領主の末路
爆炎によって焼却された廃墟は今だに立ち入りできないほどの熱をおびている。その廃墟から少し離れたところで、石カブト一行は縛り上げた組織のボスを連行しようとしていた。
頭目の男はロープでぐるぐる巻きにされ、猿ぐつわをされている。
男は「んー!んー!」と唸るが、それをうるさく感じたのかナルミは男にクナイを突きつけた。
「静かにして」
ナルミは頭目を睨み付け、クナイで男の鼻の先端をつつく。
その男の視界に入るのは、ナルミだけではない。
雇ったならず者達を無惨に殺戮せしめた一人の美剣士と一匹の奇っ怪な陸竜。そして、全てを破壊して焼きつくした、絶大な破壊力を持つ超巨大竜の足。
その怪物達までもが自分を鋭く睨んでくる。どうあがいても、逃げ出すなど不可能な状況。
悟った男は静かになると、諦めるように項垂れた。
「ん? あれは……」
その時、ニオンはこちらに向かってくる一団を視認した。それは上質な装備を纏った約二十人程の毛玉人達だった。
その毛玉人が石カブト一行のもとに到着すると、二列に分かれる。
「これわ、これわ、ギルドから要請されし強者の皆様方。よくぞ我が領地に寄生する罪人を捕まえてくれましたね」
そして二列になった毛玉人達の間から一人の醜男が姿を表した。その鏡餅のように肥えた、牛蛙のような男が愛想笑いを浮かべながらニオンに寄ってくる。
ただ、自分で歩いているのではなく陸竜に乗っている。
かわいそうにも男が乗る陸竜は押し潰されそうになりながらも必死に
陸竜は小柄で痩せ細っていた。よほど、ぞんざいな扱いを受けてきたのだろう。
「わたくしは当領地を預かる、エンゲラ・ルゴアスです。……どわぁ!」
そして、ついに陸竜は男の体重に耐えきれず転倒。領主は地面に転げた。
巨大な肉の塊を乗せて、ここまで来るのは相当に大変な道のりだったはずだ。しかしエンゲラは「この役立たずっ!」と怒鳴りつけ、息を荒げる陸竜の腹部を蹴り飛ばした。
「クギィッ……」
陸竜の口から苦痛の鳴き声が低くもれだした。しかも蹴られた竜は、まだ若い雌だった。
その様子を見ていたムラトとベーンの目付きが険しいものに変貌する。
「このたびは、何とお礼を言ったらよいか。当領地での犯罪組織の殲滅、ありがとうごさいます」
ニコニコしながらエンゲラはニオンに近寄る、しかしどこか落ち着かない様子であった。
この男が今さら何しに来たかなど石カブト一行は分かりきっていたのだ。
口封じのためである。
そもそも、この領主は犯罪組織を野放しにしていたのではなく、賄賂を受けとって組織の行為を黙殺していたのだ。
そのことを知っている連中を生かしておくわけにはいかないため、領主エンゲラは凄腕の傭兵を引き連れてきたのだ。
しかし現状はエンゲラにとっては予想外の状況だった。
予想としては、ギルドから要請された
全員が死ねば、自分と組織の関係を知るものは完全にいなくなる。
後々ギルドにも両者全滅したと伝えればよい。
しかし、ことは大きく外れた。
戦闘は、あまりにも一方的だった。組織の方は頭目以外は全員死亡、依頼を受けた石カブトは無傷。
ギルドから要請された奴等がまだ真実を知らないのであれば、何としても犯罪組織の男には消えてもらわなくてはならない。
組織の男だけは確実に、関係を知っているからだ。
だが、ことはそううまくはいかなかった。
ニオンはエンゲラに視線を向け語りだした。
「私は領主エリンダ・ペトロワ様の直属の剣士、そして石カブトのニオン・アルガノスともうします。領主エンゲラ・ルゴアス様、本日はあなた様にも用事がありまして、来ていただいて調度よかったです」
「へっ? わたしにかね?」
実は石カブトは
ニオンは懐から羊皮紙をとりだし、エンゲラに見せつけるようにそれを広げた。
女王メガエラの書状であった。しかも直書である。
ギルドの依頼と同時に女王からも、重要な依頼を受け取っていたのだ。
その羊皮紙に書かれていることを理解したエンゲラの顔が青ざめてゆく。
メガエラからの依頼内容は、汚職を行った領主を拘束し王都に連行することであった。
「女王メガエラ・エル・サハク様から、あなたを拘束し王都につれてくるように書状を預かっております。また国内の有力者達も、これに賛同しています。おとなしくしていただけますね」
「まっ間違いだ! これは何かの間違いだ!」
エンゲラの悪行はすでに女王メガエラの耳に入っていたのだ。
国を統治する女王からの直々の書状、もはや逃げることはできない。
「お前達! こやつ等を倒せぇ!」
エンゲラは慌てふためきながら、雇った毛玉人達に命令する、それはあまりにも見苦しい光景。
しかし命令されど、誰も動かなかった。
「領主様よ、悪いがその命令は聞けない」
すると口を開いたのは犬の毛玉人だった。
「な、なんだと!」
「あんたとの契約内容は護衛だけのはずだ。こちらから仕掛けるような戦闘など契約外、ましてやあんた俺達に尻拭いさせようとしているな」
「……き、貴様ら」
「金は、もういらん。第一、今のあんたに加担などしたら俺達の立場は共犯者になるだろ。もう、あんたに従う道理などない」
もはやエンゲラを守るものは存在しない。肥えた領主は震え上がった。
「ひっひぃー! こんなところで、捕まってたまるか。ここは、わたしの土地だ。ここで何をしようが、わたしの勝手ではないか! 代々この地を受け継いできたのだぞ。ここにある草木一本、民衆まで、わたしのものだ!」
情けない声を張り上げる。
もはや、自身の悪行を認めているような言動であった。
その言葉を聞いた瞬間、ニオンのさわやかな顔立ちが一瞬にして変貌した。目の瞳孔が開き、血走りだす。
「……なっ……なっ」
ニオンのその表情を見たエンゲラは絶句し、あとずさる。人間の顔ではない、悪魔でもなければ怪物でもない。まるで魔人のごとき表情である。
「……人を私物としか見ていないのですね、あなたは。だから、あのような人ならざることを……」
ニオンが語りだしたのは、極めておぞましい内容だった。
エンゲラの屋敷がある都市から、少し離れた村の村長一家の話である。
その村長は犯罪組織を野放しにする領主に耐えられず、このことをメガエラに進言するため王都に向かおうと考えていた。
しかし、それはエンゲラに取って不都合極まりないこと。
村長の動きを察知していたエンゲラは彼を道中で捕らえ、屋敷の牢獄にとじこめた。
エンゲラはよほど腹を立てたのか、それだけにとどまらず、村長の家族まで連れてきて嬲り殺しにしたのだ。
村長と子供の目の前で、村長の妻を死ぬまで犯しつくした。彼女の亡骸はアザだらけで子宮がズタズタに千切れていた。
村長の妻が死んだあとは、子供の手足の指を切り落とし、その切断部を飢えたネズミにかじらせた。
数日で息子も死に、家族を失なった村長も精神に異常をきたして舌を噛み切って果てたのだ。
全ては、エンゲラの屋敷の使用人の女性が女王に密告したものだ。毎日行われた悲惨な光景に耐えきれず苦渋のすえ女王に全てを伝えたのだろう。
ニオンが語った詳細な内容は、あまりにも人道を外れているものだった。
「……ひどすぎるよ」
ナルミも目元に涙をため、領主を睨み付ける。
村長一家の悲惨な最期を語り終えたニオンは、突如刀を抜いた。
「何の罪も無い人があなたの手で殺され、多くの人々が悲しんでいると言うのに、何故あなたは、のうのうと生きているのです? ……あなたも死ねぇ。あなたも死ねぇ」
抜刀したニオンは、呪詛でも唱えるかのように言葉をつむぎながらエンゲラに近づいてゆく。
ゆっくりと迫ってくるその姿、もはや美剣士の面影は皆無。ただただ不気味である。
「ひ、ひぃやぁぁぁ! 来るなぁ!」
じりじりと寄ってくるニオンに戦慄し、エンゲラは駆け出した。
その巨体に似合わぬ逃げ足の速さだ。しかし、悪あがきもそれまでだった。
「あなたも死ねぇ……あなたも死ねぇぇぇぇ!!」
ニオンは叫んだ瞬間、一瞬にして逃げるデカブツに追いつき、瞬時に両腕両脚を切り飛ばした。
とてつもないスピード、まるで瞬間移動でもしたかのような動きだった。
「
「げぇあぁぁぁぁ!!」
芋虫と化した領主が激痛で絶叫を発しながら、ゴロゴロと転げ回った。
出血死しないように流血は刀の機能で止められているが、四肢を切り落とされて生かされ続けるなど、まさに地獄のごとき苦痛であろう。
「メガエラ様は生きてさえいれば形はどうなろうと、かまわないとおっしゃっていた。あなたのような輩に人々の上に立つ資格はない、地位も土地も没収だそうです」
「ぐげぇ!」
ニオンは刀を鞘におさめ、芋虫と化した領主の肥えた腹を踏んづけた。薄汚い呻き声があがる。
財と地位に、こだわりつくした男の末路だった。
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