集落の激戦

 魔族。

 それは創造の女神の死と同時に現れた存在。世界を手にいれようと魔王を筆頭にメルガロスと太古より幾度も戦いを起こしている魔の種族。

 その正体は今だによく分かっておらず、なぜ突如出現するようになったのかも不明である。

 魔族の姿は人間に近いが、頭には角があり、背中にはコウモリのごとき翼がある。

 そして個々が、多彩な魔術、高い魔力、強靭な身体能力を持ち、魔粒子を生命活動のエネルギー源にして永遠の若さを保つ不老長寿の存在である。

 そんな戦闘種族との戦いに挑むことを決意したオボロはロランを見下ろした。


「助力はするが、条件がある。いいか良く聞け、ロラン。オレ達のやり方に口は出すなよ」

「……は、はい」


 オボロの目付きは鋭いが口調は極めて冷静。有無も言わさぬその威圧感に少年は、やや震えた返答をした。


「うし! そんじゃ、さっそくいく準備だ」


 オボロが頼もしげに声をあげたとき、ロランの頭の中に女性の声が響き渡った。


(ロラン! 今どこにいるの? 急いで戻ってきて、ドワーフの集落に魔王軍が……)

(何だって! 予測よりも進軍が速い! 魔王軍の規模は?)


 突如ロランの頭の中で会話が行われる。魔術の一つである念話によるものだ。

 念話は、声に頼らず心だけで会話する魔術。

 しかし空間を漂う魔粒子をネットワークとして用いることで、遠く離れた人物との会話も可能とすることができる。

 いきなり黙りこんだロランを不思議に思ったのか、オボロは脳内で会話をしている彼に声をかける。


「どうした、何か考え事か?」

「師匠! 今魔術で連絡がありまして、魔王軍がドワーフの集落に接近しているようです!」

「……なんだと」

「数は、たった三匹の魔物ですが、魔王の加護で相当な強さを持っています。……さらに、その後方には魔王軍幹部三人と、奴等が率いる魔物の大部隊が控えているそうです」

「……まったく、そろいもそろって」


 ロランの考え以上に魔王軍の進軍は速かったようだ。どう頑張っても、今のドワーフの集落にある戦力でどうにかできる状況ではない。

 そんな二人のやり取りを聞いていたメガエラが口を開く。


「一刻を争うな。宮廷の魔導士を貸そう。みな転移魔術は扱える、すぐ現場に向かえるはずだ」

「すまんな助かるぜ、メガエラ様。これなら、すぐに行ける」


 オボロは転移魔術で至急現地に乗り込むつもりのようだ。

 だが相手は大部隊。しかも三人の幹部までもがいる。

 いくら師匠と言えども、無謀すぎるとロランは考えた。


「師匠! 相手は大部隊ですよ。いくら、あなたでも一人では……」

「いや! もう一人仲間がいる。ロラン、お前は先に現場に行ってろ。オレ達もすぐ行く」

「……もう一人って」


 オボロともう一人の仲間が集落に来たところで勝ち目があるとは、とても思えない。師匠はいったい何を考えているのか?

 今のロランには無茶な行動としか感じられなかった。





 三匹の狼超人ウルフマン達が、集落の住民達を見据える。住民達全員が武器を手にしながら、こちらを睨みつけてくる。

 そこはドワーフの集落ではあるが多数の種族がいた。毛玉人やエルフだけでなく、ダークエルフ、ハーピーなど。

 みな魔王軍に里をおわれ、ここまで撤退してきた種族達だ。


「悲しいぞ。せっかく共存のチャンスを与えてやったと言うのに」

「……ぐうぅ……誰が服従などするものか。……たとえ国の力がなくとも……」


 リーダー各の狼超人の足下で呻くように言葉を発するのはエルフの戦士リマであった。

 しかし彼女の右腕はちぎれ、腹部にこぶしサイズの穴があいている。あきらかに致命傷、もう長くはもたないだろう。

 そして彼女だけではなく、多くの戦士達が狼超人に敗北したらしい。周囲にはいくつもの死体が転がっていた。


「……そうか、その誇りだけは賞賛する。だから安心して死ね」


 リーダー各の狼超人は、リマを踏み潰そうと片足を上げた。

 その様子を見ていた、僧侶の少女が悲鳴をあげる。


「やめてぇぇ!!」

「死にな、どわぁ!!」


 強靭な脚がリマの命を断ちそうになったとき、彼女を踏み潰そうとした狼がいきなり吹き飛ばされた。

 何事かと他の狼超人達がリーダーが立っていた場所を見据えると、そこには輝く銀の体毛をなびかせる犬の少年が佇んでいた。

 そして彼は僧侶の少女に顔を向ける。


「ごめんよ、ルナ! 遅くなった!」

「ロラン!」


 ルナと呼ばれた僧侶の少女は、ロランの名を叫ぶと安心したかのように、その場にへたれこんだ。

 だが、けして安心などできない。

 相手は魔王の加護を持った敵。蹴られて吹き飛んだ狼超人は、まったくダメージを受けていないだろう。


「やるじゃねえか、小僧」


 蹴り飛ばされた狼は、ムクリと起き上がると首をコキコキと鳴らして興味ありげに銀毛の少年を見つめる。

 彼にとって、久しぶりに骨がありそうな相手だった。

 魔王の加護により、今までの戦いはあまりにも一方的でつまらなかったからだ。


「久しぶりに面白い奴だ。おい、お前ら! 手はだすなよ。こいつは、俺の獲物だ」


 リーダー各の狼超人は部下の二人にそう言いつけると身構えた。

 もともと好戦的な生物ゆえ、強者に対しては正々堂々とした戦闘を好むのだろう。


「望むところだ。たとえ国が動かなくとも、ボク達は戦う」


 ロランも狼超人に答えるように腰に携えてある二つの剣を抜き、それを逆手に掴み身構えた。


「ほう、双剣か。……しゃあっ!」


 狼超人はいきなり駆け出し、ロランに向けて拳を降り下ろした。

 ロランはその攻撃を見切り拳がぶつかる直前で、わずかに体を横に動かして、無駄の少ない動きで拳をかわした。

 狼の拳は地を砕き、めり込んだ。

 そして、すかさずロランはその伸びきった腕目掛け斬りつけた。

 しかし手応えは固い。加護で強化された肉体は強固であった。

 そんなことは気にせずロランは地面を蹴ると、狼超人の鼻面に飛び膝蹴りをぶちかました。


「ぐごあ!」


 狼は後ろによろめき鼻血をまきちらした。

 だが狼は無理矢理に体勢立て直し、ロランの胴体に強烈な回し蹴りをくらわせる。


「ぐっ!」


 吹っ飛ばされる少年。しかし、まともには叩き込まれていなかった。

 蹴りが体にぶつかる瞬間、狼の脚が向かう方向に飛び上がることで衝撃を和らげていたのだ。中々の高等技術である。

 飛ばされたロランは、素早く戦闘体勢を立て直す。


「やるじゃねえか、あの冒険者の坊主!」

「あの狼超人と渡り合ってる」


 手に汗を握る戦いを見て、個々に声をあげるドワーフ達。


「すげぇな小僧、こっちは魔王様の加護があるってぇのに」


 ドワーフだけでなく、狼超人までもがロランの奮闘に賞賛を唱える。


「だがな、長くはもたんだろう。何もないお前とは違い、俺には魔王様の加護があるからな」


 その言葉を聞くと、ロランは固唾を飲んだ。

 先程斬りつけた狼の腕の傷は塞がり、鼻血も止まっていたのだ。

 さらにはその強靭な肉体ゆえに体力も無尽蔵であろう。

 持久戦に持ち込まれると、圧倒的に不利である。





 ロランと狼超人の攻防をハラハラ見守るルナ。彼女は彼の強さについては一番理解している。

 なぜなら二人は冒険のパーティーだから。回復担当の僧侶として長い間ロランを支えてきた。

 ゆえにロランの実力は、よく分かっている。

 このままロランが戦いを続ければ、疲弊して窮地にいたると。


「……ロラン」


 彼女が心配そうに呟いたとき、背後で轟音が鳴り響いた。

 家が一軒倒壊したようだ。


「え! なに?」


 ルナが振り替えると、それに合わせてその場にいた全員が倒壊した家に目を向ける。

 なにかすごい重たい物が落ちてきたようだ。


「……ででで。くっそぉ宮廷魔導士の奴等、移転する場所を失敗ミスったな。……こりゃあ誤転移ごてんいだ!」


 潰れた家から声が聞こえてきた。土煙で良く見えないが誰かいるようだ。


「よっこらしょと」


 その誰かが立ち上がり、瓦礫と土煙を払い除けて姿を表した。

 そして一同がそれ唖然とそれを見上げる。


「で、でけぇ」

「……魔物……いや! 毛玉人か?」


 彼等の目の前に現れたのは、巨大な鉞を担ぎ、山のように筋肉が隆起した熊の毛玉人。

 魔物と見間違えてもしょうがないような見た目である。


「……あの、あなたは?」

「オレか? オレはムトウ・オボロ。ロランに頼まれてやって来た、雇われ屋だ」


 恐る恐る尋ねてきたルナを見下ろして、オボロは返答した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る