不死の可能性

 彼等が運んできた解析機は魔粒子を利用するものらしい。見た目は、キーボードやモニターのようなものがくっついた大型の装置だ。

 仕組みは採取物に魔粒子を散布して、その魔粒子から送られてくる情報を解析するとか。

 やってることは鑑定魔術と変わりないそうだが、この装置の方が更に細かく分かるそうだ。

 ……粒子、便利すぎるな。

 それにしても、ファンタジー世界に何でこんな不釣り合いな装置があるのやら。これも大仙による、技術供与によるものなのだろう。


「これでムラトくんが、出生してからの経過年数が分かるわ」

「そうなんですか、つまり俺が何年生きてるか分かるんですね」


 解析結果が出るのをワクワクする領主様。

 同化してる俺が言うのも何だが、怪獣がどのくらい生きているかは分からない。

 前の世界の科学者達の話では恐竜の変異体としか言っていないからな……。


「エリンダ様、結果が出ました。これは……推定三億年!」

「何ですって!」


 マイルさんがモニターに映しだされた結果を読み上げるとエリンダ様は驚愕するように声をあげた。

 俺も驚いてはいる。三憶年も生きているとなると、怪獣が生まれたのはちょうど石炭紀かペルム紀ぐらいだろうか。……こいつは不死身か?


「そんな、個の生命体がそんなに生きていられるものなの……」


 エリンダ様が少し震えながら話を始めた。


「既存の生物概念を超越しているわ。推測的な話に、なるけど……もしかすると……不老不死の可能性が……」


 不老不死。その言葉を聞いた一同は息を呑んだ様子だ。それを言った当のエリンダ様自身も困惑していた。



× × ×



 不老不死。つまり永遠の命。

 それを聞いて興味を抱かない存在は、ほとんどいないだろう。

 古来よりの人類最大の願望の一つと言ってもおかしくはない。

 生物であるなら絶体抗えない宿命である老衰と死。

 それを克服したかもしれない可能性が彼女達の目の前にあるのだ。

 ムラトから採取したサンプルを解析機にかけたあと、エリンダとマイルはスチームジャガーの極秘研究所に籠りきりである。深夜になっても実験に明け暮れていた。

 目を離すことができないのだ。それほどに、とんでもない可能性を取り扱っているのだ。それも神の領域に片足を入れかねないほどの。 


「マイルちゃん、少し休みましょう」

「はい、エリンダ様」


 薄暗い部屋の中で数時間ぶっ通しで実験を行っていたため、二人は体を少し休めることにした。

 エリンダは部屋の隅に置いてあるピッチャーから冷水を汲むと椅子に座るマイルに差し出した。


「ありがとうございます」


 彼女は礼を言うと、それを一気に流し込み乾いた口の中を潤した。

 エリンダもコップを片手にマイルの隣に腰を掛け真剣な表情で語りだした。


「竜を専門とする、わたしでもムラトくんについては分からないことばかりね。見た目は竜に近いけど、完全な直立二足歩行、鱗がない柔軟で頑丈な表皮、そしてなによりあの大きな体。あれほどの大きさと質量だから、とてつもないエネルギーを持っているはずだわ。それに、あの巨体を支えるなんて骨格も筋肉も相当な強度を持った物質で構成されてるに違いないわ」


 マイルは、その内容に納得するかのように頷いた。


「それに、とてつもない免疫力と超再生能力」


 実験の結果は、もはや生物の範疇を越えるものばかりだったのだ。

 サンプルはあらゆる病原菌、毒素、有害な環境の中でも壊死せず、それどころか逆に病原菌や毒素を分解してしまった。

 そして異常なまでに高速な細胞分裂による細胞供給。ただでさえムラトの肉体は頑丈だと言うのに、そこに驚異的な再生能力までもが備わっているのだ。

 もはや、ただの竜では話が終われない。数々の実験から見てもムラトは不死身と言っても過言ではなかった。

 ふと、なにか思い付いたようにマイルが語りだした。


「エリンダ様、この生体機能を解明すれば人々に不老と不死をあたえ……」

「マイルちゃんストーップ! それ以上は言っちゃだめ」


 エリンダはマイルの唇に人差し指をムニュリとあて、言葉を制止させた。

 それはマイルが、生命の摂理にたいして禁忌の発言をしようとしたからだろう。


「いい、マイルちゃん。それだけは、だめよ。それを得たら、わたし達は生きる意味を失ってしまうの。そして最後にあるのは、永遠の孤独と絶望。わたしは死なない者をまともな生物とは思わないわ」

「……申し訳ありません、エリンダ様」


 エリンダの真剣な眼差しに、マイルは頷いた。

 しかし、それを言ったあとエリンダはふと悲しげな表情を見せた。


「わたし酷いこと言っちゃったかも。これじゃあムラトくんを怪物と言っているようなものだわ。わたし達のために一生懸命になってる、とても良い子なのに……」


 ムラトは異形獣いぎょうじゅうを倒して国を救い、蛮竜を退け自分達の命を助けてくれた。彼は常に多くの人々を守ってきた。

 しかも一切、己自身の得など考えずに。

 そんな恩義の塊のような存在に酷いことを言ってしまった。それゆえにエリンダはひどく落ち込む。

 すると実験室に一人の女性がやって来た。


「……エリンダ様。たしかに彼は、良き竜です。しかし絶大な力を持っているのも、お忘れなく」


 現れたのは、猫背、ボサボサの髪の女性。マエラだった。オボロ達を苛めていた、ときとは違い真面目な口調である。

 そして、マエラは言葉を続けた。


「直接ムラトくん本人から色々情報を聞き出しました。サンダウロでの大虐殺。王都での異形獣惨殺。蛮竜の殲滅。もはや怪物の領域と言っても……」

「……ちょっと、マエラ!」

「姉さん、少し静かにしてて」  


 マエラの空気を読まない言い様にマイルは叱責しようとしたが、逆に気圧されて止められてしまった。

 そしてマエラは説明を再開した。


「エリンダ様、けして彼を悪く言うつもりはありません。むしろワタシ達に取って、もっとも頼れる存在です」

「マエラちゃんもマエラちゃんなりに、ムラトくんのことを思っているのね」


 エリンダの言葉に、マエラは軽く頷くと話を続ける。


「しかし、それだけにムラトくんは桁外れの力を持っていることを意味します。今ある情報をかき集めて研究所のとある計算機を利用してシミュレーションしたものです、見てください」


 マエラは手にしていた複数枚の用紙をエリンダに渡した。

 その用紙に目を通すと、エリンダの手が小刻みに震え出す。


「……マエラちゃん……この結果は……」

「そうです。彼が、その気になれば大陸の全生命、全文明を滅ぼすことなど簡単なのです。ワタシ達人類、魔物、勇者や英雄、その他の勢力を総動員して必死に抵抗しても戦いにならないでしょう。一方的に殲滅されて終わりです」


 マエラの冷静な発言にエリンダの身震いは激しくなる。シミュレーションの結果が、あまりにも度が過ぎているどころではないからだ。

 言うなればムラトを、その気にさせれば世界を滅亡に追いやることなど、あまりにも容易いことだと言うのだ。

 そんな過激な説明をしたあとにも関わらず、マエラは笑顔をみせた。


「たしかに強大ですが、彼が間違ったことをするとはワタシは思いません。エリンダ様が認めた竜ですからね。それに彼の力があれば、あれとの戦いも優位になるかもしれません」


 マエラの、その言葉を耳にするとエリンダの震えがピタリと治まった。彼女の表情が恐怖から、優しいものに変化した。


「……そうだったわね。ごめんなさい、わたしが一番、ムラトくんを信用してあげないとね。あの子も、わたしのことを大事に思ってくれているんだから。しっかりしなくちゃ!」


 そう言ってエリンダは顔をあげた。

 あれほどの力を持ちながら彼は、一度たりとも私利私欲で行動したことがない。常に誠実に人々を思いやっている。

 そんなムラトに疑いや恐怖心を抱くのは失礼だ。

 するとまた、マエラの表情が真剣になる。


「しかし、今回の結果は表沙汰にするわけにもいきませんね。結果が結果ですから。つまり、ムラトくんの力を手にした者は、大陸の覇権と不老不死の力を得ることを意味します。未来永劫に大陸を支配できるのです。この結果が公表されれば、あらゆる権力者や勢力が血眼になって彼を奪おうとするでしょう」

「そうね、マエラちゃんの言うとおり。研究は進めるけど、一部の結果は機密事項にしないとね」


 エリンダは力強く立ち上がると、マエラとマイルを見つめた。自分達は究極のテーマに関わっている、それだけ責任は重大なのだ。





 マエラは、とある部屋の中でテーブルに置かれた黄金の光を発する水晶体を眺めていた。

 水晶体は穏やかに明滅している。そして、その傍らには容器に収められたムラトのサンプルが置かれていた。


「……ダメだわ分からない。観測できない」


 マエラは困惑して、ボサボサの頭を掻いた。

 一度サンプルを見つめて再び水晶体に目を戻す。


「……あらゆる宇宙や世界だけでなく、神々の高次の領域まで見ることができるのに。この多次元観測器たじげんかんそくきを持ってしても、彼がどこから来たのか分からない。……彼は、いったいなんなの……どこから来たと言うの」

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