金属の巨人

「グモモモ!」


 響き渡るのは、自然界には存在しないような音。太い音や細い音が入り交じっているようだった。

 そして、その音を発してる存在だろうか、ズシンズシンと大地を揺らしながら、物凄い重量を持った何かが近づいてきている。


「……森からか」


 地を振動させるものが、森の中から接近してくることに気づくメリッサ。

 そして木々をなぎ倒しながら巨人が姿をあらわした。

 だが、その体は生物的ではない。


「ゴーレム!」


 森から出現した体高五メートルはあろう存在に驚くメリッサ。

 それは無機物の体を持つ魔物ゴーレムと呼べそうな存在だった。その剛腕は地面につきそうな程に長い。

 しかし通常のゴーレムは岩石の体を持つのだが、彼女達の前にあらわれた巨人はどこか異様だった。


「ティーキーボボボボ!」


 巨人は不気味な声をもらし、発光する五つの点が備わった顔をメリッサに向けた。


「なんだ、こいつわ? ゴーレムなのか」


 メリッサは驚きを隠せなかった。

 顔にある発光体は目なのだろうか?

 しかし多眼のゴーレムなど見たことがない。

 先ほどの巨大な狼のこともある、このゴーレムのごとき怪物もただの魔物ではないだろう。


「……こいつの体」


 メリッサは異様な音を発する巨人の体をくまなく観察した。

 それは岩石の体ではなかった。

 全身が黒っぽく、若干ながら光沢を帯びているのだ。それは、まさに金属と思われる。

 それに普通のゴーレムのようにゴツゴツはしておらず、丸みがあり滑らかだった。


「ブゴゴゴゴギーギー」


 巨人は低い音をあげると、その巨大な腕を持ち上げ地面目掛け降り下ろした。

 そして飛び散った土砂や土煙がメリッサ達を襲う。


「……くっ、見た目通りの剛力だ」


 土煙がおさまると、ベッコリとへこんだ地面に目を向けるメリッサ。彼女は鞘から剣を抜き身構えた。

 武装強化ぶそうきょうかの魔術で強靭になった剣なら、普通のゴーレムの硬い体を削ることができる。

 だが、しかしこの巨人が普通のゴーレムでないのは見た目でわかる。未知数の敵といきなりやりあうのは得策ではない、どうにか隙を見つけて逃げ出すのが一番だろう。


「ボーボーボー」


 するとメリッサに剣を向けられた巨人は左手を前につきだした。

 と、いきなりメリッサの剣が見えない力で引っ張られたのだ。剣は彼女の手から離れ、巨人のつきだしていた手にへばりついた。


「なに! これは?」 


 しかし、奪われたのは彼女だけではない。


「あっ! 俺の剣が!」

「わたしのも!」


 新米冒険者のイオとレナの腰に携えてあった剣も鞘から抜け、メリッサの剣同様に見えない力で引き寄せられたのだ。

 その三つの剣が巨人の左手の掌にへばりつくと、巨人はグシャリと強靭な握力で剣を握り潰した。


「ティーキーティーキー」


 巨人が強く握った拳を開くと、ひしゃげた剣が地面に落下する。


「……なにが……どう言うことなんだ? まさか磁力」


 メリッサが混乱するのも仕方のないこと、磁力を操る生物など初めてのことだったのだ。


「お前達は逃げるんだ!」


 なんとかイオとレナだけは逃がそうとするメリッサ。

 この巨人は先程の狼どころではない。むしろあの狼はコイツを恐れて逃げたのかもしれない。

 剣はなくとも魔術は使える。まだ戦える。


「そんな、メリッサ隊長!」

「いくら騎士隊長でも剣もなしに無理です! わたし達と一緒に……」

「いいから、二人だけで逃げるんだ! お前達を魔物狩りに誘ったのは私だ。責任は私にある……たのむ行ってくれ」


 メリッサの言葉に二人は少しばかりオドオドしたが決心するかのように頷き、その場から走り出した。


「必ず助けを呼んで、戻ってきます!」

「わたし達が戻るまで無事でいてください」


 とは言うがゲン・ドラゴンまでは遠すぎる、確実に助けなど間に合わない。自分が間違いなく死ぬことを悟ったメリッサは、ゆっくり穏やかに息を吐き巨人に向き直る。

 覚悟など騎士になったときからできている。

 だが巨人は二人の逃走を許さなかった。


「グモモモ」


 敵意を向けてくるメリッサを無視して、巨人は逃げ去る新米冒険者の二人に顔をむけた。

 次の瞬間、巨人の体が無数に分裂し高速で飛翔したのだ。


「なに!」


 またも驚きの声をあげるメリッサ。体を分離しての高速移動、こんな能力まで保有していようとは思わなかった。

 分離した体の各部位は容易く少年と少女を追い越し、二人の目の前で合体し再び巨人の体を作り上げた。


「あぁ……なんなんだよ、この魔物」


 弱小魔物しか知らない少年は未知の怪物を前にして、ただただ情けなく声をもらすことしかできなかった。


「や、やめろぉぉぉ! その子達に手を出すな」


 あまりの事態にメリッサは叫び駆け出す。あんな鈍そうな見た目で、これ程の機動力を持つなど予想外すぎた。


「グオォォォン!」


 巨人は咆哮のような音を発するとイオを左手で掴みあげ、握り潰そうと力を込めていく。


「ぐぅ! があぁ!」 


 初めての苦痛だった。

 大型の魔物に掴みかかられるなど初めての経験。

 イオの悲鳴が響きわたった。


「は、放せ! 放しなさいよ!」


 レナは必死になって巨人の脚を蹴るが相手は金属の塊。びくともしない。


「ゴオ!」

「ぐっ!」


 巨人は蹴りつけてくるレナに苛立ったのか、仕返しとばかりに彼女を質量感ある足で蹴り飛ばした。

 彼女の腹部に金属の爪先にめり込み、レナは十メートルも吹き飛んだ。


「ごふ……がぁ……ぐぅ……」


 レナは、ごぼりと口から血を溢れさせ体をビクビク痙攣させる。内臓にまでダメージが入っていた。

 さらに巨人は掴んでいた少年を地面に叩きつけた。


「がはぁ! ……ぐうぅぅ」


 少年も大地に横になり、ただただ呻くだけになってしまう。

 新米冒険者達が蹂躙されたのは、あまりにも早かった。


「き、貴様!!」 


 メリッサの叫びが空気を揺らした。

 彼女の顔は怒りに歪み、目から涙があふれる。

 ともに稽古で汗を流す同門二人が傷つけられた怒り、そして自分の無能さに涙が出る。

 親衛騎士隊長などと呼ばれていた自分が誇らしかった、多くの人々に信頼されていることが嬉しかった。

 だが今は違う。師を倒したニオンどころか、未知の怪物一体にも手も足も出ていない。

 出掛ける前にイオとレナに安心しろなどと言っていた自分に反吐へどが出そうだ。

 なにが隊長だ、なにが剣聖の直弟子だ。自分はただの世間知らずの弱い剣士だ。


「ティーキー」


 すると巨人はまた不気味な音を発し、巨大な両腕を胴体から分離させた。

 そして、その腕がメリッサに襲いかかった。


「ぐがぁ!」


 背後からいきなり殴り倒される。


「がっ!」


 今度は左脚をつかまれ地面に叩きつけられる。

 分離して空中を浮遊する手があらゆる方向から攻撃してくるため回避が難しいのだ。

 体が血塗られていくメリッサ。しかし意識は朦朧としているが倒れない。

 すると巨人は浮遊している腕を胴体へと戻し、方膝をつき右腕の拳をふらつくメリッサに向けた。


「グオォォォン!」


 巨人が冷たい咆哮を響かせると、つきだされていた右腕の拳部分が高速で発射された。

 重量感のある拳は虫の息でふらつくメリッサに着弾し、その勢いはおさまることを知らず、彼女を押し込みながら森にまで到達し複数の樹木を薙ぎ倒した。

 やっと拳が止まると、メリッサは拳と大木に挟まれた状態になっていた。

 白目をむいた彼女は口から血を溢れさせた。 

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