兄弟の決闘

 ニオンは声がした方に視線を移した。見据えた入場口から現れたのは、彼と同じ銀髪の美少年である。ミースも、その手に木剣を握っていた。

 ニオンはミースの姿を確認すると何も言わず、闘技場の中央に向かって足を進める。それに合わせ、ミースも歩き出した。

 そして、二人は闘技場の中央で互いに向かい合う。


「だいぶ大きくなったようだね、ミース」

「あなたは、大きくなりすぎです。なぜ、それほどまでに?」


 ミースの言う通り兄弟とは思えぬ程に、二人の体格には差がある。

 ミースは、身長一六一センチ、体重四十五キロの華奢な少年。

 方やニオンは、身長一九八センチ、体重二百三十キロと人間なのか疑わしいレベルの屈強な青年。

 背丈は三十センチ以上、体重にいたっては五倍以上の差があった。

 鍛え方でこんなにも差がでるものなのか?


「ミース! その悪魔を殺せ! じわじわとなぶり、不様にはてさせろぉ!」


 見物客の中から過激な事を口にしているのは、二人の実の父アドル・ロイザーであった。

 英雄の国の民として相応しくない言動である。


「ミース、あの男は自分の恨みを果たすことしか考えていない。君は復讐の道具にされているだけだよ」

「そんなことは百も承知です兄上。しかし、あなたを許せないのは、ぼくも同じです。母上をあやめた、あなたのことを……」

「言ったはずだ、私ではないと。……とは言え、もうこうなれば戦うしかないのだろう」


 二人は一礼をすると、互いに距離を離した。

 そしてお互い構えをとる、勝負が開始されたのだ。

 開始されたからと言って、二人はいきなり突っ込むような迂闊なことはしない。互いに様子を伺うように、回り込むように移動する。


高加速ハイ・アクセル! うおおおお!!」


 そして、先に仕掛けたのはミースであった。魔術による高速移動で一気に間合いをつめ、斬りかかろうとした。普通の人間には見えない程の機動。

 一瞬にしてニオンの間合いに入り込んだ。そして、その高速の一撃が強力な蹴りで迎撃された。

 ミースが間合いに入った瞬間、ニオンは後ろ蹴りを叩き込んだのだ。

 

「げぼぉ!!」


 腹部に強烈な打撃をもらったミースは、吐瀉物を撒き散らしながら吹っ飛び、地面に叩きつけられゴロゴロと転がった。

 高速移動で接近した状態で腹部に蹴りを食らったため、カウンター気味の一撃であった。そのため、蹴りの威力は倍増していた。


「がはぁ!!」


 ミースはどうにか体を起こす、しかし地面に吐血をぶちまけた。そして腹部を押さえ込みうずくまる。臓器を損傷したようだ。

 ただの蹴りで大ダメージを負っていた。


「……ミース様がっ?」

「負けた?」


 周囲の貴族達が唖然と言葉を発する。

 彼らには、信じられない光景だった。時代最強の剣士の候補が一撃で吹き飛ばされ、うずくまって苦悶の表情をうかべていることに。


「な、何をしている! 魔導士よ、はやく治療するのだ!」


 メリルの命令により、すぐさま城に使える魔導士がミースの下に駆けつけて回復の術を行使した。

 ニオンは、その行動に異議など一切問わずただ見据えるだけであった。

 そして回復したのか、ミースは立ち上がりニオンを歪んだ表情で見据える。


「まだです、兄上! ぼくは、まだ負けていません!」

「ああ、そうだろうとも。君は、まだ負けを認めていないからね。回復は済んだのだろ、なら中央へ」


 ニオンは分かっているのだ。戦いは、どちらかが負けを認めるまで続くと。

 決着がつけられるのは、二人だけであると。


「……くそう」


 ミースは闘技場中央へ戻ろうとしたが、足が震えてなかなか前に進めなかった。

 さっきの一撃で恐怖心を植え付けられたのだ。


「何をしているミース! だらしないぞ! そんな奴に、何を手間取っている!」

「あなたは、静かにしてください! 父上!」


 父アドルの言葉に怒鳴り返すミース。


「なんだと! 父に向かって生意気な!」

「ぼくは、復讐の道具ではない。兄上と戦っているのは、自分自身の意思だ」


 その後もアドルはわめいていたが、ミースはそれを無視して震える足を無理矢理に動かして闘技場の中央に戻る。また互いに構え、仕切り直された。


肉体超強化ストレングス・フル・ブースト!」


 ミースは魔術で肉体を最大まで強化し、再び駆け出した。

 剣を大きく抱えあげ、力任せに振り下ろす。

 予備動作が大きいため通常なら回避されるが、肉体の超強化により全ての動作が高速化している。

 しかし、ニオンは軽々とその一撃を受け止めた。木刀と木剣がぶつかり合い、カッという音が響く。


「ふんっ! ぐうぅぅ!」


 ミースは強化された肉体に任せ押し斬ろうとするが、ピクリとも動かない。

 それにたいしニオンは穏やかな表情でミースの渾身の力を抑えこんでいた。しかも木刀を握っているのは片手だけである。


「なぜです、兄上? なぜそれほどの力を?」

「君が知らない領域に入り込んだためだ。人間ひと人間ひとたらしめる、希望、名誉、精神、あまねくを捧げなければその域は理解できないだろう。魔術や英力に頼っているようでは、なおさらのこと」

「……今まで、兄上と一度も剣を合わせたことがなかった。だから強いのかも、弱いのかも分からなかった。だから今は言えます、あなたは恐ろしく強い」


 さらに力を込めるミース、筋肉の繊維がちぎれんばかりに。


「今度は、私からいこう」


 そう言うとニオンは、ミースの全力を勢いよく押し返した。

 押し返された影響で体勢が崩れたミースの右肩口目掛け木刀を突きだした。高重量の先端が深々と少年の肩に食い込んだ。


「ぐうあぁ!」


 激痛で悲鳴をあげるミース。

 肩周辺の肉が抉れ、脱臼していたのだ。

 再びうずくまる。


「……兄上、まだです。ぼくは戦える」

「そうか、なら立ちたまえ」


 ニオンは、うずくまる弟の右腕を掴むと、脱臼した肩をグキリとはめ込んだ。


「……ぐぅっ!」


 ミースは痛みで小さな声をもらすと、額の汗を拭い立ち上がる。

 そして兄の顔を凝視した、優しげだが、どこか冷徹、しかし温かさもある。

 そして問いかけた。


「……兄上。本当に、あなたは母上を手にかけていないのですね?」

「ああ、もちろん。私は生まれつき英力もなく、魔術すらなかった。言いたくはないが、実の父アドル・ロイザーからは不要と言われ周囲からは、劣る者、無能、と見下され続けた。それゆえ私は常に孤独だった」


 ニオンの穏やかな表情が真剣なものに変わる。


「しかし母上だけは違った。無能な私を認めてくれ、十分に愛してくれた。だからこそロイザーの名を捨てるまで、私は挫折したり、道を踏み外すことがなかったのだろう。どうすれば、そんな人を傷つけられようものか」

「豹変したのはなぜです? 父の顔を斬り刻むほどに」

「それは決着をつけてから答えよう」 


 二人は再び距離を離して身構えた。

 今行っているのは決闘なのだろうか?

 まるで兄弟で稽古しているようにも、遊んでいるようにも見える様子であった。

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