勇者激突

 ニオンの足下で倒れているリーゼルは、ビクビクと痙攣しながら呼吸音を管から鳴らしている。

 彼女は、とても美しい女性だった。そして強かった。その格闘技で数多くの魔物や魔族を打ち倒してきた美人武道家。

 しかし今のリーゼルは、下顎が陥没して細長い管で呼吸する、不気味な怪人のような姿に成り果てている。


「……ば、バカな! 彼女達は、ボクとともに魔王を倒した存在……なのになぜ?」


 ダレットは理解できなかった。

 セシリィもリーゼルも、勇者である自分の仲間。勇者とパーティーを組むほどの実力者なのだ。

 セシリィに至っては、強力な魔術を誇る賢者なのだ。つまり時代最高峰の魔術使いの一人なのだ。

 それが、なぜ逆賊の三流剣士ごときに敗れたのか?


「二人とも『剣避け』の英力を持っていた。それなのになぜ、お前のような三流剣士ごときに……」

「彼女達の負傷を見れば、分かると思いますが?」


 仲間の変わり果てた姿を見て涙を流すダレットに、ニオンは冷たく返答する。

 彼女達の負傷は、どれも切り傷ではない。つまりニオンは、剣を使用していないことを意味している。


「まさか……素手で」


 ダレットは、息を飲む。

 そして、ニオンは頷いた。


「『剣避け』の英力がある以上、刀剣での攻撃は無効。ならば、それ以外で攻撃すればいい。となれば一番手頃なのは当て身です」

「そんなはずは……リーゼルは武道家だぞ。彼女と素手でやりあうなど」


 武道家リーゼルは徒手格闘の達人、いや国一番の武道家だ。

 さらに英力によって能力を限界以上に引き上げることができる。無手の剣士が彼女に挑むなど、無謀の極みなのだ。


「たしかに英力により、剛力を得て、さらに格闘能力を極限まで向上させていました。しかし、彼女の軽い体では重みのある当て身は放てません。どちらかと言えば、彼女は剛力を利用した投げ技の方が特価していたでしょう」

「……たしかに、彼女の格闘技は当て身で牽制して隙をつくり、一撃必殺の投げで仕留めるのが主流」

「ならば掴ませなければ問題はありません。それに単純な膂力は私の程が上でした。何分、私は常人よりも数倍程の筋肉量と骨量をもっていますので」

「……数倍?」

「私は幼少期より特殊な環境下で鍛練に勤しんできました。英力や魔力がないぶん技量と肉体で補うしかない、それゆえ必死でした。……その結果、過酷な環境に適応し骨格筋の密度が異常発達しました」

「……お前は、人間なのか?」

「もちろん人間です。しかし、あなた方には理解できない領域に踏み込んでいると、思っています。おそらく、その域に到達したなら魔術も英力も不要の産物になるのかもしれません」


 ダレットは悪寒に襲われた。

 この少年は危険すぎる。このとしで、しかも英力も魔力も持たずにして、これほどの強さ。

 場数を踏ませたら、さらに成長するだろう。

 そうなれば、間違いなくメルガロスの災いになるにちがいない。

 ……ここで、確実に仕留めなければならない。


「お前は、ここで確実に殺さなくてはならない。……危険すぎる、もはや魔王どころではない」


 ダレットが立ち上がると、セシリィが彼の脚に絡み付いてきた。


「あえ! ……あえて……いげて!」


 セシリィは血の涙を流しながら、必死に語りかける。

 彼女は何としてもダレットを戦わせまいと、舌がない口から懸命に声を発した。


「すまない、セシリィ。……だが、こいつはここで仕留めなければならない」


 そう言ってダレットはセシリィの制止をはね除け、腰に携えた豪華な剣を抜いた。そのとたん腹部に強烈な衝撃が叩き込まれた。


「ぐはあぁ!!」


 勇者は地面から浮き上がり、地面をゴロゴロと転がって石壁に激突した。

 ダレットが食らったのは、ただの前蹴り。しかし、ニオンの蹴りの威力は人間の域ではなかった。

 まるで巨大な魔物に蹴られたような一撃だった。


「げっ……げはあぁぁぁ!!」


 衝撃が内臓まで浸透し、勇者は未消化物を逆流させた。

 そのままダレットはうずくまり、さらに吐瀉物を撒き散らす。


「なるほど魔術で強化した鎧ですか、どおりで変形してないのですね」


 ニオンの言うとおり、ダレットの鎧は魔術で分子結合が強化され物理的な攻撃では破壊できない。

 しかし破損して衝撃を吸収しない分、衝撃がモロに響く欠点もある。


「勇者ダレット様、私は城を出たいだけです。あなたと争う気は、ありません。どうか退いてください。……それでも来ると言うのなら戦うまで。あなたも『剣避け』の英力を保有していましたね、ならば」


 ニオンは足下に転がっていた杖をつかむ。賢者セシリィの杖である。

 勇者に剣が通用しない以上は、剣以外を用いるしかない。

 賢者が持っていた杖は頑丈な作りである。むろん本来は人を殴るための道具ではない。


「逃がさん! みんなの仇だ! 逃がすわけないだろう!」

「いたしかたなし」


 ダレットは剣を、ニオンは賢者の杖を構えた。二人の体格差は歴然であった。

 ニオンはダレットよりも二十センチ以上も背が高く、体重も身体能力も上回っている。


「肉体全てを焼き尽くしてやる! 焦熱剣しょうねつけん!」


 ダレットは英力を発動させた。

 剣が真っ赤に赤熱化して暗い中庭を照らす。剣を灼熱化する力であった。

 本来これ程の熱を発すれば、剣身は変形あるいは融解してしまうだろう。だが世界の理を改竄することで、剣を変形させず灼熱化することができるのである。


「はあっ!!」


 ダレットは雄叫びあげて灼熱の刃が振り下ろした。

 しかしニオンは、その発熱する刃を容易にかわす。

 避けられた刃は地面に食い込み、土をドロドロに融解せしめた。


「このぉ!」


 ダレットは地面から剣を抜き、今度は横に凪ぎ払う。

 しかし、その一撃をニオンは跳躍することでかわす。

 人間の跳躍力では不可能な高さまでニオンは舞っていた。その大柄な肉体でありながら、とんでもない身のこなしであった。


「……身体能力を向上させずに、その脚力……」

「英力や魔術に頼みをおく、あなたには分からないでしょう」


 そう言って、ニオンは杖を振り上げた。


「ぐっはぁ!」


 顎を突き上げるような一撃をもらうダレット。美男子の白い歯が数本ほど宙を舞った。

 そしてニオンは一気に距離を縮め追撃を加えた。

 左足の甲を力強く踏みつけ、側頭部に肘打ちを食らわす。

 その速さは、勇者の目でも捉えられなかった。


「ぐうお!」


 頭部と足に強力な打撃をもらったダレットは前屈みになり、ニオンから距離を離した。

 頭部から血が流れ落ち意識がもうろうとし、動きに支障をきたしそうな痛みが足に走る。

 戦闘においては、かなり致命的な痛手である。


「……ぼ、ボクは勇者……なのに……ぐぶぅ!」


 顔を上げた瞬間、ダレットの顔面にニオンの掌打が叩き込まれた。鼻骨が砕け鼻血が噴出した。

 打撃攻撃を緩和する英力を発動させているのだが、ダメージはかなりのものであった。

 ただ単にニオンの当て身が強烈すぎるのだろう。

 そして今度は右大腿部に激痛が走る。ダレットを襲ったのは強烈な下段蹴りであった。


「うあぁぁ!!」


 絶叫を上げ転倒するダレット。

 勇者は右脚を押さえて、のたうち回った。まるで重いメイスで殴られたようであった。

 そしてニオンは、ダレットの髪を鷲掴みにして無理矢理に引き起こし、そのまま力任せに背負い投げた。

 ダレットは受身もとれず背中から激突した。


「ぐあうぅ!」


 ダレットは苦しい呼吸を我慢して上半身を起こしてニオンを見据える。

 すると彼の手には頭皮が付いた髪の毛が握られていた。     

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