妖精の物語

 それは百年も前に作られた物語。

 とある行商人の御伽話である。



 あるところに大きな都に向かう一人の青年がおりました。彼は行商を生業とする人でした。

 しかし、そんな彼は道中で盗賊に襲われてしまいました。

 品物を全て奪われ、大怪我までも負わされてしまいました。

 怪我で動けなくなった青年は悲しくなり、広い平原で子供のように泣きじゃくりました。

 大事な商品を失った彼は、生きる希望をなくしてしまったのです。

 ここは広い平原、彼を慰めてくる人は誰もいません。

 ところが、そんなところにいきなり妖精が現れました。

 その妖精は小柄で愛らしい姿をしていました。ココア色の健康的な肌。美しい黒い髪。健康さと美しさの調和、褐色の妖精です。

 その妖精はいきなり青年の体に触れてきました。

 すると不思議なことに青年の体から痛みが抜け、傷も治ってしまったのです。

 そして妖精は青年を抱きしめると、頭をなでて慰めました。

 まるで母親に甘えているような気分になった青年は眠ってしまいました。

 そして青年が目覚めると、そこには妖精の姿はありませんでした。

 しかし青年の手には、小さなパンのようなものが握られていました。妖精がくれた食べ物のようです。

 青年は一口パンをかじりました。それは、とても美味しい物でした。

 青年は新しい希望を持つことができました。また、あの妖精に合いたいという望みができたのです。



 それは、ペトロワ領で伝承されてきた物語である。この地域では絵本にもなってるいる程に知られてる話である。





 この世には、まだあまり知られていない種族が多数存在する。

 彼も、その一人だ。

 その日、アサムは買い出しのためゲン・ドラゴンの商店街を歩いていた。その手には食材が入った紙袋が抱えられている。

 今日はエリンダの屋敷の調理当番の日なのである。

 アサムの手料理は一度口にすると、虜になってしまう程の絶品。そのため屋敷で定期的に食事当番を任せられているのだ。

 しかし定期的に彼を屋敷に招くのは、別の目的もあるからである。

 それは彼が屋敷で働く者達の士気向上に重要だからである……。


「買い忘れはないね」


 アサムは紙袋の中を確認しながら一人歩く。

 しかし、そんな彼は何も知らない。周囲の人達に注目されていることに。

 青年でありながら美少女のような顔立ち、そして肉づきのいい体を大胆さらけ出すような服装。

 その愛らしい容姿が男女とわず魅了してしまうのだ。

 そして、一人で出歩く彼を放っておく存在はいない。


「あら、アサム。今日は一人でお買い物?」


 と、褐色肌の青年に声をかけたのは美しい金髪をなびかせた若い美女であった。


「はい、今日は屋敷で調理担当の日ですから」


 アサムは近づいてくる彼女を見上げて答えた。

 こうなってしまうのも身長に差があるからである。アサムは歳こそ三十近いが、背丈は子供程度しかないのだ。


「そうかそうか、……ぬふふ」


 金髪の女性はしゃがみこむと顔を緩ませ、アサムの頬に手をやり、その柔らかい肌をなで回す。

 とても男性の肌とは思えぬ感触、まるで赤ん坊のように柔いアサムの肌は多くの女性を虜にしてまう程にモチモチとしている。

 悪い気はしないらしく、アサムは彼女に笑みを見せた。


「あらアサム、丁度良かったわ」


 と、いきなり金髪の女性を押し退けたのは、この近所で服屋を営む女性だった。そんな彼女も若々しい美人である。

 そんな彼女の手には何かが握られていた。


「新作の服ができたの、ぜひともアサムに試着してもらいたくて」

「こ、これをですか?」


 服屋の女性が持っている物を見てアサムは顔を赤くさせる。

 彼女が手に持っているのはマイクロビキニであった。下心丸出しの品である。


「この紐のところが、君の柔らかいお肉に食い込んで、とてもエッチ……いや、素晴らしいことになると思うの」


 紐のように細いブラとパンツを持った女性は、変な発言をしながらじわりじわりとアサムによってくる。

 と、そんな服屋の彼女も押し退けられた。


「あらあら、いきなり人を突き飛ばすなんてひどいわね」 


 そう言いながら服屋の女性を押し退けたのは、先程の金髪の女性だった。ニコやかに言ってはいるが、頭には青筋がたっている。


「何をおっしゃいますの、アサムきゅんを独占しようとしているのは見え見えなんですわよ」


 服屋の女性も青筋を立てながら、金髪の女性に笑みを見せる。

 このようなことは、アサムが一人で外出しているとよくあることなのだ。アサムを巡ってのいざこざ。彼を自分のものにしたいと考えてる輩は、この都市にごまんといるのだ。 


「わわわ、お二人ともやめてください」


 アサムは二人を落ち着かせようとする。

 二人とも笑顔だが、見えない争いが起きているのが分かるのだろう。


「おやめくださいませ!」


 と、いきなりその場に声が響いた。

 そこに現れたのは、メイド服を着た三十代と思わしき女性。眼鏡をかけ、キツそうな目をしている。


「エルザさん!」


 メイド服の女性を見て声をあげたのはアサム。

 彼女はエリンダの屋敷のメイド達を束ねるメイド長である。

 自分にも他人にも厳しい人で、みんなから恐れられてもいるが、それと同時に頼れる存在でもある。


「アサム様、遅いのでお迎えにあがりました」

「す、すみませんエルザさん」

「急ぎますよ、あなた様が顔を出さないと屋敷のメイド達の気力がもちませぬゆえ」


 そして、エルザとアサムはその場をあとにした。

 さすがに領主様の屋敷の重役が現れたとあっては、金髪の女性も服屋の女性も引き下がるしかなかった。


「もうズルい。もっと、あのムチムチした体をもみもみしたいのに」

「今日はもう飲みに行きましょ」

「名案ね」


 二人は不満そうに口を尖らせたあと、仲良く酒を飲みに行くことを決意するのであった。





 エルザとアサムは無言で屋敷までの道を黙々と進んでいた。


「アサム様、あなた様はもう少しお気をつけください。あなた様は無防備なところがありますゆえ」


 無言の中いきなり口を開いたのはエルザだった。


「す、すみません」


 アサムはオドオドと謝った。


「ところで所帯などを持つ、お考えはないのですか? あなた様の年齢なら奥方様がいてもおかしくはありませんが。そうなれば都市の方々も多少落ち着くとは思うのですが」

「……えっ」


 エルザのいきなりの発言にアサムは言葉がつまった。そして顔を赤くさせて、頬に両手をあてがう。


「……いや、その、僕達の種族は所帯を持つのは五十をこえた辺りが一般的なんですよ」

「……そうでしたか、申し訳ありません。私達とあなた様とでは社会性が違うのですね」

「いや、そう言うわけではないんです。……あの僕達の秘密を一つ教えます。耳をかしてください」


 顔を赤くするアサムの様子を見てエルザはゆっくりとしゃがみこむ。

 そしてアサムはエルザの耳もとで、そっとささやいた。


「僕達は……」


 数十秒程でささやきは終わった。

 そして聞き終えたエルザは、ゆっくりと立ち上がり目を見開いた。


「なるほど、なるほど。そうですか、そうですか」


 彼女は鼻孔から血を流しながら、壊れた機械のように言葉を繰り返すのであった。





 御先祖様、あなたの悲願は私の代で達成されました。あなた様の物語は作り話ではなかったのですね。

 メイド見習いから、二十年の月日が流れ今や私の身分はメイド長。

 一族の悲願が達成され、領主様の下で仕事ができる。私は一族の中で一番幸せかもしれません。

 しかし、まだです。

 私は、また新たな目的が生まれました。     

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