女王様からの依頼

 雲一つない、晴れ空。

 俺はゲン・ドラゴン南門付近に佇み、飛翔体が接近していることを感知していた。


「……蛮竜か」


 それは都市から約五キロ先。人間の肉眼では点でしか見えないだろうが、俺の視力ならそれを正確に見てとれる。まぎれもなく、それは蛮竜である。

 トウカを狙っての大空襲以来から、たびたびではあるが一匹か二匹現れることがあるのだ。

 依然、他の地域では蛮竜を見たと言う情報は皆無。

 ここにしか姿を見せないと言うことは、やはりトウカだけが目的なのか? 

 すると、防壁の上に固定装備された冥座亞メイザアが自動で動き出した。実はこの兵器、自動式なのである。

 冥座亞は銃座にパラボラアンテナをくっつけたような見た目をしている。……特撮映画なんかに出てきそうだな。

 これに搭載された蓄電池に膨大な電力を蓄え、一気に電磁波に変換し照射する仕組みになっている。

 それに加え、副長が開発した高性能の射撃統制システムも搭載されているため高い精度で目標を撃墜できるらしい。

 ……明らかに、世界観に不似合いだ。

 電子機器や蓄電池はニオン副長の手によるもので、他の部分の製造と組み立てはスチームジャガーで行われたらしい。

 電力は都市内に複数設置された火力発電所から供給されている。

 他の領地とは違い、ペトロワ領内は電気技術が進歩している。これほどの技術は科学の街スチームジャガーと天才的科学者であるニオン副長が、もたらしたものだ。

 また発電施設も各街に設けているため、大きな街などでは電気を利用した生活ができている。

 そうこう考えているうちに蛮竜は徐々に接近している。距離は約三キロ、有効射程までもう少し。


「熱いのを食らいな!」


 蛮竜は、何も知らずになおも接近してくる。そして都市から二キロ、奴が有効射程に入り込んだ

 対蛮竜兵器たる冥座亞から不可視の攻撃が放たれた。パラボラアンテナから高出力電磁波が照射され蛮竜をピンポイントで加熱する。

 脳が沸騰して、瞬時に絶命。さらに煮えたぎった体液が皮膚を突き破り破裂してバラバラに四散した。まるで、破裂した水風船である。

 その死に様は、とてつもなくグロテスクだった。一般人が見たら数日は食事が喉を通らないだろう。


「こいつはスゲーな。接近せずに蛮竜をバラバラにできる」


 その威力と性能は、おどろきの逸品と言えるだろう。

 冥座亞は防壁の東西南北の四ヶ所に設置されており、大量の蛮竜が表れない限りは都市を守りきれるだろう。

 しかし、蛮竜どもは何がしたいのだ? 

 こんな少数では、死にに来ているようなものである。

 まるで行動が理解できない。

 だが転移魔術のこともあるため、まだ蛮竜については確実なことが分からないし、油断もできない。

 それに、過信もできない。

 少ない敵ならなんとかなるが、大量に来られるとこの兵器数機だけではとても迎撃しきれない。

 蛮竜が度々現れている限りは、安心はできないだろう。

 ふと頭上で羽ばたく音が聞こえた。

 桃色の美しい毛を持った竜。トウカだ。

 彼女は慣れたように俺の頭の上に降り立った。

 ……やっぱり、そこ着地しやすいのかな?


「ムラト様。オボロ様が、お呼びです。北門までお越しください」

「隊長が? たしか朝早くから、エリンダ様から呼び出されていたな……」


 何か重要な話だろうか? ひとまず行くとするか。




 徒歩で北門付近に到着すると、エリンダ様の研究所近くで隊長が仁王立ちで待ち構えていた。

 日頃とは違い、真剣な面持ちだ。


「隊長。俺に用とは、なにか依頼ですか?」

「たしかに依頼なんだが、詳しい内容説明は王都、いや城でするそうだ」


 城で説明? と言うことは……。


「メガエラ様からの依頼ですね、隊長」

「おう、そうだ。今朝早くにエリンダ様のところに連絡があった。どうしても受けてほしい依頼があるから、オレ達に王都まで来てほしいと言うことなんだ」


 メガエラ様からの依頼か……。

 ギルドを経由しないで直接連絡を送ってくると言うことは、石カブトでしかなし得ない最重要な依頼のはずだ。

 先日もメガエラ様からの依頼で悪徳領主をしょっぴいたばかりだが、彼女も今は王都のことで手一杯なのだろう。

 異形獣いぎょうじゅうの暴走から、まだ二ヶ月程しかたってない。サハク王国も完全に安定したわけではない。

 だからこそ俺達に助力を望んでいるにちがいない。それだけ石カブトに信用を寄せているのだろう。


「またまた、一国の女王様からの頼みだ。行くしかねぇな」

「もちろんですよ。隊長」


 メガエラ様も女王として、国民を思いやって色々と頑張っておられる。

 ならば手伝わずには、いられない。

 さっそく留守は他のみんなに任せ、隊長と俺だけで王都に向かうことにする。

 あくまでも依頼内容を聞くだけだから行くのは隊長だけで良いのだが、人の脚では王都まで半月かかる。

 転移魔術をかけてもらう手もあるが、今は経費削減期間中なんだ。

 別に資金に困ってる訳ではない、金銭感覚がおかしくならないように定期的にこのような期間を入れているのだ。

 そのため俺の移動力が必要なわけだ。俺の脚なら短時間で到着するはず。

 今日の正午にゲン・ドラゴンを出たとしても、途中一泊して明日の昼頃には王都に着くだろう。

 オボロ隊長は、一応のため深紅のマフラーとまさかりとフル装備である。

 とは言え、道中に魔物や盗賊が出ても戦うことはないだろう。……俺の姿を見たら、大半の奴等は逃げ出すのだから。




 無限に広がる平原を突き進む。只突き進む。

 やはり移転魔術を使った方が良かったっ、と思う奴もいるかもしれない。

 しかし、そこまで万能なものではないのだ。

 転送屋に頼むのはかねがバカにならん。

 それに転移座標を精密に観測する必要がある。この観測を疎かにしたり、失敗ミスるなどすると町の上空、建物の中、などとんでもないところに送り込まれたりするのだ。

 特に巨体の俺がそんな場所に移動されようものなら大惨事はまぬがれない。

 ちなみにオボロ隊長は一度失敗されたことがあり、肥溜めの上空に送られたらしい。……言うまでもなく、くそまみれになったそうだ。

 なんでも格安の転送屋に頼んでしまったとか。

 それを考えると、俺の徒歩を利用した方が、はるかに効率がよい。少々の時間だけで、金もかからないし。

 ゲン・ドラゴンを出発して一時間したころ。


「なあ、ムラト。お前は本当に三億年も生きているのか?」


 頭の上で胡座をかいていた隊長が突如、突っ込んでほしくないところを尋ねてきた。

 凄い返答に困る。


「俺自身も良くわからないのです。俺にも色々事情があるので……」


 あまり詮索してほしくはない。別の世界から来たなどとはとても言えない。


「おお、聞いてすまなかった。ただ気になったことがあってだな」

「気になること?」


 隊長は静かに頷いた。


「創造の女神であるリズエルは、とうの昔に死んでいる。それは知っているな」

「ええ、はい」


 この世界を創造した女神は、約千年前に死んだとされている。そして、その彼女の死した場所がサンダウロなのだ。

 つまりこの世界は、そのような神話的な内容で創造されているのだ。

 俺がいた科学的な認知であるビッグバンによる世界とは根源的に全てが違うのである。

  

「三億も生きてんなら、お前は神の最期を知ってるじゃないかと、思っただけだ」

「いや、俺は何も知りませんね」


 無論のこと、俺がそんなことを知るはずかない。


「はっきり言ってオレは、お前がどれだけ生きているかなんて興味ない。ただ……」


 隊長が半信半疑な様子で言葉を詰まらせる。なにを気にしているかは、だいたい分かる。


「……ただ気になるのは、不老不死の可能性ですか?」

「ああ……。今になっても信じていいのか、どうなのか。不老不死……これに興味をしめさない奴はほとんどいないからな」

「……隊長は不死身の肉体をどう思います」

「……もしそれを手に入れたら、真っ当な毛玉人ひとでいられるかどうか……。こんな言い方したら悪いかもしれんが、ある意味生命への冒涜とも言えるのかもしれないな」


 それには納得がいく。

 俺もエリンダ様から不老不死の可能性を言われた時は、気がかりでなかった。

 生命への冒涜……。

 死するからこそ、限られた時間を生きるからこそ生命に意味がある。

 死という終着点を考える必要がなくなった、それは何を意味するのか?

 俺は、自分は戦い続けて死んでいく身だと思っていた。死んだ場所が目的地であり、目指すべきところと考えていた。

 だが今の俺には、それも許されない……。

 すっかり暗いムードになってしまった。

 いつのまにか周囲も紅く染まってきている。


「そろそろ村につくかな? そこで宿をとろう」


 隊長が言ったとおり、小さめの村が視界にはいった。

 そして、ここで俺はあることを尋ねた。


「隊長、腕の調子はどうですか?」

「ああ、もう何ともない」


 問題ないことをアピールするがごとく隊長は、以前包帯を巻いていた方の腕をグルグルと回した。

 ギルドからの緊急依頼の時に負った傷は完治しているようだ。


「……まったく、とんでもねぇ不覚だぜ」

「あれとの戦闘で、負ったものなんですよね?」

「ああ、そうだ。いずれ、お前も戦うことになるだろう。……あれは変異性魔物を倒してからだった」


 隊長は、穏やかながら真剣な様子で語りだした。

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