剛腕炸裂

 オボロは準備運動でもするかのように巨大な鉞をブンブンと振り、そして両腕をグルリと回した。

 そんな巨体の男をドワーフ達は呆然と見つめる。

 鍛冶に秀でる種族である彼等から見れば、オボロが持つ武器は明らかに現実的な拵え方ではないからだ。重すぎて普通なら取り扱えるものではない。

 しかし目の前の山のごとき男は、使いなれたように軽々と振り回している。

 つまりその光景は、目の前の男は人類を越えた剛力を持っていることを証明している。


「せっかく転移魔術でやって来たんだ。さっそく仕事でもするか。全員少し離れていろ、えれぇことになるぜ」


 そう言うとオボロは、ロランと狼超人ウルフマンのもとに足を進めた。


「んなっ! ……デケぇ」


 オボロの前では加護で強化された狼超人も見上げるしかない。

 狼も肉体強化されて筋肉が隆起し、身長も二メートル越えてるが、オボロの前では子供サイズである。


「……な、なんだ。てめぇは」


 そう言った狼超人に応ぜず、オボロはロランに目を向けて言い放つ。


「ロラン変われ。こいつらはオレがやる」

「分かりました」


 ロランは素直に従い、剣をしまうとその場から離れた。


「いくぞ狼野郎!」

「へっ! おもしれぇ! やってみろクマこう!」


 お互いにそう言った瞬間、オボロは面前の狼超人を蹴り上げた。


「があぁぁぁ!!」


 絶叫が上空に消える。

 オボロの蹴りは、明らかに普通の当て身ではなかった。牽制どころではない、一撃で対象を葬るのに十分な威力を秘めていた。

 吐血をまきながら回転する狼超人。彼は今地上から数十メートルも離れた位置にいる。

 むろん宙を舞えば、今度は落下がまっている。

 そのまま狼超人は受身もとれず地面に激突した。地面に倒れこんでビクビクと痙攣し、口角から鮮血のあぶくを吹きだす。

 オボロは無造作に蹴りあげただけ、それだけで強化された狼を一撃で瀕死にしてしまったのだ。


「……な、バカな! 我々には魔王様の加護が……」

「こんな危険人物やっべぇのいるなんて、知らされてねーぞ!」


 部下の狼超人達は、リーダーが瀕死においやられたことに狼狽えることしかできなかった。


「……ぐぅ……俺には……ごふぅ……加護が……体の回復も」


 リーダー狼は血を吐きながらも、どうにか言葉を発する。そして起き上がろうと足掻く。

 強靭な肉体により即死は免れた、さらに加護の力で肉体も回復できる。まだ負けたわけではない。

 だが戦場で敵の回復を待ってくれる、愚かなものはいない。


「さすがに魔王の加護とやらだな。だがな、粉微塵にしても生きていられるか?」


 回復をはかる狼超人のもとに、鉞を大きく振りかぶったオボロが近寄ってきた。

 狼は骨も内臓もメチャメチャで、まともに身動きがとれない。次の攻撃は確実に食らうだろう。

 しかも先程の蹴りなど比較にもならない強力な一撃が。


「……ちょ……待ってくれ……回復が」

「そらよっ!!」

 

 狼の言葉に耳など貸すはずもなく、オボロは巨大な鉞を振り下ろす。

 それは、あまりにも強烈だった。

 轟音が響き渡り、クレーターが形成され、地震のように大地が揺れ、そして土や石に混ざって霧状の血や肉片が周囲に飛散した。

 叩き切ったと言うよりも、爆散させたと言った方がさまになるだろう。

 リーダー狼は粉々になってしまったのだ。


「ありえねぇ……鉞が見えなかった」

「戦士達でも手に負えなかった相手を……」


 さっきまで手も足も出なかった相手が一方的にやられる光景。この有り様には集落の人々も開いた口がふさがらない。


「……強くなってる……以前よりもはるかに」 


 オボロを知るロランでさえも息をのむ戦闘だった。いや、戦闘と呼べるものだっただろうか。

 そして一番の驚くべきはオボロの怪力であった。魔王の加護をも物ともしない一撃、以前よりも強靭になっていることが理解できたのだ。


「さぁて、残りを片づける」


 地面に突き立った鉞から手を放すと、オボロは一番近くにいた狼に抱きついた。そこまでに至るまでの動作が恐ろしく速かった。

 その巨体に相応しくない素早い動きであったのだ。


「は、離せぇ! この熊野郎!」


 狼超人はオボロの腕の中でジタバタ騒ぐが、まるでびくともしない。 

 胴回りに抱きついたオボロは狼を軽々と持ち上げ、そして加護を施されてるであろう肉体を力をこめて締め上げた。ベアハッグである。

 背骨、肋骨を圧迫する攻撃だがオボロの剛力にかかれば意味が違ってくる。


「は、離してくれぇ! ……ぐ、ぐるじい……ぐぼぁ!!」


 メリメリと何かが砕ける音とともに体を締め上げられていく狼。そしてついには、両眼球が飛び出し、口腔から内臓を逆流させて事切れた。

 臓物ととも噴出した血が、びしゃっとオボロの顔を汚す。 

 そして絞め潰した狼の死体を軽々と投げ捨て、オボロは顔中に浴びた血を舐めとった。

 オボロにとって血液を舐める行動は、けして威嚇のための演技ではない。戦闘中の水分補給のためである。

 しかし他の者から見れば、おぞましい情景だ。助けに来てくれた血濡れの味方の姿に集落の者達は、ただただ息をのむことしかできなくなっていた。


「……はひいぃぃ!!」


 聞き苦しい悲鳴をあげ、最後に残った狼超人は尻餅をつき失禁で股を濡らしていた。


「お前で最後か」


 恐怖する狼に情け容赦なく近寄るオボロ。世界を手に入れようと企てる魔王軍の一匹、そんな奴を生かしておく道理はないからだ。

 オボロは狼の顔面を鷲掴みにすると、片手で楽々と頭上まで持ち上げ、そのまま狼を肩に担ぎ上げた。

 そして狼の顎と脚を掴み、首を支点にして狼の背中を曲げていく。背骨折りである。

 しかし、そこはやはりオボロの怪力である。背骨が折れるにとどまらず、狼の胴体は半分にちぎれて鮮血と臓腑を周囲に撒き散らした。

 これで狼超人達は全滅したのだ。

 オボロがここに来て、十分もたっていないだろう。

 ロランは最後に殺された狼超人が撒き散らした内臓を見据えた。

 それらにはあらゆる形状があり、赤黒いもの、ピンクのもの、白っぽいものと鮮やか。そして新鮮であるかのように、ピチピチテカテカとしている。

 それを意識したせいか強烈な吐き気が押し寄せ、ロランは足下に吐瀉物を落とした。

 そして口を拭ったロランは、血で真っ赤に染まったオボロに顔を向ける。


「……し、師匠。あいかわらず、こんな戦いを?」

「ああ、そうだ。相手は魔王軍だろ、見た目なんざ気にしてられねぇ。確実に殺すことだけを意識するんだ」


 いたって冷静に返答するオボロ。

 ロランは彼に鍛えられた時期があるため、オボロの戦い方などどんなものか分かる。

 それは華麗に刃で斬るでもなく、見とれるような技巧を凝らすわけでもない。

 その異常な剛力で確実に対象の肉体を破壊して、死に至らしめることだ。


「まったく、この程度の連中に手こずるとはまだまだ鍛練も経験も足りねぇぞロラン」

「……すみません師匠。手間をかけさせてしまって」

「まあ、いい。それでだな……」


 オボロが最後に何か言いかけると、いきなり集落の者達が一斉に二人のもとに駆け寄ってきて騒ぎだした。


「あんた、我々に力を貸してくれぇ!」

「そうよ、あなたがいてくれれば魔王軍を返り討ちにできるかもしれない!」 

「頼む! この国を助けてくれぇ!」


 周囲から湧き上がるように声が送られる。

 さすがに、そう同時に横からワイワイ言われると鬱陶しものである。

 さすがにこれには我慢ならず、オボロは怒鳴りつけた。


「だあー、もう、うるさい! 口は一つしかねぇんだ! 一編に話かけるな」


 オボロの機嫌を損ねては不味いと思ったのか、一斉にその場の人々が口を閉じた。

 すると静かな呻き声が聞こえてきた。


「……うぅ……頼む……魔王軍に……復讐を」


 その声がする方に顔を向けるオボロ。

 呻きをもらしていたのは、倒れているエルフの戦士リマだった。

 瀕死の彼女の傍ではルナが膝をついている。僧侶の少女はオボロの目を見詰めると、諦めるかのように首を力なく横に振った。

 リマの体には大きな穴があいている。臓器の損傷も激しく、助かる見込みはない。

 オボロはゆっくりと彼女達に近寄り、方膝をつけた。そしてリマの顔を覗きこむ。


「必ず魔王軍どもは滅ぼす、約束するぜ。あとのことは任せておけ」

「……た……頼んだぞ……必ず」


 オボロの言葉に安堵の表情をするリマ。 


「最後に……頼む……殺してくれ」

「ああ、分かった。せめて楽に送ってやる」


 もう自分は助からない、リマはそれをしっかり認識していた。

 彼女の頼みごとに頷くと、オボロは道具袋をまさぐり何かを取り出す。それは大きな注射器のようだった。

 その注射器をリマの体に突き刺し、薬品を注入していく。


「それは何です?」


 薬品がなんなのか気になり、問いかけるルナ。


「致死量の鎮痛剤モルヒネだ、眠るように終われる。心臓や喉を抉られて楽にされるよりはマシだろう。なるべく綺麗なままで里に帰してやらねぇとな」


 ルナにとっては初めて聞く薬品名だった。

 オボロの言うとおり、しばらくするとリマは穏やかに息を引き取った。

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