開戦

 俺の返答を聞いた勇者達は、また黙りこんでしまった。

 だが、いずれにせよ、ここはやがて戦場とかするはずだ。

 こいつらも、このまま落ち込んではいられないだろう。


「一つだけ言っておく。ここにいる以上、戦わなければ死ぬぞ。いずれ魔王軍が来るはずだ。この集落には、命がけで戦うやつしか残っていないからな」


 俺がそう告げると、ユウナが力強く立ち上がった。


「私、戦うよ。……もう勇者でも、英雄でもないかもしれないけど、戦う。自分と国のために」

「……ぼくだって!」


 ユウナの発言に触発されたのか、賢者ヨナも立ち上がった。

 そして二人は、鼻をすすりながら座り込む剣聖候補のジュリを見つめた。


「……分かってるわよ! もうやけくそよ」


 彼女も決心したのか、涙を拭い腰を上げた。

 そうだ、それでいい。

 おそらく、こいつらは今の地位や権力を剥奪されるかもしれない。みんなの笑い者にされるかもしれない。

 ……何ら反撃もできず不様に、オボロ隊長に負けたのだから。

 だが今は、そんな後のことを考えている時ではないのだ。

 今は現実を受け入れて、目の前の問題を片付ける方が先なのだ。


「決心がついたら、そいつを飲んでおけ」

「フンゲェ」


 勇者一党の近くに、ベーンが佇んでいた。

 その両手と頭の上に三人分の木皿がある。よそられてるのは、先程煮込んでいた血液スープだ。

 ……物凄い色をしていやがるな。

 三人は顔をしかめながらも、それを受けとる。そして一気に胃に流し込んだ。


「……あれ? 味は独特だけど、悪くない」

「そう言われると、たしかに」

「がはっ! ……ごほっ! ぐぼぁ!」


 味のほうは賛否両論だな。

 ユウナとヨナはまずまずの反応だが、一方のジュリは咳き込んでいる。

 ……俺も少し味が気になるが、サイズ的に飲むのは難しいだろうな。


「ベーン、私にも一杯頂けるかね?」


 そこへ、クサマの調整が終わったらしくニオン副長がやって来た。


「アヒョー」


 ベーンは頷くと、またスープをよそって副長に渡した。

 ニオン副長は木皿を受け取ると、物怖じせず飲み干した。

 副長は科学者であると同時に、腕の立つ料理人でもある。そんな人が、ベーンのスープにどのような評価をだすか?


「ふむ。味は特有だが、精がでる。良いものだ」


 副長は顔色を変えず、穏やかに呟いた。どうやら、評価は中々のようだ。

 すると、副長は勇者一党を見つめて語りだした。


「気にしすぎることはない。隊長殿の強さは人の範疇を超越したものだ。……だからこそ私も、あの人だけには敵わなかった。私も所詮は、どこにでもいる人間なんだ……」


 ……これは興味深い。

 俺もニオン副長の過去は、あまり知らないからな。

 つうか隊長とやり合って負けたことがあるのか。

 この人の剣術をもってしても、オボロ隊長は倒せない存在なのか。

 ……ここまでくると、あの人はもう超人だな。


「……あなた、誰かに似てるような……そうそう! 同じ剣聖候補のミース・ロイザー。見た目とかじゃなくて、なんかこう……気配みたいな」


 副長に向かって、そう言ったのはジュリだった。剣を生業とする者同士、なにか分かるものがあるのだろうか?


「……ロイザー」


 ふと、ニオン副長が濁った声をもらした。やや不快そうな表情を見せる。

 普段、感情的にならず穏やかな人ゆえに珍しい様子だ。

 ロイザー? ジュリがその家名を口にした瞬間に副長は声を濁らせた。……知っている名なのだろうか?


「……んっ?」

 

 と、いきなり触角で奇妙な気配を感じた。気配を感じたのは上空からだ。

 しかし、一瞬にしてその気配は消えてしまった。

 気配を感じたのは、ほんの二、三秒程。


「どうかしたかね、ムラト殿?」


 俺が声をもらしたためか、副長が問いかけてきた。


「……今、一瞬上空から妙な気配がしまして」


 一瞬だけ感じた気配は、魔族とも魔物とも違う。……なにか、この世のものではないような感じだった。

 魔物のような生物なら体温や音、そして独自の異臭を察知できる。

 しかし、さっき上空から感じたのは金属反応と電磁波。体温らしき熱は感じられなかった。……なんと言うか、生物でありながら無機質なものと言ったらよいだろうか。

 そう色々と考えていたとき、集落からだいぶ離れた地面に閃光が発生した。

 高所から周囲を確認できる俺が、初めにそれに気づいた。


「転移魔術だ! 魔王軍かもしれない!」


 俺の声を聞いた各種族の戦士達は慌てた様子もなく、武器を手にして俺が向く方向を見据えた。

 そして閃光の中から、一人の女が現れた。その女は飛翔して接近してくると、集落の近くに着陸した。


「ほーほっほ! ご機嫌どうかしら、みなさまがた?」


 高笑いをあげながら姿を見せたのは、和人形のように長い黒髪をした女。豊満な体を自慢するかのように、露出度の高い和服を着ている。

 しかし、その女の頭には角があり背中には翼があった。この女は間違いなく魔族だ。


「おほほ、わたくしは魔王軍幹部の一人、ナツミよ。いさぎよく降伏すれば……てっ、きゃあぁぁぁ!!」


 ナツミは急に悲鳴を上げた。なぜなら突如数十トンはありそうな岩が彼女目掛け吹っ飛んできたからだ。

 ナツミはギリギリで、その岩をかわした。


「うっせぇ! この魔族野郎! 挨拶なんかいらねんだよ! 早く来やがれってんだ!」


 岩を放り投げた本人が叫んでいる。

 昼間でもそうだったが、オボロ隊長は魔族にたいしては何の躊躇いもない。見かけ次第、殺す気満々である。

 そう言えば、この人は過去に、この国で大きな仕事をこなして満身創痍になったところを魔族達に襲われた、と言っていたな。……その時に、何にか因縁でもできたのだろうか?

 いずれにせよ、魔族は世界そのものと共存できない存在だ。癌細胞は潰さなければならない。

 俺も触角を前方に向けて戦闘体勢にはいる。


「もっ、なによ! いきなり! 魔王様から聞いた通り野蛮な連中だわ、ほんとに。そっちが、その気なら好都合よ。わたくしも大切な人達を奪われて、腸が煮えくり返りそうなのよ! ……よくも、リリアナを、ハルちゃんを、エルスくんを、全員ここで死になさい!」


 ナツミとか名乗った魔族は形相を変貌させた。俺達に相当な殺意があるのが分かる。

 すると彼女の後方に転移魔術の陣が三つ出現した。

 陣の大きさからして、でかい奴が来るのが分かる。

 そして姿を見せたのは三匹の巨大な魔物。

 体長五〇メートル程の黒い大亀おおがめ

 体長七〇メートル程の浮遊する白鯨はくげい。 

 ……身長三メートル程で緑色の体毛を持つ、二足歩行の狐。


「また新種の魔物か? それもバカデカいのが二匹とは、おもしれぇ!」


 オボロ隊長は敵が圧倒的な巨体をしていても焦った様子を見せなかった。

 すると今度は魔物どもとは反対の側に魔法陣が出現し、多種多様な魔物達が現れた。通常魔物の大軍勢だ。

 集落は魔王軍に挟まれるような形となった。

 数は圧倒的に魔王軍の方が多い。比率は一対十と言ったところか。


「隊長、反対側には魔物の大軍勢が出てきましたよ」

「へっ! だから、なんだてんだ」


 隊長はボキボキと指の関節を鳴らした。


「デケぇ魔物と幹部はオレ達でやるぞ。ただの魔物どもは、ナルミとクサマ、それと他の連中に任せる。いいか絶対に、こいつらを生きて帰すな。おっ始めるぜぇ!!」


 隊長は開戦の号令をあげると、俺は白鯨に目を向けた。  

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