奇襲の算段
ロランは理解に苦しんだ。
師匠はいったい何を考えているのだろうと。大軍相手に奇襲を仕掛けて撹乱でもしようと言うのか?
しかし後方に控えてる魔王軍は、さっきの尖兵のような
それに加え幹部が三人もいる。
策を練っても、どうにかなるよう規模ではない。
「さて、こっから本番だな」
集落の人達からズボンをもらい、やっとまともな姿になったオボロは集落の南方にある丘に目を向けていた。
しかし、もらったズボンが短いめか短パンのようになっている。
戦闘が一段落したからと言って、一安心というわけにはいかない。
目では確認できないが、丘の先には三人の幹部と、それに付き従う魔物の軍勢がいるのだから。
「本当に奇襲を仕掛けるつもりですか師匠? 今度ばかりは、いくらあなたがいてくれても……」
オボロに水袋を差し出して問うロラン。
丘の向こうにいる魔王軍は圧倒的、いくら奇襲をしかけても、それにオボロを加えても、無茶がすぎるとロランは思ったのだ。
水袋を受け取り、喉を潤すとオボロは返答した。
「戦闘後の水は旨いな。戦場じゃあ、なかなか水が手にはいらねぇから、死体の血液や膀胱を啜ったもんだぜ。……奇襲を仕掛けるのは、オレ達じゃねぇぜ。もう一人来るはずなんだが、転移位置の観測に手こずってんのか?」
そう言いながらオボロはボリボリと頭を掻いた。
「もう一人来るって……師匠の仲間のことですか?」
「そうだ、ここに来る前に言っていたもう一人の仲間のことだ。そいつを魔王軍がいる位置に転移させて奇襲を仕掛ける算段だ」
「……ちょっと待ってください、一人で奇襲させるつもりなんですか?」
「その通りだ」
ロランは言葉を失った。
一人であの軍勢に奇襲を仕掛けるなど自殺行為だ。それに転移魔術を利用しての奇襲など上手くいくわけがない。
転移魔術は転移場所に魔方陣が発生するため、何者かが転移してくることが簡単にバレてしまうのだ。ゆえに奇襲などにはならない。
ロランは頭を抱えた、明らかに無謀すぎると。
「おい! 一度全員集まれ」
すると、オボロは集落の広場に人々を集めると今後の説明をしだした。
「いいか、よく聞け! 遠くで控えてる魔王軍の大部隊だが、ここで全部潰す!」
そうオボロが告げた瞬間、住民達が騒ぎだした。
「いくらなんでも無理だ。……あんたが強いことは分かるが、数が違いすぎるぞ」
「そうだ! やはり王都の連中を説得するか、別の街から助けをよばないと……」
奇襲を仕掛けて撹乱に成功したとしても、今のドワーフの集落にある戦力だけでは、とても無理がありすぎる。小隊で師団を相手にするぐらいの差があるのだ。
「……助けが来るまで魔王軍が待ってくれると思うか?」
オボロは非情に告げるが現実である。そのため住民達は押し黙ってしまった。
だがけして、考えなしに魔王軍を相手するわけではない。再び口を開くオボロ。
「重要なことを言う。オレが指示をだしたら全員伏せるんだ、いいな」
有無を言わせない凄みを持ったオボロの発言。
住民達は今はこの男にかけてみるしかないと思ったのだろうか、半信半疑な様子で頷いた。
その時だった。
いきなり集落の上空に光り耀く魔方陣が発生し、そこから何かが飛び出してきたのだ。
バサバサと羽ばたく音、それが広場の中央に降り立った。
「まさか、あの四匹がやられてしまうとは。甘く見すぎていたようですね」
そう語るのは、少女と見間違えそうな白髪の華奢な美少年だった。頭に角があり、背中にはコウモリのごとき翼。……魔族であることが分かる。
「僕は魔王軍幹部の一人、エルスと申します。部下達の生命反応が途絶えたのでやって来ました。魔王様から力をもらい受けた彼等を……うわぁ!!」
と、いきなりエルスは悲鳴のような声をあげた。
彼が話してる最中にオボロが鉄拳を振り下ろしてきたのだ。
そして、たまらずエルスは飛び上がって避けたのだ。
「……なんて乱暴な方ですか、あなたは!」
「魔族の話を聞く耳はねぇ! いいからかかってこい」
エルスに向けるオボロの目は非常に無機質で冷たいものであった。
「なんてことを……」
いくら敵とは言え問答無用すぎる、とロランはオボロの迷いのない行動に息を飲んだ。
明らかに狼超人を相手にしていた時のオボロとは様子が違う。魔族に相当な恨みがありそうな形相をしているのだ。
「……やべっ」
その時、オボロはあるものを目でとらえた。
それは直径数百メートルはあろう魔方陣。魔方陣は丘の向こう側の上空に発生している。
つまり魔王軍に奇襲を仕掛ける仲間がやって来ることを意味している。
その意味を理解したとたんに、オボロの表情が豹変し絶叫が響き渡る。
「やべっ! やべっ! 全員伏せろぉぉぉぉ!!」
オボロは慌ててロランとルナを守るように抱き寄せた。
そして数秒後、周囲全てが轟音、振動、衝撃に包まれた。
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