仇討ち
「……き、貴様あぁぁぁ!!」
雄叫びをあげるメリッサ。
ニオンが抱えている容器の中にあるのは間違いなく、最愛の師である剣聖アルフォンスの斬り落とされた右腕。
そんなものを見せられて許せるわけがない。
メリッサは怒りに理性を奪われ、剣を振りかざしてニオンに襲いかかった。
「それを返せぇぇ!」
しかし虚しくも、彼女の刃は彼にはとどかなかった。
「ぐはぁ!」
メリッサが水平方向にふっとんで壁に激突したのだ。
彼女は床に倒れ、腹部の苦痛に悶える。
いったいニオンは、何をしたのか? 彼女は苦しい痛みを我慢して彼の方に目を向ける。
ニオンは長くて強靭な脚を前方に伸ばしていた。
「……蹴りか?」
斬りかかってきたメリッサを吹き飛ばしたのは、なんのへんてつもない単純な前蹴り。
しかしその速度も威力も人の領域ではなかった。
メリッサの目を持ってしても、とらえることができない程の蹴りだったのだ。
「ぐっ……ぐうぅぅ……」
腹部の痛みに呻き声をもらすメリッサ。
彼女は常に
その二つの魔術により相当にダメージは軽減されたのだが、それでもニオンの蹴りは彼女に多大な衝撃を叩き込んでいた。
メリッサは立ち上がろうにも、立てない程のダメージを負っていたのだ。
「め、メリッサ隊長!」
あまりの光景にメップは声を響かせた。
国内の騎士や剣士達が尊敬し畏怖する国一の騎士。そんな彼女が不様に痛みでうずくまっている。
誰よりも強く、誰よりも厳しい騎士隊長。日頃のメリッサの様子を知るものにとっては、目を疑いたくなるありさま。
「……分かりました。その仇討ち、承諾します」
ニオンは横になって悶え苦しむメリッサを見つめて無機質に言う。
表情こそ穏やかだが、それゆえに恐ろしくも見える。
「どうぞ、道場の中央へ」
上の道着を脱いで、道場の真ん中に歩を進めるニオン。
その肉体は美形には不似合いなものだった。
隆起した筋肉、太い首、広い肩幅、それらの表面に無数に刻まれた切り傷。
それらが過酷な修羅場を潜り抜けてきた証明である。
「なんつう、
ニオンの強靭な肉体を目にして息を呑むメップ。
魔術などに甘えず、
「
魔術で痛みだけを取り払い、メリッサも中央へむかう。
闘志を燃やしニオンと向き合う。
しかしメリッサが見据える男は無手。
「何をしている? お前も剣を持て、なめているのか!」
「私は最終的に素手で剣聖を打ち倒したのです。戦闘の途中で剣を破壊されましたから。それなら、私は素手でやり合った方がよろしいかと」
メリッサの怒りの声に、ニオンは半身になって答える。
彼なりに趣向を凝らしているのだろう。
「いくらなんでも素手でやるなんて……メリッサ隊長は国一の使い手……」
「いえ。ニオンさんは、たとえ剣を持たなくともその両手は並の武器以上の殺傷力を持っています」
メップに返答するのはアサム。
幼く可愛らしい顔から出る表情は真剣そのもの。
「ニオンさんは鍛練と称して、腕力と握力だけでトロールを解体したことがあります。……まるでパンをむしりとっているようでした」
アサムは知っている。
常軌を逸脱した鍛練方法で鍛え上げられた、ニオンの無手がどれ程危険か。
かつて盗賊一党の討伐に随伴したときの話である。
ニオンは刀を使わず盗賊達を地獄に送った。
その当て身は一撃で頭蓋を砕き、頸椎は捻り折り、その握力はごっそりと対象の肉体を抉り取る。
あの光景は戦慄としか言えなかった。
「……人間じゃねぇ」
アサムの言ったことに、メップは背中が凍りついた。
「いつでも、どうぞ」
「だぁ!」
ニオンが合図をかけると、間いれずメリッサは距離をつめて剣を降り下ろそうとした。
一見無造作だが、彼女の動きはメップもアサムも捉えることができなかった。それほどに高速の一撃。
並の騎士なら一刀両断にされるだろう。
しかしニオンは彼女の剣を握っている方の腕に自分の前腕をぶつけてその一撃を造作もなくピタリと止めた。
「ふんっ!」
すかさずニオンは、メリッサの胸に鉄拳を打ち込んだ。
メキッという嫌な音が響く。
「うぐっ!」
胸に強烈な打撃を打ち込まれたメリッサは距離を離した。
しかし彼女の様子がおかしい。
顔色が悪く、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。
「まだ、続けますか?」
容体がおかしい彼女を見て問うニオン。
……さっきの一撃だ。
先程打ち込まれた拳がメリッサの胸骨を砕いていたのだ。
「まだだ、まだやれる……ぐっ!」
「メリッサ隊長無理です! これ以上やると……」
胸部の激痛に耐えながらも前に進み出るメリッサを見てメップは悲鳴のような声をあげた。
呼吸するだけで彼女の胸に痛みが響く、ゆえに浅い呼吸しかできないのだ。
それでもメリッサは足を進める。
目の前にいるのは最愛の師の全てを奪った男。
彼女は怒りと憎しみを糧にして体を動かす。
「しぃっ!」
今度はニオンが先に攻撃をしかけた。鋭い息を吐くと脱力状態から一気に力が放たれる。
全身の回転力を叩き込む回し蹴りがメリッサに襲いかかる。
「うっ!」
とっさに彼女は、その高速の蹴りを左腕で受け止めた。しかし、それが不味かった。
……乾燥した小枝が折れるような音が道場に響いた。
ニオンの蹴りを受け止めたメリッサの腕が、くの字に変形した。
「うあぁぁ!!」
変形した腕から押し寄せる激痛。もはや反撃どころではなかった。
メリッサは右手から剣を落とし、くの字になった腕を押さえ込む。
間いれずニオンは容赦のない追撃にでた。
姿勢を低くしてその巨体を彼女の懐に潜り込ませた。
全身を捻りあげてから、真上に突き上げるような掌打をメリッサの腹部に叩き込んだ。
「
全身を捻りあげてから放たれた下から突き上げる掌打。
その強烈な一撃を腹部に受けたメリッサは体が浮くどころか、天井に叩き付けられ床に落下した。
この道場が
「メリッサ隊長!」
メップは驚愕するしかなかった。
王国一の剣の達人が手も足も出ず、一方的にやられた。しかも相手は素手。
メップは最初の頃はニオンとメリッサは互角と考えていた。だが現実は違った。
「……そ、そんな。メリッサ隊長が……」
床の上で蠢くメリッサを見て、メップは目を見開くことしかできなかった。
「い、いけない!」
と、いきなりアサムが駆け出した。
なぜ彼は慌てふためいているのか。それはニオンが行使した技にあった。
活人。
ニオンにとっての活人とは対象を生きたまま活動不能にすること、つまり死なないだけであって肉体へのダメージは考慮されていないのだ。
「……ぐっ……うぐっ……ぐぐぅ」
床に倒れるメリッサは、くぐもった声をもらしていた。
相当に苦しいのか腹部を押さえて両脚をジタバタさせている。
目から涙を溢し、顔から脂汗が滲んでいる。
ニオンが使用した“浸波”とは、ただの腹部への当て身ではない。
拳ではなく、あえて掌で打ち込むことで打撃の衝撃を内部に浸透させているのだ。
その強烈な一撃で内臓が捩れて、彼女は内臓捻転をおこしていた。
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