魔物狩りへ

 疲れた後に甘い物をほうばるのは至福である。

 ニオンの稽古を終えた後に、新米冒険者の少年イオと少女レナはいつも通っている場所があった。

 それは木造の喫茶店である。

 店内ではレコードプレーヤーによって穏やかな音色が響きわたっていた。

 もちろん二人はレコードがなんなのかも、どういう仕組みなのかも分からない。ただ音を出す道具という認識だ。

 そして、少年と少女が店内で貪っているのは疲れた肉体も心も癒してくれるスイーツ。

 イオはアイスクリームが添えられたふわとろパンケーキ。

 レナはチョコレートパフェとフルーツ沢山のクレープ。

 どれも以前いた街クバルスでは味わえないものである。


「旨い! さすが国の食糧庫って言われるだけは、あるよな」

「そうね。しかも物価も安いし、ほんと助かるわ」


 一度この店で味わってから二人は甘い物の虜になっていた。

 領地ペトロワでは発達した農業技術によりあらゆる食材が生産されており、それにあわせて大仙たいせんとの貿易もあるため、他の地域では食べることができない食品や料理が味わえるのである。

 他の地域から見れば北の辺境としか見られてないが、その本質は国の食糧庫であり美食の領地である。


「いっそのことクバルスから離れてさ、ここで暮らすのも悪くないよな」

「でも、ここってギルドないんでしょ」


 二人は幼馴染みで、冒険者になったのは三ヶ月前のこと。

 憧れで冒険者になったのは良いが、稼ぎはあまりよろしくない。

 最弱クラスの魔物数匹ぐらいは相手にできるが、さすがにそれ以上の魔物になると手も足もでないし、なにより実力不足で上の依頼は受けられないのだ。

 そのため金に余裕はない、しかしこの地域なら物価も安く過ごしやすいと少年は考えたのだろう。

 しかし、レナの言う通りこの地域にはギルドはない。つまり冒険者自体がいないうえに、冒険者の稼ぎ場所がないのだ。


「それが問題なんだよな。これじゃあ、俺達は稼げないんだよな」

「ニオンさんが言うには、この地域から出る依頼は全て領主様に仕える竜やニオンさんが所属してる雇われ屋がこなしてるみたいなの。稼ぎについては、ニオンさんに相談してみましょうよ」

「……でも、なんでだろうな? 冒険者達に仕事をさせたほうが効率的だと思うんだけど」

「うーん、何かそうしなきゃいけない理由があるんじゃないの」


 そう言って二人は目の前のスイーツにパクつくのであった。





 腹ごしらえも終わり少年と少女が店を出たときだった。


「あ! あの人は」


 少年が見たのは街道を歩く長身の女性。自分達とともに汗を流した人である。

 道行く人々は、その彼女の姿を一度は振り返る。美しくも、どこか凄まじいオーラを感じるのだろう。


「メリッサ隊長」

「あ、まって」


 声をあげながらメリッサに向かって駆けるイオ。それにレナも続いた。


「ん? ああ、お前達か」


 メリッサも二人の存在にきずいたらしく、立ち止まり目を向ける。


「道場に残っていたようですけど、ニオンさんと何の話をしていたんですか?」

「あ、いや。……ちょっと、野暮用でな」


 レナの問いにメリッサは視線を泳がせたのだった。

 レナは、こう思っているのだ。同じ女としてメリッサもニオンに気があるのではないかと。

 実際ライバルは多い。女性冒険者は美男子に飢えている者が多い。

 ギルドにはニオンのような美青年やアサムのような愛くるしい男子は少ない。

 そして何よりも、この二人は一般民衆からも人気の的。敵は多いのだ。

 だが実際のところ、メリッサとニオンが話していたのは聖剣のことである。

 それが折れてしまったなどと、安易に言えるはずがない。だからメリッサは、目が泳いでしまったのだろう。


「ところで二人は今暇かね? 私はこれから訓練の一環として、近くの森まで行って魔物狩りを行うつもりなんだが、よかったら一緒に来ないか? 良い勉強になると思うぞ」


 ニオンの話から話題を変えるメリッサ。

 それは親衛騎士隊の訓練の一つである魔物狩りを見てみないか? と言うものであった。

 城に従える兵士達でも、ここまで危険な訓練はしない。

 唯一凄まじい実力を持つ騎士隊のみが行っている訓練である。訓練とは名ばかりで、本当はただの実戦ではあるが。

 だがそれだけ厳しい訓練を行っているため、騎士達は強いのである。


「実戦的な訓練ですか?」

「わたし達二人がついていってもよろしいと?」

「うむ。安心しろ、お前達には絶対に危険は及ばん。何せ私は例外を除けば国一だぞ」


 親衛騎士の訓練が間近で見れるなど、滅多なことではない。剣を持つものにとっては、それは貴重な体験である。

 それこそ熟練冒険者ベテランにだって自慢話ができるだろう。


「どうする? 俺は行きてぇ」

「わたしも見たいわ」


 イオとレナは互いに意見が一致した。となれば、行くいがいに選択肢はない。 


「メリッサ隊長。俺達も行きます」

「勉強させてください」


 二人は目を輝かせながら、メリッサを見上げた。

 冒険者の中でこれほどの体験ができるのは、自分達だけだろう。そう考えた。






 街などの大きな人間の生活圏の周囲には、あまり魔物は生息していない。しかし、いざ森や山に行けば相応の数が生息しているのである。

 ゲン・ドラゴンから北に数キロ程離れた森の入り口付近。

 無数の血だまりが作られていた。転がるのは十数匹の轆轤狼ろくろおおかみ


「ふっ、森に近づいただけで轆轤狼が湧いてくるとは随分とここの魔物は凶暴だな」


 轆轤狼はけして雑魚ではない。伸縮する首は瞬時に間合いをつめ、柔軟で曲折自在なためあらゆる角度から攻撃が可能。

 とてもではないが新米冒険者にどうこうできる魔物ではない。

 しかしそんな狼どもを相手してるのは、王国一と言われる剣の達人。

 メリッサの前には、どんな魔物も相手にならないであろう。


「ふむ。準備運動には、ちょうどいいだろう。さて、残るはあと一匹」


 メリッサは、最後の一匹である狼に剣先を向けた。

 彼女の持つ剣は上質であるうえに武装強化ぶそうきょうかの魔術により刃の分子結合が強化されている、その切れ味は抜群である。


「スッゲェー! さすが親衛騎士隊隊長。魔物どもが雑魚みたいに斬られたぜ」

「ほんと、今のわたし達なんかじゃ比べられないわ」


 魔物狩りの様子を少し離れたところから見ていた、新米冒険者二人はメリッサの剣技に驚愕するばかり。

 すると、メリッサに追い詰められた最後の狼が鳴き声をあげはじめた。


「アオォォォン!」


 仲間を呼んだのである。

 狼系の魔物は、死の危機に瀕すると鳴き声をあげて同族を呼び集めようとする習性がある。


「まったく、仲間を呼んだところで剣の錆になるだけだ。はっ!」


 メリッサは地を蹴ると一気に間合いをつめて、鳴き声をあげる轆轤狼の額に剣を突き立てた。


「もう少し骨のあるやつは、いないのか?」


 そう言って彼女は剣を抜き取る。狼から噴水のごとく鮮血が飛び散った。

 その時だった。ズシンズシンと大地を揺らし何かが近づいてくるのを感じたのわ。

 バキバキと藪をかき分ける音が聞こえる。何か巨大なものが、やってこようとしている。


「ギィオォォォォン!!」


 そして大咆哮とともに、それは森の中から現れた。

 轆轤狼である。しかしデカイ、通常の倍はあるだろう。体毛も通常の個体は灰色だが、こいつは紺色。

 さらにもう一つ特徴的なものがあった。額に結晶体のような角がはえているのだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る