ムラトとマエラ

 ドワーフの集落で戦闘が開始される前のこと……。


 

× × ×



「……そうか、君は人間だったのか。それで、原因は分からないけど今の姿になったと」 


 俺の頭の上で膝を抱えて座るマエラさんは驚いた様子もなく語る。


「はい。俺は、この怪獣と言う巨大な超生物に食われました。そして、今の俺があるわけです」


 全てを彼女に告げた。

 俺……いや、俺達は別の世界の存在であること。

 そこで怪獣に食われて、二つの存在が一体化したこと。

 そして、なぜかこの世界に来てしまったこと。

 もはや、分からないことばかりであることも。


「別世界の存在か。……さてさて、何者かのイタズラかな」

「……さすがに、あなたでも分かりませんか? 俺がなぜ、ここに来てしまったのか」


 俺はマエラさんに問う。彼女は、なにも喋らず頭を横に振った。

 いかに優れた科学者でも難しいのだろう。俺がどういったことで、この世界にやって来たか解明するなど。

 するとマエラさんは、いきなり立ち上がると空を見上げる。


「だけど、一つだけ言えることがあるわ。この世の神は死んでるから、神の力によるものじゃないわね」

「……神か」


 神と言う単語を聞いて俺は呟く。

 俺達の世界には神秘も奇跡もなかった、ゆえに安易に超常の存在など信じられない。

 しかし、この世界にはかつて存在していたと聞く。

 神とは、いったいなんなのか。信じていいものなのか?

 ……いや、今は神の話など保留だ。

 他に俺を呼び寄せた可能性があるとすれば……魔術とか。


「では、魔術を利用して誰かが俺を呼び寄せたとかは?」

「それも違うと思うわ。現状では別の世界からなにかを召喚するような魔術はないもの。それに魔術とは呼んでるけど、別に神秘的な物じゃないのよ。全ては自然法則、必ず原理がある。魔粒子と言う思考反応物質しこうはんのうぶっしつに思念を送り込んで任意の現象を、とある原理を利用して起こしているにしかすぎないのよ」


 ……なんか、また一段と難しいな。

 魔術に関しては、アサムからある程度きいたが。

 魔術の行使には、精神的エネルギーである魔力を消費して、使用する術に見合った量の魔粒子を一ヶ所に集めなければならない。

 十分に神秘や奇跡にも思えるが、これも物理法則を無視しない科学だと言うのだろうか?

 すると彼女がまた話を続ける。


「……はっきり言って、魔粒子よりも君の肉体の方がよっぽどすごいよ」

「怪獣の体がですか?」


 突如マエラさんの様子が変貌した。まるで竜を前にした、エリンダ様を思わせる。

 だいぶ興奮している。 

 ……まるで、長年求めていた物を手に入れた子供のようだ。

 彼女は両手を広げて俺の頭の上でクルクル回って答えてくれる。


「通常魔術どころか戦略魔術にも耐える肉体。驚異の超再生力。不老不死としか言いようがない生命力。全てを破壊する膂力。……理解できない非科学的な力にしか見えないけど、これは単純に現状の科学力では理解できていないだけ」

「……つまり、どういうことですか?」

「君の強大な力は超能力や魔法のようなオカルトや神秘や奇跡的な物ではなく、今の科学の力では分析や理解ができない自然法則なのだよ」


 ……やっぱり、話が難しいな。

 だが少しばかりは分かる。怪獣こいつが持つ脅威的な攻撃能力や不死身の肉体はけして物理を超越したものではなく、科学的な原理に基づいたものと言うことなのだろう。 

 ただそれらの生体的能力が今の科学では解明できないため、超常の力に見えてしまっている、と言うわけか。


「最後に言っておこうかな……」


 はしゃいでいたマエラさんが、いきなり冷静な面持ちになり再び膝を抱えて座り込んだ。


「これは、あくまで個人的な推測でしかないけど、君……いや、怪獣だったね。その怪獣が次元を移動する能力を持っているんじゃないかな」

「……か、怪獣がですか!」


 そんなバカな!


「まあ、あくまで推測だよ。……もしも推測が当たっていたら、君はこの世界に自力でやって来たことを意味するね」

「……自力ですか」

「つまり君は、好きなようにあらゆる世界を渡り歩ける可能性がある」


 するとマエラさんは、また立ち上がり王都の方を向く。

 俺の頭の上からだから、全体を見渡せるはずだ。


「話はここまでにしよう。この後、人と会う約束をしていてね。……今回の話は、絶対に人前で口にしてはいけないよ。無数の宇宙が存在していることを知っているのは、ごく一部の者達だけだから。……おそらく君には、物理を度外視した方法では干渉不可能だろうね」


 と、話を終えた彼女を大地へと帰した。

 最後に言った干渉不可能とは、どういう意味だろうか。

 聞きたいところだったが、マエラさんはさっさと正門を潜っていた。

 そして入れ替わるかたちで、隊長がやって来た。

 ちょっと慌ててる様子。


「ムラト! いきなりで悪いが、すぐに仕事に出かけるぞ」

「慌ただしいですね。危険な仕事ですか?」

「隣国メルガロスで、魔王が好き放題やってるようでな。そいつを始末する」


 異世界にきて、やっとファンタジーらしい言葉を聞いた。


「そこでだ。お前の、そのデカイ体を質量兵器として使う」


 隊長……俺をいったいなんだと思ってるんです。

 質量兵器。つまり俺を高所から、たたき落とすつもりだろう。



× × ×



 王都内にある、とある喫茶店。

 ポツリとたった一人テーブルにかけて、お茶を啜るマエラがいた。

 建物内を見渡す。煉瓦と木材で作られた、なかなかの店だが、彼女からは古風の店に見える。

 店内には、店主さえいない。完全に貸切状態。

 すると、カランカランと玄関のドアにつけられたベルが来客を告げた。

 入ってきたその者の姿は異常であった。

 渡世人のような姿に、顔には不気味なガスマスク。そして真っ白な九つの尻尾。

 その男は、マエラの向かい側に腰をかけた。

 そして先に言葉を発したのは、マエラであった。


「珍しいですね先生。あなたから話がしたいとは」

「ああ、どうしても気になることがあってな」


 ガスマスクの男から、濁った声質が放たれる。マスクの影響だろう。


「これが必要なんですね?」


 マエラは、ソッとシャーレをテーブルの上に乗せた。中には肉片のような物が入っているが、まだ生々しく新鮮味が感じられた。


「見てください。切除したのは、だいぶ前だと言うのに、今だに生命力でみちあふれています」

「……怪獣とか言ったな。これがほしかったのだ」


 男はシャーレを受けとると、懐にしまった。


「先生は、彼の細胞で何をしようと言うのですか?」


 マエラの問いに男は頷いた。


「怪獣……ムラトだったな。あいつが、どこの宇宙から来たか分からないのだろう?」


 その言葉にマエラは、顔を縦に振った。

 彼女は神々の空間も見ることができる『次元観測器』で観測を試みたが、結局見つけることができなかった。


「このサンプルがあれば、さらに高位の領域に近づけるかもしれんのだ。それこそ全知全能などと語ってる神々でも理解できていない領域を。……おそらくその領域に、おれに啓示を与えた存在がいると思われる」

「神以上の存在がいると?」

「そうだ。神より高位の存在はいないと言うが、ただたんに連中が自分達よりも高位の存在を把握できていないだけだろう」


 そして男は立ち上がり、マエラを見下ろした。


「気をつけろ、これから戦いは激しさを増すぞ。三体の星外魔獣コズミックビーストが飛来したのを察知した、しかもかなり強力な個体の可能性がある」

「星外魔獣!」


 宇宙生物の襲来を聞いて、驚愕しながらマエラは立ち上がった。


「うち二体は、既にいくつかの文明を崩壊させている」


 男はそう告げると、店を後にした。  

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