怪獣 対 魔王の力

 いったい何が送り込まれて来たのか? 

 極めて大きく、大質量の何か。例えるなら、山が降ってきたようだった。


「……何なのこれ?」

「兵達は?」


 ギリギリであった。翼を持つリリアナとハルは、空中に退避することができた。

 だが土煙の中から、オーガ達の絶叫が聞こえる。

 かなりの数が下敷きになり、それを免れた者達は衝撃で吹き飛ばされたのだろう。


「ぐうぅ! ……痛い! 痛いよぉ!!」

「誰か……血を止めてくれ」

「目がぁ! ……目がぁ!!」


 煙のせいで地上の様子が分からないが、鬼達の悲痛な叫びでどう言う状況かは理解できる。相当凄惨なことになってるのは確かだろう。


「あぁ……そんな、こんなこと……」


 鬼の悲鳴がハルの心を抉る。

 けして彼等は使い捨てのような雑兵などではない。仲間だ。志しを同じにした友なのだ。

 そして鈍い音とともに落下してきた物が動き始めた。


「……う、動いてる、なんなんのこれ? ……まさか生き物」


 ゆっくりと動く、山のごとき何か。

 リリアナは、それを見て驚愕の表情をみせた。生物と呼ぶには、目の前の存在があまりにも大きすぎるからだ。

 そして、それは土煙を払いながら立ち上がる。


「……竜! なの? デカすぎる」


 ハル達は落下物の正体を探るため、その巨大な生物の周辺を飛び回った。

 巨大すぎるため、近くでは全貌が分からない。

 二足で直立する黒っぽい緑色の竜に見えるが、普通の竜と違い洗練された姿ではなく、胴も四肢もず太い。

 すると、その巨大な竜は足下で悲鳴を響かせている鬼達に目を向けると、ためらいなく踏み潰しにかかった。

 大地から悲鳴が響き渡る。


「このっ! やめろ!」


 詠唱なしで巨大な火炎球がハルの手から放たれた。火炎球は巨体の背鰭の一つに着弾して大爆発をおこす。

 しかし巨大な竜は攻撃してきたハルのことなど気にもせず鬼達を踏み潰すことを継続している。さっきの魔術が、まるで効いてないようだ。


「……きいて、いない?」

「ハルちゃん、下がって! 死神の黒雷こくらいを使うわ」


 リリアナが魔王から授かった力の使用を告げる。

 死神の黒雷とは、対象を完全に即死させる死の雷撃であり、防ぐことも耐えることも不可能な反則としか言いようがない力である。


「これで!」


 リリアナは両手の中に黒いエネルギー球体を生成し、それを巨大な生物に向けてはなった。

 エネルギーは雷状に変化すると、巨大な竜の脇腹にぶつかった。

 すると巨竜は、いきなりピタリと動きを止めた。


「終わりね、部下達の仇よ」


 リリアナは、そっと胸をなでおろした。

 あれを受けたからには絶対に死から免れない。


「この能力は、あまりにも反則すぎるから日頃使わないようにしてるけど、今は仕方ないことよ」


 しかし思うようにはならなかった。

 何事もなかったかのように巨大な竜が活動を再開し始めたのだ。そして、また鬼達を踏みにじりだす。


「な、なんで! あの力は、絶対即死のはず!」

「……リリアナお姉さまの力が」


 二人は驚愕しかできなかった。

 魔王から与えられた、絶大な能力が通用していないのだ。

 こんなこと、初めてだった。

 今まで、この力で倒せなかった者などいないと言うのに。

 そして巨大な竜は口を開くと、いきなり灼熱の炎を大地に向けて吹き付けた。

 それは爆音と高熱の嵐だ。


「あつ!」

「うっ!」


 あまりの熱波にハルとリリアナは、その場から遠ざかる。それほどの火力なのだ。

 先程放ったハルの魔術など比にもならない大火力が鬼達を飲み込んでしまう。全ての鬼達が業火の中に消えた。


「……くっ、よくもみんなを!」

「落ち着いてハルちゃん。あの怪物は普通じゃないわ、このまま戦うのは危険よ」

「そんな……」

「今は、いったん引き上げましょう。……気持ちは分かるけど、今は我慢して」


 激怒して取り乱したハルを、落ち着かせるリリアナ。

 今は打つ手がないと考えたのだ。

 魔王から授かった力が通用しないと言い、魔術を凌駕する火炎を吐くと言い、あの巨大な竜はあまりにも不可解すぎるのだ。

 すると突如、彼女達めがけ巨大な手が振り払われた。


「きゃっ!」

「うっ!」


 回避はできたが、余波の突風で吹き飛ばされた。二人はすぐさま体勢を立て直す。

 デカイわりに挙動は、かなり速いものであった。

 そして今度はリリアナに向けられて、巨大な手が降り下ろされた。


「くっ……ときなまり!」


 彼女は、また力を行使した。

 時鈍りとは、任意の存在の時間を遅滞あるいは停止させる力。

 巨大な竜の動きを停止させて避けようとしたが、それも通じなかった。


「そんな、時が止まらない?」


 振り下ろされる手は停止するどころか、勢いが奪われた様子もなかった。

 もう回避は間に合わない。

 亜音速の巨大な一撃を受けたリリアナは、スプレーのような血霧をぶちまけ肉片と化した。


「お姉さまぁぁぁぁぁ!!」


 リリアナの血の煙を見て、絶叫を響かせるハル。

 わずかの間に、仲間も、慕っていた姉のような存在も、全てが目の前の怪物に奪われた。


「……よくも……よくもぉぉぉ!!」


 ハルの中で怒りが爆発した。

 彼女は魔術の行使を始める。

 目の前の巨体を強力な磁場で包み、さらにその上を特殊な力場で覆う。


「中を真空に、そして水素ガスを注入……」


 ぶつぶつと呟くように、ハルは自分が行っていることを言葉にする。

 磁場の中が真空になった瞬間、魔術で生成されたガスに満たされ始める。

 

「……これで、消えてしまえ!」


 最大の一撃の準備は整った。


「お前は……お姉さまと、みんなを奪った! 私の怒りを味わえ!」


 ハルは両手を前に突き出すと、魔王の力により本来なら必要のない詠唱を口にした。怒りをぶつけるかのように。


「グランデス・フュージョン!」


 そのとたんに、磁場の中が閃光に包まれた。

 原子核融合である。

 ハルの最大の攻撃魔術。

 彼女が考案した、オリジナルの戦略魔術である。

 それはきわめて強力で水爆の中心部並の超高熱・高圧を磁場の中に発生させるもの。

 言うなれば、核融合炉の中に対象を閉じ込める攻撃。

 あらゆる物が電離してしまうだろう。

 そして数秒ほどして、ハルは魔術を停止させた。

 だが……。


「……えっ、なんで!」


 ハルは息を飲む。

 超高熱の空間を維持する戦略魔術。その熱量の中で焼き尽くせない存在などいるはずがない。 

 ……じゃあ、これは幻覚か?

 ドロドロに溶けた地面の上に、殺すはずだった巨体が佇んでいた。



× × ×



 このファンタジー世界に来て熱核攻撃とは、恐れ入るぜ。核攻撃を食らうのは、これで二度目か。

 焼け死ぬんじゃないかと思ったが、熱吸収による冷却と超再生でどうにかできた。

 俺の肉体は熱を吸い上げて生命活動のエネルギーに変換している。それを利用しての冷却、そして高速の自己再生でどうにかできた。

 おかげで莫大なエネルギーを体内に吸収することができた。

 ……しかし、以前よりも体が強靭になったような気がする。あの超高熱、超高圧の空間でダメージがほとんどないとは。

 いぜんよりも熱吸収能力が向上したのか、あるいは肉体の再生速度が向上したのか。

 だが、今はそんなことは後回しだ。

 俺は最後の生き残りである少女に目を向ける。


「……私の……最強の……魔術が」


 魔族の少女は、青ざめ、表情がひきつっていた。


「どうやら、ここまでだな」

「……お、お前しゃべれるのか?」

「ああ。見た目はこんなだが、人間ひと並みの知恵はある」

「……ど、どうして。お前には、なぜ魔王様からいただいた力が通用しないんだ!」


 少女は悔しげに、涙をこぼしている。

 魔王の力? 

 おそらく彼女達は何か特別な、それこそ超常の力を使っていたのだろう。しかも、かなり反則的なものを。

 鬼どもを始末してるときに「絶対な即死」とか言っていたからな。

 別にダメージは無かったため、気にはしなかったが。


「お前達が持っている特別な能力か何かか? ……さすがに、何も知らずに死ぬのは可愛そうか」


 多少理解できたような気がする。ここに来る前に言っていた、マエラさんの干渉不可能という言葉を。

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