこそが無敵の剣士とは……むしろ光栄ですよ」


 兄に賞賛を送るが、ミースは背筋が凍りついていた。

 しかし、あの最強の剣聖すら上回る存在。しかも、それが血を分けた兄。興奮せずにはいられなかった。


「いきますよ兄上!」


 ミースは中段で木剣を握ると一気に接近し、ニオンの頭目掛け縦に振る。しかし、かすりもしない。

 今度は胴体目掛け横に振る、だが片手で握る木刀に容易く防がれた。

 ミースは、いくども木剣を振るった。だが、どれも当たらない。

 ……いったいどれ程の差があるのだろうか。もはや次元が違いすぎる。 

 勝ち目など皆無、ニオンが少し本領を発揮すれば自分などたちまちやられるだろう。

 そして、ついにニオンの一撃で木剣が折られた。魔力で強化していた木剣にもかかわらず。

 武器を失ったミース足払いで転倒させられ、首筋に木刀を押し当てられた。


「ミース、まだ続けるかね?」

「兄上、ぼくの負けです」


 ミースは呟くように、負けを宣言したのであった。





 メリルの頭は、真っ白になった。

 英雄の神話が全て崩壊したのだ。

 多くの貴族達がいる前で最強の剣聖の利き腕を見せつけられては、もうどうすることもできない……。

 英雄達の栄光を守るため、多くの人々の記憶を改竄し情報を操作してきた。 

 だが、もう全てが終わりだ。あれだけの苦労が報われなかった。

 そんな彼女の下に二つの姿が近づいてきた。それに気づいたメリルは、ゆっくりと顔をあげる。


「……申し訳ございません、女王メリル様。今の腕では、とても兄上には敵いません。剣士長けんしちょうの座は、返上します」

「さあ、全てを口頭で公表してください。今まで何があったのか、そして今回の魔族達の一戦についても。本当に、この国を守りたいのであれば」

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