凶器の金玉

 全裸のオボロとアカマダは身構えながら見合う。ともに一切の隙を見せない。

 身の丈はアカマダの方が勝っているが、筋肉量や身体能力ではオボロの方が圧倒的であろう。

 するとアカマダがオボロの股間に目をやり、ニヤリと笑みを見せた。


「ついでに貴様の珍宝ちんぽうをいじめてやろう。ワシはこう見えて魔術をつかえるのだ。くらえ! 亀甲捕縛ピンコ・マーキマキ


 アカマダが妙な詠唱を行うと、いきなりオボロの頭上から赤い紐が落ちてきて体に巻き付きだした。

 本来、魔物は魔術を扱えないが、これもアカマダが言っていた偉大なる力によるものだろうか。

 オボロに絡み付く紐は、まるで蛇のように動き回り分厚い筋肉の塊を緊縛し、最後に男根をきつめに締め上げた。


ててて! こんなのオレに巻き付けてどうするつもりだ?」

「うひゃひゃひゃ! 貴様の一物ぶつをいじめているのだ!」

「いじめるだと? とんでもねぇ! おかげで元気モリモリだぜ!」


 パワーアップでもしたかのように、オボロは両手を腰に当て自分の一物ものをアカマダに見せ付けた。締め付けのためか、より一層大きくなっている。

 

「……いったい、これはなんなんだ?」

「あの人が強いのは分かる……だが……」


 もはや集落の人々は彼等の行動や会話にはついていけず、冷たい視線をおくるだけになっていた。


「見てみろ! この勃起びんびんまる! ……あっぶねぇー!!」


 人々の様子などお構いなしに、オボロは彼等にも見せびらかす。もはや先程の気迫はどこへやら。

 オボロの品のない問いかけに激怒したのか、エルフは矢をドワーフは投石紐で石を放ってきた。

 そして、その攻撃を高速の反復横飛びで回避するオボロ。


「師匠! ズボンをはいてください!」


 ロランもオボロの有り様に我慢ならず服を着るように促した。


「まったく、しょうがねぇな」


 ロランの言葉を聞いて、しぶしぶとオボロは脱ぎ捨てたズボンを探すが、先程飛び散った胃液がかかったらしく使い物にならなくなっていた。


「あっ! ズボンが! こうなったら全裸フルヌードで戦ってやる!」


 むろんそんなことは許されない。


「師匠! かえの服はないんですか? もう!」


 それを聞いて、しょうがなさそうに道具袋を探るオボロ。

 そして取り出したものは、凄まじい代物であった。


「ようし、これで行けるぜ!」


 前につき出すは赤く細長いもの。それは、ウインクする天狗面がつけられたTバックであった。


「ベーンが作ってくれた、かえの下着だ。なかなか良い商品じゃねぇか」


 これにはたまらず、集落の人々はずっこけるしかなかった。

 亀甲縛りにされ、股間部に天狗面。もはや変態以外の何者でもない変貌をとげたオボロ。その変質的な姿で身構えた。


「ふん! そのような姿になってもワシには勝てぬぞ。金玉せがれ達の力をとくと見るがよい。あぎゃーん!!」


 アカマダは奇妙なかけ声をあげる。

 するといきなり股間部の二つの鉄球が地面に落下した。地が揺れるあたり、相当な重量があることが分かる。

 しかし鉄球は体から完全に分離したのではなく、柔軟な皮で股間部に繋がっている。

 そしてアカマダは皮の部分を掴むと、鎖付き鉄球のごとく振り回し始めたのだ。

 鉄球は風を切り、常人にはとらえることができない速度で動きまわる。 


「ま゛ー!! ワシの金玉破砕球ゴールデンクラッシャーで粉々にしてくれるは!」


 アカマダは鉄球を加速させ、右の破砕球を振り下ろした。

 オボロはその巨体を横に跳躍させ、凶器の鉄球を回避する。

 ズドム! という音とともに地面が揺れ土煙がまいあがった。


「……まともに食らうと、あぶねぇかもな」


 地にめり込む鉄球を見て呟くオボロ。

 その金玉は生物の器官というよりも、ただの質量兵器と言えるだろう。


「明らかに並の魔物じゃねぇな。オレも少しばかり本気をだすか」


 オボロはニヤリと笑みを見せる。


「くけけけ! ワシは退屈していた。メルガロスに従える勇者や戦士達が姿を見せぬから、いつも相手するのは能力を持たね者どもだった。貴様のような強敵を待っていたぞ!」


 アカマダも気力が満ちてきたのか、振り回す鉄球が加速してゆく。

 オボロ以外に破砕球の動きが見えるのは、この場にいないであろう。

 激しい戦闘が開始されると分かり、ロランやルナ、そして人々が巨体の二人から距離を離した。


「ちょりゃあぁぁ!!」


 雄叫びとともに左の鉄球を投げ放つアカマダ。鉄球は真っ直ぐオボロに向かっていく。

 むろん、すかさずオボロは避けようと動いたが、なぜか破砕球が被弾したのだ。


「ぐおあ!!」


 たまらず体勢を崩すオボロ。

 鉄球はたしかに真っ直ぐ飛んできたのだが途中で軌道を変えて、避けたオボロの胴体に一撃をくわえたのだ。

 おのれの鉄球を引き戻したアカマダは、その鉄球をオボロに見せつけた。所々に穴のようなものがある。


「ワシの金玉せがれには、噴射口があってな。そこから圧縮空気を噴射することで、軌道をコントロールできるのだ! やすやすとは、かわせんぞ」


 そう言い放ち、再び鉄球を振り回し始める。

 一つの玉でも、かなりの質量があるため食らうとダメージがかなりでかい。

 もしも食らったのがオボロではなく普通の人だったら、破砕球と言うだけあって粉々になっていただろう。


「ちっ! あぶねぇ上に、コントロールできるとは、なかなか高性能な金玉たましてやがる。おもしれぇ……お前の金玉たまが上か、オレの石頭が上か、試してやる」


 オボロは四股を踏み、どっしりと構えると、頭の天辺を前に突きだした。ここを攻撃しろと言わんばかりに。


「ほほう、避けるのではなく、あえて真っ向から受けてたつと言うわけか。ワシの金玉せがれ達を甘くみるでないぞ。そぉいっ!!」


 今度は右の鉄球が投じられる。しかも圧縮空気の噴射により加速している。

 鈍い音が響き渡る。加速された破砕球は目標を間違うことなくオボロの頭に着弾していた。


「……ぐぬぅ」


 衝撃と痛みに、小さな声をもらすオボロ。 

 頭皮が裂けたのか、ポタポタと血が流れ落ちた。


「師匠!!」 


 思わず悲鳴のような声をあげるロラン。

 しかしオボロは、心配するロランに見向きもせず、なおも頭を突き出す。問題ないと言わんばかりに。

 頭蓋骨の堅牢さだけでなく、太い首が衝撃を吸収したのであろう。たとえ頭が割れなくとも、衝撃で脳震盪を起こしていたはずだ。


「ほら! どうしたよ! お前の金玉たまじゃ、オレの頭を砕くことはできないようだな」

「なにを! えぇい、もう一発食らえ!」


 アカマダは再び右の鉄球を投じる。空気の噴射の加速で、より高速化した質量がオボロに襲いかかろうとした。

 しかしオボロは、それを待っていたのだ。


「どうりゃあ!!」


 高速でせまってきた鉄球にオボロは自分の額を叩きつけた。頭突きである。

 また鈍い音がしてオボロの頭部から血が飛び散った。

 だが、砕けたのはアカマダの鉄球の方であった。


「だあぁぁ!! 金玉せがれやぁぁぁ!!」


 右の破砕球が粉々になったアカマダの悲痛の叫びが拡がる。

 しかし、すぐさま左の鉄球が放り投げられた。


「仇討ちだ! ねぇぇぇ!!」

「死ぬかよ、おらぁ!」


 オボロは避けようとはせず、向かってきた鉄球を殴りつけた。むろん勝ったのは彼の鉄拳である。

 鉄球は打ち返されアカマダに着弾した。


「ぎゃぽぉ!」


 自分自身の質量兵器せがれを受けるのは初めてであった。

 大質量の塊が高速でぶつかったのだ、巨体のアカマダといえど衝撃を抑え込むことができず後ろに勢いよくゴロゴロと転がった。


「ぎゃあぁぁぁぁ!! でぇ! でぇよぉぉ!」 


 全身の激痛で、のたうち回るアカマダ。しかも左の鉄球も砕け散っていた。


金玉せがれなき状態で戦えるか?」


 額と拳から血を滴らせながら、アカマダに歩み寄るオボロ。

 すると、いきなり拳がオボロの頬に叩き込まれた。


「まだだ! まだ負けとらん!」


 起き上がりざまに、アカマダが放ってきたパンチであった。

 しかしオボロの強靭な首がばねとなり、まともなダメージは入らなかった。


「やってくれるぜ!」


 負けじとオボロはアッパーカットをくりだした。自分以上の赤き巨体が空中を舞った。


「ぎゃーおっ!!」


 アカマダは空中で幾度も回転し、最後に大地に叩きつけられた。ピクピクと痙攣し、顎が砕け、口腔から鮮血を溢す。


星外魔獣コズミックビーストと比べりゃ、たいしたことねぇ野郎だ。だがまあ金玉たまだけは、なかなか強烈だったぜ」


 オボロがそう言うと、アカマダはガックシと事切れた。

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