奇跡の生還

 おそらく、誰が見ても信じたくはないだろう。

 国一の騎士が手も足も出せず完敗したなど。

 彼女の最大の過ちは、この地域をしっかり理解せず魔物狩りに出てしまったことだろうか。

 メリッサは吐血すると、地に崩れ落ちた。金属の拳と大木に挟み潰され、骨も臓器もメチャメチャになっていた。


「グオォォォン!」


 歓喜の叫びのように金属の巨人は鈍い大音量を発する。その影響か、森からたくさんの鳥達が飛び立った。


「あがぁ……がはっ」

「ぐぅ……」


 苦痛の呻き声を漏らしたのは強烈な一撃を受けて、今だに地面で蠢く新米冒険者のイオとレナ。

 その二人の方に巨人は無機質な顔面を向けた。


「ティーキー!」


 巨人は甲高い音を発すると、メリッサを押し潰していた鉄拳を磁力で引っ張りよせる。

 分離していた金属の拳はあるじたる巨人の腕に舞い戻った。

 そして、その右手が真っ赤に赤熱化した。


「ギーギー!」


 発熱化した右手は千度にもなる灼熱の塊となった。

 その灼熱の右手がレナに向けて振り下ろされそうになったとき、一閃が走った。


「グオ!」


 いきなり質量感ある右腕がズシンと大地に落下した。そして赤熱化していた手が地の草を焼いた。

 腕が寸断されていたのだ、しかもその切断面は非常に滑らかである。どうすれば金属で構築された体を、ここまで綺麗に斬れるのか?

 唖然とした様子を見せる巨人。

 そして今度は左足がバラバラに削りとられた。巨人はバランスを崩し、激しく地面に打ち付けられる。

 巨人は何が起きているのか理解できない様子だ。

 敵がいるのは間違いないが、とらえることができない。姿を消しているのか、それとも高速で動き回っているのか。

 そして、それはいきなり現れた。大地に倒れた巨人の目の前に。

 それは刀を手にした銀髪の美青年。

 その男が高速で巨人の腕を断ち、瞬時に脚を切り崩していたのだ。

 そして今度は巨人の硬そうな頭を真っ二つにした。

 頭部を両断された巨人は、壊れた機械のように動かなくなった。





 「ぐっ……うっ」


 一番最初に視界に入ったのは天井。自分は寝ていたらしい。ベッドから身を起こすメリッサ。

 体を動かすとズキズキと痛みが走る。

 どうやら石造りの建物の中にいるようだ。

 そして向かい側にもベッドがあり、そこには新米冒険者のイオとレナが寝ていた。二人の寝息が聞こえる。

 彼等もメリッサと同じく、身体中が包帯でまかれている。


「私は……」


 唐突に記憶がよみがえる。

 実戦訓練としてイオとレナと魔物狩りにでかけた。

 そして得体の知れない金属の巨人に襲われ、手も足も出ずに吹き飛ばされた、そこから先の記憶はない。

 そもそもなぜ、あんな状況で生還できたのか?


「大丈夫ですか? メリッサ殿。ここはゲン・ドラゴンにある診療所です」


 傍らから声が聞こえた。ベッドの横に長身の美青年が佇んでいた。


「ニオン……お前が助けてくれたのか?」

「危ないところでした。もし、あなたが生体鎧バイオ・プレートを纏っていなかったら命はなかったでしょう……」

「どうして、あの場所に?」

「あの森に電磁魔人マグネゴドムが出現したのを察知しましたから」


 マグネゴドム? 親衛騎士隊であるメリッサでも知らぬ魔物……いや、そもそもあれは魔物だったのだろうか? あの巨人は、こちらの常識を超越していた。


「申し訳ないメリッサ殿。あなた方にしっかりと伝えておくべきだった。この地域について」


 そう言って頭を下げるニオン。

 親衛騎士であるメリッサが冒険者のような魔物の討伐などをするとは思っていなかったのだろう。

 そもそも親衛騎士隊が本格的に動くのは、他国からの侵攻を受けた時か、大規模な魔物の群れが現れた時ぐらいである。


「バカを言うな! 悪いのは私だ。魔物に後れなど取らぬと自惚れ、さらに私が無知だったゆえの結果だ。……そして、あの子達を巻き込んでしまった」


 メリッサは眠る少年と少女に目を向けると、力なく項垂れた。

 そして、決心したように顔をあげる。


「騎士達を一から鍛え直す必要がある。あんな怪物がいると分かった以上は……」


 騎士隊長である自分にさえ手に負えない怪物が、この世には存在する。それを理解したのだから、今の騎士隊の戦力では国を護るなど心許ない。

 この領地に来てから未知の存在に触れすぎた。ここに比べ、現状の王都はどれほど遅れて世を知らないのか。

 もし、あの巨人のような怪物が王都に現れたら大変なことになるだろう。


「ニオン。この領地には、あんな魔物がうじゃうじゃいるのか? 他の領地にもいるのか? ……それ以前に、あれは魔物なのか」

「……あれと戦ってしまった以上は、伝えなければなりませんね。私達が秘め隠してきた存在を……あの巨人は魔物ではありません」


 穏やかな様子でニオンは語るが、その表情は真剣そのものだった。


「少々割愛して話ましょう。領地ペトロワは大仙たいせんとの貿易により、唯一機械の文明を持っています」

「ああ……このみやこにある奇っ怪な道具達のことか。王都以上によい暮らしができているようだな」

「はい。しかし、文明の発展には環境破壊が付き物です。おそらくそれが要因になったと思いますが変異をとげた魔物達が出現するようになりました。あなたは変異性魔物である大轆狼おおろくろうとも戦ったようですね」


 ……大轆狼。

 森の入り口あたりで戦った紺色の轆轤狼ろくろおおかみのことだろう。


「……あの巨大な狼のことか。変異性魔物、聞いたことはあるが、あそこまでとわ」


 メリッサも変異性魔物については多少なり認知している、しかし実際目にするのは初めてだった。

 変異性魔物。何らかの要因によって、異常な変貌をとげた魔物の総称。

 所詮はただの魔物と侮っていたのが間違いだった。あれほど強力とは、思わなかった。

 メリッサは反省するように項垂れた。

 話を続けるニオン。


「変異をとげた魔物は、個体によっては裏依頼ブラック・クエストの対象になりかねないほどの力を持っています。……しかし発達した文明は、それ以上の脅威を呼ぶようになりました」


 ゆっくり歩き出すと、ニオンは窓越しに空を見上げる。しかし彼は、さらにその先の空間を意識している。

 メリッサも窓に目を向けたことで、今が夜であることを理解した。

 星が輝いているが、彼女はその輝いている星達の本質を知らないだろう。


「……初めてマグネゴドムと戦ったのは、私達が石カブトを結成する前でした」


 ニオンは記憶をさかのぼる。

 オボロに敗れたあと、ともに旅をして領地ペトロワにたどり着いた。

 そして当時、その土地はとんでもない災厄に見舞われていたのだ。

 体高二十五メートルはあろう、巨大なマグネゴドムが暴れていたのだ。

 その戦闘能力たるや、国の軍隊など比べ物にならないほどであった。満身創痍になりながらもオボロとニオンは、どうにかこのゴーレムを倒すにいたったのである。


「マグネゴドムの体は、この星に存在しない金属成分を多く含んでいます。つまり奴等は、この星の外からやって来た存在。私達は奴等を総称して星外魔獣コズミックビーストと呼んでいます」

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